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リリィ・オブ・スティール  作者: 悦田半次


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夢と挫折と

 別にアイリはジャンクのことを知りたいという訳ではなかったのだが……というか事後承諾的に行ってくるのは半ば反則のような気もする。


「この事件に首を突っ込んでる理由はあんたも知ってるんじゃないの?」

「まあ当事者だしね。妥当な理由と言えば妥当な理由だ……あ、だったらこの学院に来た理由みたいなのを知りたいかな」

「そんなの聞いてどうすんのよ」

「それこそ知りたいんだよ。友達のことを知りたいって言うのは当然の欲求でしょ? まあ君は僕のことをそうは思ってなかったみたいだけどね!」

「悪かったわよそのことは……でも、別にくだらない理由だし」

「そーゆーのが知りたいんだよ。別に言いたくないんだったらそれでもいいけどさ」


 ソレイユ魔導学院への入学は強制ではない。

 魔導鎧装の性能が日々向上している今でも、魔族と戦うのはそれなりのリスクが伴う。

 入学したということは、同時に戦場に飛び込んでいくという意味でもある。

 それでも入学試験や編入試験が熾烈を極めるのは、他の小さな学院では手に入らないものがあるからだろう。

 名誉や名声と言った形のないモノでも、そこに命を賭ける人間というのは驚く程存在するものだ。

 アイリはその手の欲求が無い訳ではないが、理由は違った。


「空を飛びたかったの」

「空?」


 アイリの答えが意外だったのか、ジャンクはぱちぱちと目を瞬かせている。


「魔導学院って撃破スコアが高い生徒には、魔導鎧装について色々バックアップしてくれるの。パーツの融通を利かしてくれたりとか、オーダメイドの魔導鎧装を作るサポートをしてくれたりね」

「なるほど……てことはアレかい? 空を飛ぶ魔導鎧装をオーダーメイドしてもらうために学院に来たって?」


 こくりと頷く。


「へえ……でも、なんでまた空を飛びたいなんて思ったの?」

 さらに踏み込んだ質問だったが、アイリは答えるのに抵抗はなかった。

「私の実家……ノーデンス家は元々竜騎士の一族なんだ」

「竜騎士って、あのワイバーンに乗ってるヤツ?」


 アイリは頷いた。

 アイリはノーデンス家の五女であり、一番上の姉とはかなり歳が離れている。

 小さい頃は、よく姉にワイバーンの背中に乗せてもらっていたものだ。

 ところがある日、アイリはバランスを崩して飛行中のワイバーンから落下してしまったのである。


「えっ、それ大丈夫だったの?」

「うん……とても良かった」

「ああそう。それはなにより……え?」


 あの時の体験は鮮烈だった。

 風も、空も、何もかも違うように感じた。

 全てから解き放たれて自由になったような、そんな感覚すら覚えた。

 手を広げたり閉じたりすると、落下の速度が変わった。


「実際には落ちていたんだけど、あの時は飛んでるみたいだった……正直、あの時地面に激突して死んでたとしても、悔いの一つもなく昇天してたと思う」

「お、おう」


 何故だろう。ジャンクの顔が微妙に引きつっている。

 とは言えそのまま激突していたらアイリはこの場にはいない。

 あの時は結局、顔を真っ青にさせた姉が無事アイリを回収することに成功した。


「多分落ちてた時間は十秒あったかどうかだったんだけど、凄く楽しかったんだ……でも、お姉様にそう言ったら、おまえは二度とワイバーンには乗せないって言われたの。どうしても乗せなくちゃいけないときは、鎖でワイバーンにくくりつけられたりもしてたっけ」

「うん、そりゃ妥当な判断だと思うよ」


 妙に真剣な顔で言うジャンクに少し納得がいかなかったが、アイリは気を取り直して話を続けた。ノーデンス家は竜騎士の家だ。

 アイリもその道を行くことが嫌という訳ではなかったが、ワイバーンから落ちたあの体験は、アイリの心に「飛びたい」という衝動を心に根付かせていた。

 だからアイリはソレイユ魔導学院を目指した。


 あそこならば、アイリが望む魔導鎧装――完全飛行型の魔導鎧装が作れるのでは無いかと思ったから。

 そこからは前よりも鍛錬に力を入れた。

 その甲斐あって試験には合格し入学。撃破スコアを重ねることで騎士団に入団した。


 入学から一年未満で入団するというのは全霊が無い事だったらしいが、そんなことよりもアイリはオーダーメイドの魔導鎧装の方が重要であった。

 騎士団に入ってさらに魔族を倒し資金を貯め、アイリは満を持して自分が考えた完全飛行型の魔導鎧装〈ブラストリア〉をオーダーしたのである。

 ちなみにこのブラストリアの名付け親はアイリではなくハイネである。

 アイリも自分で名前を考えようと思ったのだが、センスが壊滅的だのなんだの言われて結局ハイネの案を採用することにしたのだ。


 今はブラストリアという名前は気に入っているが、当時は少しムカついたのも事実である。

 名前も決まり、とうとう我が世の春が来る――と思ったら、そう簡単に話は進まない。

 そもそも完全飛行型の魔導鎧装は前例がない。

 かつては飛行魔法と言われる魔法も存在したらしいが、それ自体極めて難易度が高い魔法であり、それと魔導鎧装を飛ばせるかどうかはまるで別の話なのである。

 そもそも魔導鎧装を装備したまま空を飛びたいのであれば、それこそワイバーンでいいじゃん、という話になってしまう。


 だがアイリの理想は、ワイバーンに頼らず自分の意思で自由自在に飛べる魔導鎧装だ。

 魔導学院ならなんとかしてくれるだろうと思っていたが残念無念、現実はそう甘くはなかったわけである。


 結局ブラストリアは飛行こそできないが、他に類を見ない高機動型魔導鎧装として作られることになった。

 奇しくも妥協の産物となってしまったブラストリアだが、アイリはそれでも気に入っていた。 自分の相棒と呼ぶのに差し支えない程度には。


「――でも、二年前にやらかして今はこの状態ってワケ」


 辛うじて残った左肩を揺らし、自嘲気味に笑ってみせる。

 だが今、ブラストリアは修復された。なのに、何故アイリはブラストリアを纏鎧しようと思えないのか……?


「そっかー……色々ツッコみたいところはあったけど、なるほどなるほど。それがアイリが目指すものなんだね!」


 満足そうにジャンクは頷いている。


「何、悪い? 子どもぽいって?」

「確かに子どもが見るような夢だとは思うぜ? けど成長したら捨てなくちゃいけないものって訳でもないだろう?」

「そうだけど……大体、みんな笑うから。ハイネにも笑われたし」


 思えば、空を飛ぶというアイリの夢を一番邪魔をしてきたのはハイネだった。


「へぇ? 随分意外だね。ハイネはそう言うのを応援してくれるようなイメージだけど」

「全然。私が実験しようとする度に邪魔してきたし」

「実験?」

「うん。紙と木で作った翼で崖から飛ぼうとしたんだけど、『早まらないでくださいまし!』とか訳わかんない事言ってすがりついてきたりさ」

「君はもう少しハイネに感謝すべきじゃないかな?」


 ジャンクがハイネの肩を持つのはどこか面白くないアイリであった。


「アイリ。僕は君のことを見誤っていたようだぜ……」

「夢が子どもっぽいってこと?」

「いや、そーゆーんじゃないけど。むしろそれが吹っ飛ぶレベルなんだけど……まあそれはいいや。しかし空を飛びたい、かあ……いいねえ」

「本当にそう思ってんの?」

「勿論。僕はそう言う浪漫溢れるものにグッとくるんだ」


 相変わらず飄々とした口ぶりだけど、嘘は付いているようには感じなかった。


「あ、そうだ! だったら一つ約束しようぜ!」

「約束?」

「もしアイリが空を飛べたらさ、僕をお姫様抱っこして飛んでくれないかな?」


 なんともクサいというか、手垢の付きすぎた演劇の一場面みたいなことを行ってきた。


「私の腕、こんなんなんだけど」

「その時は首に必死でしがみつくよ」

「絶対締まるからそれ。まあ、仮に飛べたとしたら考えてあげなくもない……かな。あ、でも体重は減らしときなさいよ」

「大丈夫大丈夫。今でも僕の方が体重軽いし!」

「は?」


 二人は迷宮を探索しながら、他愛もない話を続けた。

 今までジャンクが巡ってきた国の話や、アイリのトレーニングのこと。

 最高のパワー系魔導鎧装を製造するギルドは何か、という話題では見事に意見がぶつかり、熾烈な言葉の応酬があった。

 ――楽しい


 半日でも時間が経てば忘れてしまうような会話なのに、アイリはいつの間にかそう思っていた。

 敵の捜索であるという事は忘れていないが、こんな風に会話を重ねるというのも悪くはない。

 だが、それと同時に不安も膨らんでいく。

 もしアイリが纏鎧できなければ――ジャンクの期待を裏切ることになる。

 ジャンクは色々問題のある(これは本当だ)ヤツだが、ブラストリアを修復してくれたことには深く感謝していた。


 もし纏鎧できなかったとき、ジャンクはアイリをどんな目で見るのだろう。いっそのこと、二人の前に魔族が現れなければいい。

 そんな本末転倒な考えが頭をよぎったとき、アイリは気配を感じ取った。

 刺々しく、そして身体に纏わり付くような気――紛れもなく、殺気。


「ジャンク」

「え? どうしたのアイリ……って、ああそうか。ようやくお出ましってワケだね?」


 魔族の赤いアイレンズが、二人を取り囲んでいた。

 その数――少なく見積もっても三十体。


「うへぇ、さすがに多いなあ……けど、これってビンゴって判断していいんだよね。纏鎧!」


 ジャンク・ザ・リッパーを纏鎧したジャンクはバレットシューターで次々と魔族を撃ち抜いていく。

 魔族も棒立ちしているはずもなく、一斉にジャンク目掛けて襲いかかる。


 三十対一。

 まさに多勢に無勢だが、ジャンクは怯まずに反撃し魔族達を次々と仕留めていった。


 バレットシューターで蝙蝠型の頭部を穿つ。

 アームブレードで蟻型の胸部を貫く。

 さらに魔族を貫いたまま腕を振り回し、周囲の敵を一気に薙ぎ払う。

 その戦いぶりは正に獅子奮迅。

 だが、魔族は一向に減る気配が無い。

 暗闇の中から次々と這い出で、ジャンクを押し潰さんとしている。


「きえー! 君達に構っている暇なんて、これっぽっちもないんだけどなあ!」


 単体のスペックでは、間違い無くジャンクが圧倒的に上。

 だが、それを補って余りある数が魔族側にはある。

 ここまでの数となれば、小隊一つを連れて行かなくてはならないが、現時点ではそれも不可能だ。

 ジャンク一人では――


「――え?」


 待て。なんだそれは。

 なんで自分(アイリ)は戦おうとしない?

 まるで、最初からそんな選択肢を持ち合わせていなかったような――


「……ッ!」


 ギリッと歯を軋ませる。


「冗談じゃない。私も戦って――」


 ブラストリアの柄に手をかけた瞬間、どくんと心臓の音が響いた。


「あ――」


 体温が急激に下がっていく。

 それにも関わらず心臓の拍動が加速していく。

 頭と完治したはずの切断面に焼け付くような痛みが走る。

 発作が始まったのだ。よりによって、このタイミングで。


「ぐ、あぁ……っ」


 頭を抑え、膝を突く。


「アイリ!? 待ってて、今行くから!」


 ジャンクも異常を察知したらしく、こちらへ向かおうとするが、無数の魔族に阻まれてた。


「なんで、なんで……っ!」


 このままだとジャンクは死ぬかもしれない。

 それなのに心の傷だの発作だの、言い訳にできる場合か。

 立て。

 剣をとれ。

 纏鎧しろ――


「ぐ、あああああああああ!」


 さらに身体に力を込めた瞬間、痛みはさらに激しくなる。

 脳には何本もの杭を直接打たれ、腕の神経には無数の針を通されているような激痛。

 あまりの痛みに、アイリは頭を抑えのたうち回った。

 視界が赤く染まる。


 身体から流れる涙と唾液には、赤いものが混じり始めていた。

 そんな無防備なアイリを魔族が見逃す筈もなく、首を掴んで吊り上げた。


「がっ……」


 ギリギリと首が絞まっていく。

 だが、戦うと言う意識が逸れたためか、発作も同時に引いていった。

 苦しいけど、発作よりはマシかもしれない。

 限界を迎えつつある脳でそんなことを志向した瞬間、アイリを襲った魔族が吹っ飛ばされた。 アイリはぺたんと尻餅をついて、乱入者を見上げる。


「あ――」


 あの魔族。

 間違いない。

 コンサートホールでアイリと出会った魔族だ。

 蜘蛛型魔族なら、ジャンクと交戦している魔族の中にも紛れているが、この魔族は何か雰囲気が違った。だから分かったのだ。

 蜘蛛型魔族はアイリを一瞥すると、先程吹っ飛ばした魔族に襲いかかる。

 アイリはその姿を呆然と眺めていた。


「なんなの、あれ――」


 目の前で繰り広げられていることが、まるで別の世界のように曖昧に見える。

 だが違う。これは紛れもなく現実なのだ。

 アイリは纏鎧できず、謎の魔族に助けられた。

 駄目だ。


 このままだと私は完全に役立たずだ。

 頭の片隅に残った使命感か、それとも子供じみたプライドなのか――ともかくその意思がアイリを動かしていた。

 スレンから貰ったブレスレットの標準を、乱入してきた魔族に合わせ、仕込まれていた針を打ち出す。針は魔族の背中に刺さった。

 それを確認したアイリは、だらりと腕を下げた。


「アイリ!」


 その声に顔を上げると、ジャンクが駆け寄ってきたのが見えた。


「撤退撤退! さすがにこりゃキツすぎる!」


 駆け寄ってきたジャンクはバレットシューターで煙幕弾を地面に打ち出し、迷宮内に煙を充満させる。

 ジャンクはアイリを肩に担ぐと、戦場から離脱した。


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