最も美しいものは?
「あーあ、結局戻ってきちゃった」
地下迷宮の中で、はあとジャンクは嘆息した。
そろそろ地上は身動きが取れなくなってきている。騎士団と衛兵達が連携することで、ジャンクの包囲網が完成しつつあるのだ。
まあ魔族を操る人間が犯人ともなれば、それくらいの対応は妥当と言えば妥当だが、ジャンクとしてはやりにくいことこの上ない。
しばらくはルル達がいる孤児院に匿って貰っていたが、迷惑がかかるといけないので、ジャンクは地下迷宮へと落ち延びたのだ。
まさしく万事休す――と、言う訳ではない。
今回の事件の黒幕は大体分かっている。問題はどうやって接近するかだが――
「あと、アイリもなんとかしないとね……」
うむむと頭を捻っていると、かつんかつんと靴底が地面に触れる音が響き渡った。
音の方向を見ると、そこには微笑みを浮かべたエルフ――スレンがジャンクに向かって歩いてくるのが見えた。
「まさか、あっちからやってくるとはね」
好都合と言えば好都合だが……油断は出来ない。
「こんばんは、ジャンク。そろそろここに来る頃だと思っていましたよ」
まるで廊下で出会った時のような、そんな穏やかな声音だ。
犯罪者と疑われている生徒に向けるものではない。
だがジャンクはそれで警戒を緩めることはしなかった。
「やぁスレン先生。なんで僕がここにいるのが分かったの?」
「地上ではあなたを捕らえるために色々動きましたから。そうすれば、あなたの選択肢は二つに限られます。この街を出るか――あえて誰も配置しなかったここに来るか」
「で、見事ビンゴだったって訳だ。それで僕になんか用かい?」
「自首してくれませんか? そうすればこちらは最大限の便宜を図るつもりです」
微笑みを浮かべるスレンに、ジャンクは不機嫌――それに侮蔑の感情を込めた目で睨み、言った。
「芝居はそろそろやめにしない? ここには僕以外誰もいないんだ――君のえげつない本性をさらしても特に問題はないと思うぜ?」
「芝居……なんのことですか?」
「全部君の仕業なんだろ――スレン・ボルク」
そう言っても、スレン・ボルクは揺らがない。
「仕業、とは?」
「全部さ。ゲートを使わずに魔族を暴れさせたのも、ピアニストを殺したのも――アイリの左腕を奪ったのも。全部君の仕業だ」
「……参考までに、いつから疑っていたのですか?」
「最初から……って言いたいけど、確信したのは。地下迷宮から出た当たりかな。展開があまりにもスムーズ過ぎた。ここまで事を運べるのは騎士団の中で絶大な権力を持っている君以外あり得ない」
「それは私、というよりも貴女が怪しすぎるからではないですか? 多少強引な手段を使っても不自然に思われない程度に貴女は怪しかった。そして私には、信用されるための積み重ねがあった。それが違いです」
「まあ、それを言われちゃそれまでだけどね」
自分を客観的に振り返ってみると、我ながらなんとも怪しすぎる。
アイリはよく逃がしてくれたものだ。
彼女にはつくづく借りを作りすぎていると思う。
一方スレンのことを以前調べて見たが、悪い噂は一つも聞かない、まさに清廉潔白を体現したかのような存在だった。
この街を危機から何度も救い、その武勇伝には枚挙に暇がない。
これが積み重ねの違いというヤツなのだろう。
多少強引に動いても、「あのスレン・ボルクには何らかの意図があるのだろう」と勝手に解釈される。
周囲から強い信頼を集める敵というのは何よりも厄介な相手だ。
「アイリも騎士団のみんなも君を信用している……やっぱり流れ者の僕とは違うよね。でもさ……それは逆も言えるんだよ。僕はみんなほど、君を信用しちゃいない」
「随分酷いことを言うものです……そこまで言うからには、証拠を持っているのですか? 互いの信頼の差を覆せる、明確な証拠が」
こちらを試すような目つきと口調。実際自分がやったと認めているようなものだが、確かに今の状況ではお縄につかせることは困難だ。
別にジャンクは衛兵でも探偵でもないため、そのままぶちのめしても何ら問題はないが、ジャンクも聞きたいことがあった。
ジャンクは懐から銀色の立方体を取り出した。ぴくりと、スレンの表情が僅かに動く。
「やっぱり、君も持ってるんだよね?」
「ええ。同じキューブ使いと会うのは初めてですが」
スレンも全く同じ魔道具を取り出し、ジャンクに見せた。
キューブ――その正体は魔族の魂を生成、格納し、自己増殖を繰り返すナノマシンによって実体化させ使役するという禁断の魔道具だ。
「ゲートが発生せずに魔族が現れるっていう現象は、撃ち漏らされたはぐれ魔族だけじゃない……キューブから召喚された魔族って言われた方が納得できるってもんだよ。あの状況じゃね」
人類の敵とされている魔族を召喚し、自由自在に操ることができるこのキューブは、使いどころを間違えればいとも簡単に悲劇を生み出す。
「聞かせて貰うよ。それを一体何処で手に入れた?」
「百年前にいただいたんですよ。行商人を名乗る人からね……いいですよね、この魔道具。これならば、魔族の犠牲になったということで全て方がついてしまうのですから」
ほがらかな笑みを浮かべたままそう言ってのけたスレンに、ジャンクの身体に怖気が走る。
「ジャンク。人が持つ物の中で一番美しいものはなんですか?」
まるで授業を行う時のように、スレンは問いを投げた。付き合ってやる義理はないが、話が進まない可能性もあるので素直に答えておくことにする。
「……心、かな」
「平凡ですね。実にありきたりだ」
心底失望した、と言わんばかりにスレンは嘆息する。
「答えは、腕ですよ」
「腕……?」
「そう、腕です。作り、奏で、壊し、殺す――腕は人間が持つ最も創造的な部位と言っても過言ではありません」
自らの腕を愛おしそうに撫で、スレンは続けた。
「もっとも、全ての腕が美しいわけではありませんがね。研鑽を怠り、自らの腕を錆び付かせていく人間のなんと多いことか……! 逆に極限まで鍛え上げられた腕は正に至高の美と言っても過言ではありません。あれ以上に美しいものなんて存在しないでしょう」
「まさか、腕狩りの目的って言うのは……!」
「美しいものは自らの手元に置きたい……人間も、エルフも、その考えは同じなのですよ」
綺麗な石を集める子どもみたいに、スレンは人を殺し、腕を奪う。
アイリは、そんなことのために腕を奪われたというのか……?
「ああそうそう。私にキューブを渡した行商人は条件としてこのようなことを言ってましたね……ツギハギ鎧の妙な少女が現れたら殺せ、とね」
「!?」
「しかし妙ですねえ……百年前の時点で少女と言われていた人間が、今でもその姿を保っているなんて。あなた、本当に何者です?」
「生憎、君みたいに秘密をベラベラしゃべる趣味はなくてね……そのキューブは回収する。これ以上おまえなんかに預けておくもんか――纏鎧!」
ジャンクはそう啖呵を切って、ジャンク・ザ・リッパーをその身に纏う。
「いいでしょう。もっとも――その可能性は万に一つもありませんがね」
腰に吊っていたレイピアを抜剣し、正面に構える。
「纏鎧」
魔方陣がせり上がり、一瞬でスレンは魔導鎧装を装着した。
魔導鎧装〈ヴァイデ〉
ジャンクもその詳細は知っている。
というか、魔導学院に通っている者でスレンの魔導鎧装を知らない者はいないだろう。
その細身の魔導鎧装は、無駄な装飾を極限までそぎ落としたシンプル極まりないデザインだが、かえってそれが目を引くものになっている。
ゴテゴテとしたジャンク・ザ・リッパーとはまるで対照的だ。
「私――スレン・ボルクは、事件の容疑者であるジャンク・ザ・リリィを地下迷宮まで追いつめるも、献身的な説得虚しく、容疑者は魔導鎧装を使用。やむにやまれず私も纏鎧し、正当防衛として殺害……という筋書きにしましょう。魔族に関しては後でどうとでも誤魔化しがききますから」
「生憎と、そんな結末にはならないよ。悪党を倒してハッピーエンド。やっぱりエンディングはこうでなくっちゃね……!」
同時に地面を蹴り、戦いの火蓋が切られた。




