アイリーン・ノーデンス
「……?」
街の中で魔族と戦っていたハイネは、地の底から湧き上がってくるような地響きを感じた。
地震にしては、揺れ方が妙だ。
背後から迫る魔族を刀で串刺しにしつつ、内心首を傾げる。
「なんなんですの……?」
さらに一拍おいて、何かが突き破られるような異音が城壁の外から聞こえてくる。
外で何かが起きた。
分からない――だが、嫌な予感がする。
根拠のない直感だが。昔からハイネはこの直感に助けられてきたのだ。
ハイネは周囲の魔族を、分身で壊滅させ、この場を騎士団の仲間達に任せて城壁の外へと急いだ。
「くっ――!」
形勢逆転。
悔しいが、この言葉がこれ程似合う状況も早々あるまい。
スレンが変貌した多椀の蛇――もしくは龍か。
身体の至る部分が腕が絡み合うことで構成されている、まさしく異形の怪物。
そのおぞましさは、魔族達の方がまだ穏やかに見える程だ。
しかもその腕全てが自我を持っているように伸び、アイリに次々と攻撃を仕掛けている。
魔法を放つ腕もあれば武器を振るう腕もある。
今まで持っていた腕をナノマシンで再現したもの――と言ったところか。
ヴァイデの状態では一度に使える腕は二本までだったが、人のカタチを失った今、その縛りからも解放されていた。
月を食らいつくさんとばかりに咆哮を上げるその姿がスレンの理想の姿なのか、はたまた不本意な物なのかは分からない。
「だとしてもデカくなりすぎでしょ……!」
地下迷宮を突き破って地上に出たのも、その大きさに迷宮が耐えられなかったからだ。
しかも時間が経過するにつれ、さらに大きくなっているような気がする。
「何がどうしてこうなってんのかは分からないけど……放っておいたらヤバいわよね、コレ」
しかしどうやって倒す?
そもそもジャンクも地下迷宮の崩壊の際に行方が分かっていないのだ。
この状況はあまりにも不利だ。
「それでもやるしかないのが辛いところ、か」
しかしこの敵はあまりにも厄介だ。
腕は斬っても斬ってもナノマシンによって再生し、何よりどこを切れば有効打になるのか分からない。
そうしている間にも、鎧と肉体にはダメージが蓄積されていく。
一本一本が例に漏れず凄まじい技量を誇る腕が、大挙として押し寄せてくるこの現状。
それは一人で一個師団に挑む行為に等しい行為だ。まさしく無謀。
しかしアイリの中にはその選択肢しかない。
そのブラストリアの機動性を活かして一人で逃げるという選択肢は、最初から存在しないのだ。
腕の群が地面を抉りながらアイリへと迫る。
それらには全て槍が握られており、かつて存在した帝国が好んだ戦術たるファランクスを想起させる。
アイリはスラスターを最大火力にして跳躍。
ブラストリアは飛ぶことができないが、他の魔導鎧装よりも跳躍力は遙かに上だ。
だが――その軌道を阻むように腕の群が、アイリを全方位に取り囲む。
それらの手の平からは、魔力の光が灯っていた。
「しまった……!」
誘導された、と思った時にはもう遅かった。
手の平から、次々と魔法が撃ち出される。
炎の顎門が、雷の爪が、氷の槍が、風の刃が、アイリを容赦なく蹂躙した。
アイリはその場で回転し、剣で魔法を切断しようと試みるが、まさしく焼け石に水。
「――――――――――――――――!」
その集中砲火を受けても、ブラストリアは主人を守り切ることには成功していた。
だが、受けたダメージは大きい。
力なく落下するアイリの身体を、龍は顎で捕らえ、一息に飲み込んだ。
「また、下手打ったか……」
龍の体内で、アイリは小さく舌打ちした。
あの怪物に胃と言う臓器があるのかは分からない。
確認出来るのは、一面の銀色……ナノマシンの海だ。
それらがアイリに纏わり付き、押し潰さんとしている。
ブラストリアがミシミシと悲鳴を上げているが、まだ耐えてくれている。
しかしそれも時間の問題だ。
「脱出、しないと……!」
スラスターを点火させるが、ナノマシンはアイリを捕らえて放さない。
さらに複数のスラスターは先程の攻撃で破壊されている。
今のアイリ一人では、脱出することは不可能だ。
「駄目なの……?」
ここまで来たのに? やっと過去を振り切れたというのに、この龍だかムカデだか分からない腹の中で朽ちていくのが結末なのか……?
「ふざけんな……!」
そんなこと絶対に嫌だ。認めない――!
瞬間、くぐもった銃声と共に、龍の体内に小さな穴が空き、そこから漏れ出でた月光がアイリを照らす。
「――アイリ! 待ってて、今助けるから!」
聞こえてきた声に、思わず苦笑する。
どうやら無事だったらしいが……まだ、アイリを助けようとしているらしい。
あれだけボロボロだったというのに……人間離れしているというかなんというか。
「……あ、そうか。本当に人間じゃないんだっけ」
なるほどだったら今までのトンチキな行動も魔族というのならば納得が……いくわけがない。 もう少し遠慮というか慎みを持てというか……だが、そんな文句も死んでしまっては言うことが出来ない。
「それは、困るな……」
ジャンクには、まだまだ言い足りないことが山程あるんだ。
尚更、諦める訳にはいかない。
狭まりつつある光に手を伸ばす。
スラスターは今できる最大出力。
やはり振り切れない。
ならばもっと速く――高く!
瞬間、何かがアイリの中で弾けた。
同時に身体の戒めが一気に軽くなり、アイリは消えつつある光に向かって一直線に進んでいく――!
「……ははっ」
空を見上げ、ジャンクは笑った。
月夜に浮かんでいるのは、アイリが装着するブラストリア。
戦いの際に受けた傷が目立つが、それすら今では勲章のように見える。
アイリが龍の装甲を内側から突き破ってから十秒程が過ぎているが、未だに落下する様子は見られなかった。
それを可能にしているのは、ブラストリアの背中から生えた光の翼。
そう、アイリーン・ノーデンスは――飛んでいた。
「ああ……綺麗だ」
「嘘……」
自分の現状が、アイリは信じられなかった。
飛んでいる。
地面があんなにも遠い。空がこんなにも近い。
子供の頃に夢見た光景。それが今、現実の物になっていた。
「でも、なんで? ブラストリアにはこんな機能なんて……」
一瞬ジャンクの仕業かと思ったが、さすがに今のジャンクでは難しいはずだ。
そこで思い出す。魔導鎧装が持つ力。
装着者と魔導鎧装の高度なシンクロによって至る、新たな領域――
「……第二領域。これが、そうなの?」
第二領域の力は人によって千差万別だが……アイリの能力は何かとは今さら自問自答するまでもあるまい。
『――――――――――――――――――』
その姿を目の当たりにした龍が、怒りの咆哮と共に、大量の魔法をアイリに向けて撃ち出した。
どれも追尾式で、標的に着弾するまで相手に付き纏う代物だ。
アイリは翼を震わせ、加速した。
「――!」
一瞬で魔法を振り切った。
今までよりも、遙かに速い。
そのスピードで地面に縛られることなく、自由に飛べる。
その事実に、アイリは笑った。
「今度こそ、決着を付ける――!」
一直線に龍の元へと飛び、胴に向かって剣を一閃。
凄まじい衝撃と共に、胴に亀裂が走り、それに巻き込まれ無数の腕が引きちぎられる。
『アイリ!』
ジャンクからの通信が入った。さすがにこの距離ならば有効らしい。
「丁度良かった。あの怪物の情報を頂戴」
『いきなりそれ? お祝いしてあげたかったんだけど……まあいいや。あの形態はキューブの無尽蔵にナノマシンを作るって言う特性を利用したものなんだ』
「無尽蔵って……まさか倒せませんなんて言うんじゃないでしょうね」
先程アイリが斬ったところも、じわじわとナノマシンによって修復が始まっている。
『簡単……とまではいかないけど方法はあるよ。再生が追いつかないくらいのダメージを与えれば良いんだ』
「ああなんだ、それでいいんだ」
『いや、軽く言うけどね、それができたら苦労はしな――』
最後まで話を聞かず、アイリは加速した。
二振りの剣が煌めき、異形の龍を擦れ違い様に切り刻む。
単発で終わらせるつもりはない。
勢いを一切殺さずにターン。再び龍を斬る。
斬る度に、アイリは加速していく。
本来であれば意識を刈り取られていてもおかしくない程の負荷が肉体にかかっているが、アイリの意識は驚く程クリアだった。
「あなたが無限に再生するって言うのなら――」
腕が絡み合って生成された大剣目掛けて剣を振り上げ――
「――それより速く切り刻んでやる」
龍のボディごと、切断した。
龍は追いつけない、届かない。
全ての枷から解放されたアイリを再び縛ることは、もうできなかった。
無論アイリとて一方的な展開に持ち込めている訳では無い。
高速移動をしている以上、誤って腕が持つ武器にでも触れたら大ダメージは免れない。
そんな間抜けな死は絶対にゴメンだ。
再びジャンクの通信が入る。
『スレンの座標が分かったよ! 彼女は今、龍の中心にいる!」
それと同時に、ブラストリア内にウィンドウが開き、簡略化された龍とスレンの座標が表示された。
『けど、本当にいいのかい? 彼女はキミの――』
「だからこそよ、ジャンク。これは私がケリを付けなくちゃいけないことだから」
そこは誰にも譲れないのだ。
『……分かった。じゃあその方針で――げ!?』
「どうしたの?」
『龍の体内で莫大な魔力反応! 嘘でしょ、こんな……!」
龍が限界までその顎門を広げた。
その中にあるのは、眩い光を纏った無数の腕。
『多重構築による魔導砲……!?』
「なっ……」
複数人の魔道士が構築することで行使することが可能になる代物が、たった一人によって放たれようとしていた。
しかも向けられているのはアイリやジャンクではなく、城壁によって守られた街。
『マズい……あの威力をぶっ放されたら街が跡形もなく消し飛ぶことになる!』
アイリは思わず息を飲んだ。
なんでそんなことを、と思ったがアイリにはスレンの意図が嫌と言う程分かった。
今のスレンは隙だらけだ。倒そうと思えば倒すことも可能だろう。
しかしあの魔導砲を止められるかと言えば話は別。
「ここまで性格が悪いなんて……!」
ギリッと歯軋りするアイリに、ジャンクの声が響く。
『……こうなったらギガントエンドを使うしかないね。アイリ、すっごいスリリングなギャンブルに付き合ってくれないかな?』
「そう言うのは趣味じゃないけど、乗った」
アイリはUターンし、地上にいるジャンクの胴を抱きしめるようにして掴み、再び離陸する。
「あばばばば! なんかすっごい衝撃来るんだけど!?」
「顔面剥き出しだったらそうもなるでしょ。魔族だし耐えられるんじゃないの?」
ジャンク・ザ・リッパーはナノマインであちこち取り繕われていて、なんとか鎧に見えなくもないくらいには修復されているが、未だにマスクの半分は壊れたままだった。
「そりゃ偏見ってもんだよ。耐えられるからと言って、オールオッケーなんてことになるはずないじゃん」
「それもそうか……で、ぶつけ合って相殺させるって方針で間違いない?」
「ああ。負けたら一瞬で消し炭になるだろうね」
「そんな最期は勘弁して欲しいんだけど」
「善処するよ」
すっごい不安にさせてくれる言葉だが、ジャンクの目は本気だ。
街を庇うような形で、魔導砲の射線上に入る。
五十メートル程離れていると言うのに、熱気がこちら側にも伝わってくる。
「うーん、にしてもお姫様抱っことは少し形が違うよねえ」
相変わらずトボけたことを言いながらも、右腕を正面に突き出す。
瞬間、ジャンクの瞳が輝き、目元に赤いラインが走る。
右腕のアーマーが変形、展開。
機械仕掛けの顎門からプラズマが発生し大気を震わせる。
「その目に焼き付けてよ、アイリ。これが正真正銘――百パーセントだ」
アイリは息を飲んだ。
桁が違う。魔力の量も、質も、全て。
『――――――――――――――――――――』
龍は咆哮と共に、全ての色が混ざり合った黒色の奔流を撃ち放つ。
其れは紛れもなく破滅の一撃。
まともに受ければ影すら残るまい。
「ギガント――エンドォォォォォォォォォ!」
そして迎え撃つは赤色の雷。
決闘の時とは比較にならない威力で撃ち出された魔導砲は、龍の魔導砲に食らいつき、拮抗する――!
鉄の壁に激突したような衝撃がアイリを襲う。
この場における彼女の役割――それはジャンクを支えることだ。
少しでも誤れば、そのまま押し流される。
アイリは体内に残っている魔力を全て押し出す勢いで、翼に魔力を流し込んだ。
光の翼は魔力のオーバーロードによって蒼から白銀へと変化する。
「ぐううううううううううう!」
魔導鎧装から大量の火花を散らしながら、ジャンクは顔を顰めた。
「参ったね、これ本気なんだけどなあ……!」
赤熱化し崩壊する顎門をナノマシンで修復。崩壊、修復、その繰り返し。
敗北要因は削除しなければならない。
無論ジャンクとて押し負ける気持ちなど無い。
身体も鎧装も悲鳴を上げている。
こんな急ごしらえの修復で切り札を最大出力で放てばそうもなろう。
だが、関係ない。
今の自分の全身全霊。
その全てを今、この瞬間に――!
「おおおおおおおおおおおおおおお!」
瞬間、閃光が視界を塗り潰した。
拮抗はついに限界を迎え、二つの中心で巨大な爆発が発生したのだ。
「うわああああああ!?」
「くっ……!」
爆風に煽られ、バランスを崩したジャンクとアイリはそのまま吹き飛ばされる。
アイリは翼でバランスを取ることに成功するが、彼女の手から離れてしまったジャンクはそのまま遠ざかっていく。
「ジャンク――!」
だがジャンクは、助けを求めなかった。
代わりに、アイリの後方に指指し、叫ぶ。
「行け! スレンを倒すんだろう――!?」
「……!」
僅かな逡巡の末、アイリは踵を返した。
――がんばれ。
遠ざかっていく声に背中を押されるように、加速する。
龍の魔導砲とギガントエンド。
衝突によって、周囲の木々は粗方吹き飛び、爆心地となった真下の地面には草の根一本残ってすらいない。
その一方で、スレンの『龍』は酷い有様だった。
頭部が破壊され、傷口からナノマシンが湧きだし修復を急いでいる。
チャンスは、今しか無い。
アイリが二振りの剣を重ね合わせると、ナノマシン製の剣が絡みつくことで一振りの大剣が生まれた。
刀身は一般的な大剣よりも細い。
砕き斬るのではなく、純粋に巨大な物体を切断することに特化させた大剣だ。
魔力を流し込むことで、刀身が翼と同じ白銀に輝く。
自分に接近してくる敵に気付いたのか、龍は次々と腕をアイリの元へ殺到させた。
致命傷になり得るもの以外は無視し、スレンのいる座標へと一直線に飛ぶ。
「これで、決める――!」
悲鳴じみた咆哮と共に攻撃はさらに苛烈な物になっていくが知った事ではない。
大剣を担ぎ上げるようにして構え、擦れ違い様に、真一文字に刃を走らせた。
ナノマシンの塊とはまた違った手越えを感じた。
一直線に斬られた傷は白銀の輝きを帯び、それが徐々に輝きを増し――爆発。
その際に聞こえた絶叫は龍のものか、腕に溺れたエルフのものだったのか――
翼を制御し、アイリは地面に降り立った。
戦いは終わった。
だがアイリにはやることがある。
探さねばならない人がいる。
再び翼をはためかせようとしたその時、アイリの視界がブレた。
「あれ……?」
手足の感覚もおぼつかず地面に倒れ伏す。
身体が、殆ど動かない。
「ジャンク……」
虚空に手を伸ばした直後、アイリの意識が途切れた。




