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リリィ・オブ・スティール  作者: 悦田半次


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纏鎧

 ――少しばかり前


「ん……?」


 外が騒がしい。牢屋内での筋トレを終え、眠りにつこうと思っていたアイリは、耳を澄ませ音を拾おうと試みた。

 聞こえてくるのは悲鳴、建物が燃える音、そして硬質な足音と咆哮、魔導鎧装の駆動音。


「嘘……!」


 身体を起こし、格子が入った窓から外を見ると、街のあちこちから火の手が上がっている。さらに月を浸食遷都ばかりに飛び交う魔族達……!

 警報のない魔族の襲撃。

 しかも想定できる数は地下迷宮の比ではない。


「こんな、なんで――!?」

「アイリ!」


 声に振り向くと、そこには息を切らしたハイネの姿が。


「ハイネ――」

「話は後ですわ。はやく逃げますわよ!」


 アイリは言われるまま外に出る。


「騎士団も衛兵も生徒も総動員なんて……異常事態にも程がありますわ!」


 確かに、ここまでの数の魔族がこんな街中に溢れ出るなんて異常以外の何者でもない。

「魔族達はどこから来たの?」

「目撃情報に寄れば地下迷宮とのことですわ」


 やはりそこからか。


「ジャンクは? ジャンクはどこにいるか分かる?」

「今の所姿が見えないようですわね……まったく、こんなときにいないなんて。疑いを晴らすチャンスではないですの!」


 ジャンクがいないのは少し怪しい。こんなことにでもなれば、一目散に飛んでくるのがジャンク・ザ・リリィだ。

 来ないのではなく、来れない状況にあるというとではないか?


「て言うか、あんたも行かなくていいの?」

「まったくあんぽんたんですわね。そしたら誰がアイリを避難させるんですの?」

「いや、牢屋って頑丈だし一番安全な場所だと思うんだけど」


 そもそもこの懲罰房は表に出せない問題をやらかした生徒も収監される場所だ。こんな風にどさくさに紛れて逃げ出さないよう、耐久性は細心の注意を込められている筈なのだが……


「……」


 ハイネは沈黙した。


「いいから! こんな辛気くさいところよりはマシな避難所は沢山ありますわ! くっちゃべってる暇があったらキリキリ走りなさいキリキリと!」


 顔を真っ赤にしながら、ハイネは布に包まれた何かをこちらに押し付けた。

 片腕であることに少しは配慮してくれよと思いつつ、アイリは布を口でくわえて包みを解いた。

 包まれていたのは、アイリの愛剣――ブラストリアだった。


「この剣はアイリの側にいるのが一番美しいですわ」

「……ありがと」


 勝手に脱獄させた挙げ句武器まであげるとか、ミスの範疇を超えすぎのような気もするが、嬉しくないと言えば嘘になる。


「ハイネはどうするの?」

「決まってますわ。貴女を避難させた後戦って――」


 瞬間、警報が街に鳴り響く。異常を知らせるために、誰かが手動で鳴らしたのか――そう思ったが、亀裂が入る空を見て違うことを悟る。

 あまりにも最悪なタイミングで、ゲートが発生した。


「ああもう、なんでこんな時に!? スレン先生とも連絡が取れないし、あまりにも状況が悪すぎますわ!」

「スレン先生もいない……?」


 いや、ジャンクは分かる。お尋ね者になっていて迂闊に動ける状況じゃない(だとしてもそれを顧みずに駆け付けそうではあるけど)。

 だがスレンまでいないというのはおかしい。別の場所で戦っている? それならば他の騎士団員に連絡を入れるはずだ。


 何か。何かが、おかしい。

 外に出ると、予想したのと寸分違わぬ光景が目に飛び込んできた。

 蹂躙する魔族。

 逃げ惑う人々。

 破壊される街並み。

 さらに魔族達はアイリ達に気付いたのか、一斉にこちらに殺到する。


「仕方有りませんわ――纏鎧!」


 ハイネはグリッターを装着し、戦い始める。

 分身を展開し、魔族を撃破していくが――動きがどこかぎこちない。

 疑問はすぐに氷解した。

 ハイネは魔族の攻撃が私に当たらないように立ち回っている。

 庇うような動きを入れているせいで、ハイネの本来の持ち味であるはずのキレのある動きに陰りが見え始めているのだ。


「私はいいから戦いに集中して!」

「その状態でいっちょまえに言わないで下さる!?」


 撃破している魔族も多いが、こちらを散り囲む魔族の数も増えていく。


「……!」


 さらに最悪なことは重なり、私は孤児院の方向で火の手が上がるのを見てしまった。


 ここまでの状況だ。

 騎士団や生徒達だって戦っている。

 ルル達が無事である可能性だってある。けど、そうではなかったら――?

 ルルが危機にさらされ、ハイネも追い詰められつつある。ジャンクはどんな状況にさらされえているのか分からない。


「なのに――私は何をやっているんだ?」


 案山子みたいに突っ立っているだけなのか? 

 ――でも、実際に私は戦えない。

 ジャンクに修復してもらったのに纏鎧できず、ハイネに守って貰うことしかできず、ルル達が危機かもしれないのに何もできない。

 彼女達が殺されても、発作のせいだから、仕方なかったからって――


「――ふざけんな」


 ギリッと、歯が軋む。


「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな――!」


 どこまで失望すれば気が済むんだ。どれだけ失望させれば気が済むんだ。

 発作だろうが何だろうが知った事か。

 ブラストリアの柄に手をかける。

 瞬間、一気に体温が下がり撹拌されるような頭痛。


「――――――――――――ッ!」


 手を離せば発作は終わる。

 だが、離さない。絶対に。

 抜刀しようとするも、岩に突き刺さっているように重い。

 そうしている間にも、発作は徐々に酷くなっていく。

 少しでも気を抜いたら、正気を失う。


 視界は真っ赤に染まり、口の端から血が流れる。

 このままだと死ぬかも知れない。

 けど、知った事か。

 こんな状況で戦えないんだったら、ここで死ね。

 そうじゃないんだったら、戦え――!


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 咆哮する。

 全てを振り切る。

 発作も、過去も、何もかも――!


 バキン――頭の中で何かが砕けたような気がした。

 同時に、ブラストリアを抜剣。

 迫る魔族に向けて一閃。

 その腕を切り飛ばす。

 そしてブラストリアを地面に突き立て、叫んだ。


「纏鎧――!」


 その声に答えるように、ブラストリアは青白いプラズマを発しながら魔方陣を展開させ、せり上がる。

 装着そのものは一瞬だった。

 二年ぶりの魔導鎧装。

 二年ぶりのブラストリア。

 それなのに、ブランクを感じずに身体に馴染んでいる。

 だが、ここは戦場。

 感慨に浸る間も無い。

 先程腕を切り飛ばした魔族が起き上がり、再び向かってくる。

 アイリはその頭部を掴み、一息に握り潰した。


「これが、義手の力……」


 失われたはずの左腕。勿論、新しく生えてきたわけでも、自我を持って戻ってきたわけでもない。

 妙に胡散臭いルームメイトが新たにくれた、機械仕掛けの左腕。

 義手であるとは思えないくらい滑らかに動き、モノに触れた感覚すらある。

 さすがジャンク。さらっととんでもない技術を持っているのには感心すべきか呆れるべきか――いや、ちゃんと感謝しないと。


「アイリィィィィィ!」


 瞬間、アイリは凄まじいタックルを喰らっていた。

 敵の不意打ちではない。


「ちょ、ハイネ? 一体どうしたのよ急に」


 味方の不意打ちだ。尚更悪いような気もするが。


「だって、だって! アイリが、ブラストリアをうわえぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 ハイネは感極まって泣き出してしまった。


「分かった分かった。でも、今はそれよりやることがあるでしょ。違う?」

「は! そ、そうでしたわね」


 ささっとハイネはアイリから離れて魔族に向き直る(さっきまでは戦いを分身に任せていた)。

 アイリもハイネと背中合わせになるようにして、剣を構えた。


「ついて来れますか? 二年ぶりですから身体がなまっているのではなくて?」


 いつもの不遜なものに戻ったハイネの声に、アイリも仮面越しに笑ってみせる。


「冗談。あんたこそ――振り切られないでよね」


 二人同時に、地面を蹴る。

 瞬間、アイリはスラスターにありったけの魔力を送り込んだ。

 青い炎がブラストリアの全身に装備されたスラスターから吹き出し、一気に加速する。


「――!」


 前より速くなっている。

 久しぶりだからそう感じるだけ――? いや、違う。スラスター出力も強化されているのだ。


「これは少し、慣らし運転が必要かな――!」


 というかそう言う事は先に言って欲しかったけど、まあいい。戦いながら慣れていけばいいのだ。

 剣を一閃。

 すれ違う魔族を一瞬でスクラップへと変えていく。

 加速を乗せた一撃は、それだけで複数の魔族を一気に屠る。

 アイリの加速とハイネの分身。

 周囲の魔族は一気に殲滅された。

 なら――次だ。


「ハイネ、私行くとこあるから、あとよろしく」


 アイリは騎士団じゃない。

 つまり手前勝手に自由に行動することができるのだ。


「私を連れて行ってはくれないんですの?」


 戦力的にも精神的にも頼りにしたいところだが、ハイネは騎士団だ。

 疑いが晴れていない状況でこれ以上付き合わせるわけにはいかない。


「それはまたのお楽しみ……ってことでどう?」


 ハイネはぷっと吹き出した。


「アイリにその手の冗談は似合いませんわね」

「うるさい大きなお世話だ」

「まあいいですわ。その代わり、ここでスコアをがっぽり稼がせて貰いますわよ!」

「それがいいわね。今日からみんな、スコアランキングが一段下がると思うから。私を除いてね」

「やれるもんならやってみなさいな」


 かつては当たり前だった、なんてことない挑発の応酬。

 でも今は、過去形じゃない。

 そのことが妙に嬉しいのは、ハイネには内緒にしておくことにした。





 ルルは教会の礼拝堂に、他の子ども達と一緒に座り込んでいた。

 いつも通り布団に入り、夢の中でコーンポタージュの海で泳いでいたら急に魔族が出たと叩き起こされ今に至っている。

 どうやらとんでもなく大変なことになっているらしい。

 避難所である教会には多くの人達が逃げ込んでいる。その中には怪我をしている人もいて、神父がその治療を行っていた。


「大丈夫ですよ皆さん。いざという時は私が戦います」


 ちょっと前にそんなことを言っていた神父だがが(腰に吊っているフライパンが武器だと思われる)、彼がとんでもなく弱っちいことはルル達も分かっていた。

 正直ルル達の方が神父を守った方がいいのではないかと真面目に思うけれど、どちらにせよ魔族を何とかするなんて不可能だ。

 魔族が中に入ってきたら――確実に殺されるだろう。

 瞬間、扉がへこんだ。


「!」


 魔族だ。

 そう直感した人々は、慌てて後退する。

 そのへこみは徐々に増え、ついに扉は破壊されて異形の怪物達が雪崩れ込んできた。


 鼓膜を引っ掻くような咆哮。

 響き渡る悲鳴。

 神父が皆を庇うように前に出る。

 ルルは思わず目を閉じた。せめて怖いモノを見ずに死ねるように。

 しかしいつまで経ってもその瞬間は訪れない。 

代わりに感じたのは突風。


 そして何かが破壊された音。

 恐る恐る目を開けると、そこにはバラバラになった魔族達の残骸があった。

 その中心に立っているのは、蒼い騎士の鎧。

 鎧はルル達を見ると、小さく頷いて去って行った。

 その鎧――魔導鎧装をルルは初めて見たが、不思議とそんな風には思えなかった。






「――よし」


 ブラストリアで移動しながら、アイリは小さく息をつく。

 ひとまずルルは無事だった。

 本音を言えばあの場所に張り付いて守りたいところだが、そこは別の生徒達に任せるしかない。


 今の最優先事項はジャンクの捜索だ。

 立ちはだかる魔族を片っ端から切り刻みながら、街中を捜索する。

 ブラストリアの機動性も相まって移動には殆ど時間がかからない。

 だがジャンクを見つけ出すことはできなかった。


「ああもう、どこにいんのよアイツ――!」


 普段は自分の周りをチョロチョロしているくせに、こう言うときに限って見つからない。

 考えろ、一体ジャンクはどこに――


「――! そうだ、地下迷宮!」


 一番確認しなくちゃいけないところじゃないか。

 自分自身の迂闊さに呆れつつも、アイリはその入り口へと向かう。

 今のジャンクが何をしているのかは分からないが――きっと穏やかな状況に置かれている訳では無いだろう。

 もしかしたら、腕狩りとの再戦をしている可能性だってある。


「急がないと――!」


 スピードを緩めずに、地下迷宮の入り口に突っ込む。

 その中に立ち塞がっていたのは、見張りを兼ねているであろう魔族達。


「邪魔だ――!」


 一気に切り伏せ、先に進む。

 このような薄暗い場所で高速移動をするのはかなりリスキーな行為だが、そんなことは知った事じゃない。

 やがて、二つのシルエットが視界の先に移る。

 ボロボロのジャンク・ザ・リッパーと、今にも剣を振り下ろさんとしているヴァイデ。


「どう言うこと……?」


 目の前の光景が信じられない。

 ジャンクと戦っているのは腕狩りの筈だ。なのに何故スレンがここにいる……?

 残されている時間はほんの少しだ。

 やるしかない――!

 僅かな逡巡の末――アイリはスレンをぶん殴っていた。


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