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リリィ・オブ・スティール  作者: 悦田半次


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最終話 リスタート

 アイリが目を開くと、そこには見慣れた天井が――なかった。

 代わりに目をつむり、真っ赤になりながら唇を突き出す幼馴染みの姿が――


「……あんた何やってんの」

「は!? 目を覚ましましたわ! アイリ~!」


 いきなり抱きしめられた。

 瞬間、全身の傷が思い出したように悲鳴を上げ始める。


「ちょっハイネ……痛いから! それに暑苦しい!」

「あっ、失礼しましたわ。てっきりもう二度と目を覚まさないのではないかと思ったもので……」

「勝手に殺すな」


 しかし見てみれば、身体のあちこちに包帯が巻かれている。

 左腕は相変わらずそのままだ。

 今頃本物の左腕は地下迷宮で土に還っているのだろう。

 まあ、別にそれでいい。今のアイリにはもういらないものだ。


「……だとしても何なの。あれどー考えてもキスするつもりだったでしょ」

「分かっていませんわねアイリ。眠れるプリンセスはキスで目覚めるのが定番でしょう?」


 なるほどサッパリ分からん。

 分かっているのはハイネが相変わらずアホであるということだけだ。

 周囲を見渡すと、ここが騎士団の救護室であることが分かった。

 そう言えば、腕を失ったときもここに寝かされていたっけ。


「あなたってば相変わらず無茶苦茶ですわ。いきなり魔導鎧装を装備できるようになったと思ったら、またまた大怪我して一週間も爆睡しているだなんて」

「仕方ないでしょ。こっちだって色々都合ってもんが……」


 ……待てよ、一週間?


「ハイネ、ジャンクはどうなったの? あと、スレンは?」


 一番聞いておかなくてはいけないことをすっかり忘れていた。

 一週間も時間があれば、事態が二転三転していても決しておかしくない。

 それにアイリは、スレンの死をちゃんと確認した訳ではない。

 もしかしてまだ生きて騎士団の中枢にいるのだとしたら……


「……スレンは死にましたわ」


 どこか複雑そうな顔で、ハイネはこの事件の顛末を語り出した。

 街中に溢れた魔族による被害は大きかったが、死亡者は十人前後とあの規模にしてはあまりにも少ない数に抑えられた。

 もっとも、殺された当人達にとっては何の慰めにもならないだろうが。

 あの場所はもう森と言えない有様になっていたらしい。

 その中で、巨大な魔族の破片と、原形を留めぬ魔導鎧装と肉体の一部が発見された。


 鎧はその形状からヴァイデと判断され、その装着者たるスレンの生存は絶望的とのことだった。

 だが不審なことに、明らかに魔族の肉体と覚しきものが、スレンの鎧と融合状態にあったのだ。

 アイリはその近くで倒れていた。

 アイリの手には手紙が握られていて、それには地下迷宮のとある座標が書かれていた。

 手紙を頼りに地下迷宮の調査を行ったところ、とある工房が発見された。

 そこに置かれていた手記や痕跡からスレンの工房であると判断されたが、問題はその後だ。


 なんでもその工房には大量の『コレクション』が保管されていたらしく、カメリア・エクテの両腕も発見された。

 とどめとばかりに、手記にはいずれ切り落とす腕の持ち主まで克明に書かれていたらしく、騎士団の面々もバッチリ候補に入っていたらしい。

 筆跡もスレンのものと文句なしに一致していたようだ。

 それが腕狩りの存在証明となり、スレンの本性は騎士団の全員が知ることになった。

 ばっちり候補者入りしていたディリットはひっくり返って未だに寝込んでいるという。


 それに関してはご愁傷様としか言いようがない。

 そんなこともあってか、ジャンクはスレンによってスケープゴートにされたという線が濃厚になり、容疑は完全に晴れたと言ってもいい。

 アイリとしても一安心だ。その『手紙』の送り主とやらが誰かなんて考えるまでもない。

 吹っ飛ばされてから無事かどうか分からなかったが、これでスッキリした。


「……でも、まだ分からないことはありますわ。どうやってスレンはあんな大量の魔族を操っていたのでしょう?」


 まだハイネはキューブの存在を知らない。

 正直に言うべきか……いや、言ったらジャンクがまた厄介な事になってしまう。

 今の所は黙って置いた方がいいだろう。


「それは、私にも分からないかな」

「……そうですの。なら、仕方有りませんわね」


 ハイネにしては随分あっさり引き下がったが、怪しまれないならそれに越したことはない。


「諸々の容疑が晴れたってことは……私がスレン先生を殺したことは特にお咎めがないってことでいいの?」

「そういうことになりますわね。師の暴走を止めるために弟子が引導を渡した……とまあ、そんなところですわ」

「ふーん……言葉にしてみれば、随分とまあ感動的な話ね」


 実際はそんなんじゃない。

 あれは紛れもなく復讐で――正義もへったくれもあったものではなかった。

 罪悪感はこれっぽっちもないけれど、特段スッキリもしない。随分変な感覚だ。


「ですがお気をつけあそばせ。スレンが無罪だと信じる人にとって貴女は、間違いなく仇に映るはずですわ」

「仇って……あれだけ証拠が出て来たのに?」


 なんて面倒な……

 これから待ち受けているであろう諸々にげんなりして、ぼすっと寝っ転がる。

 そこでふと、ハイネに言っておくべき事があったことを思い出した。


「そう言えばさ……飛べたんだ、私」


 小さい頃の夢が叶った、なんてなんともこそばゆいが、やっはりハイネには言って

置いた方が……


「はぁ?」


 ハイネは何言ってんだコイツ、と言わんばかりの顔だった。


「ちょっと、何その顔。さては信じてないでしょ」

「ええ、これっぽっちも。ブラストリアは限りなく飛行に近い高速移動は可能ですが完全飛行なんて無理ですわ。きっとアレですわよ。久々の纏鎧で頭がハイになったからですわ」

「違う! 飛行能力が私の第二領域なんだって!」

「はいはい、落ち着きなさいなアイリ。きっとまだ疲れが残っているんですわ」

「こちとら一週間も寝てたから元気百倍だっつーの! もういい。こうなったらジャンクに証人になって貰うから。あいつはどこ? 無事なんでしょ?」


 するとハイネは気まずそうな表情で目を逸らした。


「……ジャンクは、もうこの学院にはいませんわ」

「は……?」

「寮の荷物や騎士団に押収された物をいつの間にか回収した後、こつぜんと姿を消してしまいましたの」


 姿を消した? ジャンクが?

 そんな理由なんて……いや、一つだけ心当たりがある。

 ジャンクは魔族だ。

 正直なんで魔族なのにあの姿なのとか言葉を話せるんだとか疑問は山程あるが、ともかくジャンクは人間ではない。

 それを気にして出ていった……? 

 理由は分かった……が、納得はしていない。

 ジャンクとは聞きたいことや話したいことが山程あった。

 それなのに事件が終わったらはいサヨナラ?


「ふざけんな。冒険活劇の主人公にでもなったつもりなの……?」。


 アイリは布団を蹴っ飛ばすと、枕元に置いていた制服に着替えた。


「ちょっと、いきなりどうするつもりですの?」

「あのバカを探しに行く。二人分の休学届を出しといて」


 返事を待たずに外に飛び出すと、そこには壁に寄り掛かっているロッソがいた。


「話は聞かせて貰ったぜ」

「カッコ付けてるとこ悪いけど、それ盗み聞きって言うんじゃない?」


 アイリの周りはこんなんばっかりだ。

 だが、嫌いではない。


「細かいこと言うなよ、ほれ」


 ロッソが投げ渡してきたのは、一振りの剣――ブラストリア。


「整備済みだ。これならいくらでもブッ飛ばせるぜ」

「……ありがと。じゃあ行ってくる」


 二人にそう言い残して、アイリはジャンクを探す旅に出た――




「ふぅ……」


 一瞬で走り去ってしまったアイリに、ハイネは小さく溜め息をついた。


「まったく仕方の無い子ですわね、病み上がりなのにまるで猪のようですわ」

「なんだよ、寂しいのか? 自分を誘ってくれなかったからって」


 むっと眉をひそめる。

 思いっ切り図星だったからだ。


「うるさいですわね。私はあくまでアイリの体調を考慮して……」

「へいへい、そう言う事にしておくよ」


 ひらひらと手を振りながら、ロッソは肩をすくめて見せた。


「しかしアイツ、いい顔になったよなー。憑きものが落ちたっつーか吹っ切れたっつーか」

「……まあ、それに関しては同感ですわね」


 頑固で、そのくせ夢見がちで……一度決めたら何が何でも突っ走る猪娘。

 相も変わらず仏頂面というか辛気くさい所はあるが、常に身に纏っていた重苦しい空気はすっかり霧散していた。

 思わず、口元がほころぶ。


「こうなったら修行ですわ! あの二人が帰って来た時にけちょんけちょんにしてやるくらい強くなりますわよ! ロッソ、あなたも付き合いなさいな」

「へいへい」


 アイリを縛り付ける枷は、もうどこにもない。

 二年に及ぶ彼女の悪夢は、ようやく終わったのだ。




 


 ――一ヶ月後


「ぐおおおおお……」


 どこかの国のどこかの街。

 その片隅で、ジャンクは行き倒れになっていた。

 かっさかさである。


「お腹、へった……」


 魔導学院を去ってから早一ヶ月。

 ジャンクは一文無しになっていた。

 一文無しということは必然的に食べるものも手に入らない。

 行き倒れるのは必然であった。


「あーあ、そう考えれば学院の生活はよかったなあ……少なくとも食いっぱぐれることはなかったしねえ」


 ジャンク・ザ・リリィは人間ではない。

 故に飢え死にするということはないが、一定期間食べ物を摂取しなければ活動することは不可能なのだ。今も歩くことすら覚束ない状態である。

失って初めてその大切なものが分かると言うが、今回も正にその通りと言えよう。


「本当はもっと長くいたかったんだけどなー……まあ、あればかりは仕方ないよね」


 濡れ衣を着せられ追われることには慣れている……もっとも、慣れたくて慣れた訳ではないのだが、どうもジャンクはそんな星の下で生まれたらしい。まあ、それはジャンクを「生物」と定義できるのであればという話だが。

 もっとも、魔導学院に行くんじゃなかったとは、思えなかった。

 キューブを一つ回収することができたし、得がたい友もできた。

 けれど贅沢を言うのならば――


「もうちょっと、一緒にいたかったなあ」


 思えば一ヶ月一緒にいたのだ。

 名残惜しいと思ってしまうのも無理はないだろう。


「そう言えば、僕達どんな風に出会ったんだっけな……確か今みたいに行き倒れてて」


 ひょいと、かぐわしい香りのケバブサンドが視界に割り込んできた。


「そうそうこんな感じで……はぇ?」


 上を向くと、そこには一ヶ月ぶりの仏頂面があった。


 その仏頂面は、ケバブサンドを突き出しながらジャンクを睨んでいる。


「……剣の名前、一緒に考えるんじゃなかったの?」

「ははは……それに関しては本当に面目ない」


 マズいなあ。

 思った以上に嬉しいぞ、これは。


「で、再会直後になんだけどさ……それ、食べてもいいかな?」


 アイリは無言でケバブサンドを口に突っ込んだ。

 どこかの国のどこかの街。

 その片隅で、少女達は再び出会った。


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