無自覚って怖い
そして、翌日。
「ほえーっ、ここが魔導学院かー! 噂には聞いてたけど、中々どうしてすごいところじゃあないか!」
ボロボロの外套から、少し真新しい制服に着替えたジャンクは、犬みたいに校舎の中を駆け回っていた。
アイリにとっては五年も通っている場所なので、飽きたとまではいかずとも、施設の一つ一つに感動するようなことはない。
まあ、入学当初はあそこまでいかずとも結構興奮していた記憶があるので、あまり突っ込まずにしておくことにする。
だが実際に、魔導学院の校舎は何も知らない人間が王城の中と勘違いする程に荘厳で、遙かに頑強に作られている。
最悪何らかの強大な攻撃によって街が吹き飛んだとしても、この校舎は残るくらいには頑丈なのだそうだ。
魔導学院の歴史は古く、かつて魔王と呼ばれる存在に対抗できる人間を育成するために作られたことが始まりとされている。
最終的にここソレイユの魔導学院の出身者が魔王を討伐し、勇者呼ばれるようになり、それによってソレイユは西のリュンヌを追い抜き世界一の大国になった――という話はこの国に住んでいれば誰でも耳にしているはずだ、
まあ『魔王』だの『勇者』だの、アイリにとっては最早お伽噺の世界だが。
そんなことを考えながら、アイリ授業が始まるまでの時間を使い、適当に校舎を案内していた。
「誰、あの子?」
「さあ、初めて見る顔だな」
そしてそんな風に動き回っていれば当然目立つ。
転校生だから当然と言えば当然だが、ジャンクは使い魔のようにアイリの周りをぐるぐるしているので、結果的にこちらも目立つことになる。
かなり居心地が悪い
ジャンクはこんなんだが、魔族四体を難なく討伐したあたり、間違い無く強い。
おまけに魔導鎧装も自分で作ったものときている。
規格外が山程いるこの学園の中でも、間違い無くトップクラスに異質な存在となるだろう。
同部屋が決まったときに、騒がしくて眠れなさそうと少しばかり危惧していたのだが、部屋に来た瞬間、
「そー言えば三日寝てないんだった!」
と言って電池が切れたように眠ったので意外と静かだった。
……と、ここまでジャンクは当たり前のようにアイリにひっついてる訳だが、少し距離を取った方がいいかもしれない。
どうも彼女はトラブルを呼び寄せそうな気配がプンプンする。
ただでさえアイリの周りには騒がしい奴が既にいるというのに、増えたらさらに面倒なことになる……そう思っていると、
「ごきげんよう、アイリ。今日は一段と辛気くさい顔ですわね。美しいお顔が台無しでしてよ?」
騒がしい一号――ハイネ・キルシュがやってきた。
クラスメイトであり、魔導学院に入学する前から付き合いだがある、所謂幼馴染みという関係である。
相変わらず金髪が無駄に眩しい。腰に差してある東洋の剣――刀もキンキラキンと存在感をアピールしていた。
「……ああ、そう言えば帰って来てたんだっけ」
騎士団の凱旋は街のちょっとしたイベントだが、アイリはそのまま寝ていた。
興味が無いと言うか、見ていてあまり愉快なものじゃないだろうと重い、いつも見物にはいかないのだ。
ハイネはぷくっと頬を膨らませる。
「この私がせっかく帰還したというのに、言祝ぎも喝采も送ってくれないなんて、随分と薄情ではなくて?」
「あーはいはいすごいすごい。これでいい?」
「心がこもっていませんわ! 心配したりとかハグしたりとか、そーゆーことをするのが甲斐性というものでしょう!」
それはそうだ。実際心を込めていないのだから。
「心配って言っても、あなた殆ど怪我しないじゃない。実力はそれなりに把握しているつもりだけど」
ムキーッと涙を浮かべている彼女だが、胸元には龍をもしたエンブレムの勲章が輝いている。 それこそ、学園内でもトップクラスの実力を持つ〈騎士団〉に所属している証だ。
「……っ、ふ、ふん。その通りですわ。さすが私の幼馴染みというだけのことはありますわね!」
じゃあ何で心配しろみたいな事を言ったのだろうか。
長い付き合いだが、ハイネは時々(いや結構な頻度で)妙なことを言い出す。
ジャンクが軽い足取りで戻ってきた。
「アイリ~すごいぜあの銅像! なんか今にも動き出しそう……ってありゃ?」
ジャンクとハイネの視線がかち合う。
「あら? 見ない顔ですわね。アイリ、知り合いですの?」
「知らないわ。赤の他人よ」
「あっさり切り捨てないでよ!?」
「チッ」
「アイリのその態度……さては知り合いですわね?」
バレた。これだから幼馴染みは面倒だ。
「ごほん。それでは改めまして、僕の名前はジャンク・ザ・リリィ! さすらいの風来坊……は、少しお休みして、今はアイリのルームメイトさ!」
「! そ、そうですの。ルームメイト……」
ハイネの表情が僅かに強ばるが、すぐにいつもの傲岸不遜で勝ち気な表情に戻る。
「私は――いえ、名乗りは不要ですわね。この美しい偉容を見れば、自ずと名前は分かるでしょうから」
「また変なことを言い出した……」
実際それで通じてしまうのがハイネのすごいところではあるのだが問題は、
「ゴメン、全然分からないや!」
通じなかった時である。
完全に予想外だったのか、ハイネは数秒間フリーズしていた。
「し、知らない……? 魔導学院にいながら、このハイネ・キルシュを知らないと、そう言ったんですの?」
「へぇ。キミ、ハイネって言うんだ。OK覚えた。これからは忘れないから安心してよ!」
「こぴゅっ」
イヤミを言っているわけではないが、それ故にハイネのダメージは絶大である。
「とにかくそう言う事だから。ほら、行くよジャンク」
ジャンクの手を引いて、その場を後にする。
「え? でもまだハイネとお喋りを……」
「いいから! 今のアンタは竜の逆鱗の上でタップダンス踊ってる状態なの!」
爆発したハイネがどんなことになるのかなんて、アイリはいやという程目にしてきた。
巻き込まれるのはゴメンである。背後から突き刺さる視線からして、問題の先延ばしにしかなっていないような気がしなくもなかったが。