深夜の整備室にて。
「ふんふん、ふふふふ~ん」
校内の整備室で、ジャンクは鼻歌を歌いながらブラストリアの修復作業に当たっていた。
ジャンク・ザ・リッパーの簡易的なメンテナンスであれば、寮の部屋でも問題無いが、ブラストリアの修復となるとなるべく設備が整っていた方がいい。
尚、すでに日はとっぷりと暮れ、完全に深夜である。
消灯時間も過ぎており、この時間帯に整備室でコソコソやっているのは完全に校則違反である。
規則正しいアイリなどは既にベッドの中でグースカ寝ている頃合いだ。
「……また、うなされてないといいけど」
ブラストリアの復活がアイリにどのような変化をもたらすのか……それはジャンクにとっても未知数だ。
「……とは言え、前のはタイミング的にも少し不自然すぎたかな」
キューブを弄びながら、ジャンクはぽつりと呟いた。だが、あの場面ではああするしかなかった。
多少不都合なことはあったが、あれは紛れもなく最善手だったと思う。
「ま、ゴチャゴチャ考えるのは性に合わないし、さっさと完成させますか」
ジャンクの目の前には、アイリの魔導鎧装――ブラストリアが屹立している。
最初に実体化したときは非常に痛ましい損傷具合だったが、一ヶ月の修復期間によってかつての偉容を取り戻していた。
「しっかし、何食ったらこんな設計になるのかねえ……」
鎧の至るところにスラスターを搭載し、高速移動を可能にした超高機動型魔導鎧装。
アイリの希望でこのような設計になったらしいが……ジャンクが言うのもなんだが、凄まじくピーキーな魔導鎧装である。
恐らく常にスラスターを活用した状態で立ち回る設計なのだろうが、そうなると魔力の消費が凄まじいものになる。
並の鎧装使いであれば、長時間の運用はまず不可能だろう。
さらに弱点と言えるのが、装甲の薄さだ。
高機動型故か、軽量化を狙ってのことだろうが、他の魔導鎧装と比べると頑丈さでは一歩劣るのが否めない。
地面や壁に激突した際の衝撃を大幅に和らげる術式が施されているが、これは魔族の攻撃を防ぐものではない。
「回避に重点を置いて短期決着を狙うってところか……作る方も作る方だけど、使う方も使う方だよね、こりゃ」
ジャンクはこう言う尖った性能の魔導鎧装も好きだが、自分が使うとなればジャンク・ザ・リッパーのような汎用型(武器は特殊だが、鎧の性能としてはバランスの取れた鎧装なのだ)の方がいい。
ブラストリアのデザインはスラスターを除けば正に騎士と言ったような感じで、『ツギハギのバケモノ』とも言われているジャンク・ザ・リッパーとはある種対極的な、洗練されたデザインだ。
だが新規に作られた、義手を兼ねた左腕部は、従来のイメージとは不釣り合いのように見える。
金属製だがどこか有機的な印象だ。
それ単体なら、怪物の腕とも形容されてもおかしくない。
そのような腕がブラストリアに取り付けられている様は、さながら呪いに蝕まれた騎士のようだった。
「まあ、僕と約束するってのは似たようなものか。けどまあ、約束は約束だし、ちゃんと完成はさせないとね……鬼が出るか蛇が出るか、そこは不安だけど」
そう言って、ジャンクは義手にキューブを押し付けた。
どくんどくんと、腕が生き物のように脈動していく。
一分程して、ジャンクはキューブを離した。
「よし、あとちょっと――」
「よお」
「どしゃあ!?」
振り向きながらも、慌ててキューブを後ろに隠す。
「そんなに驚くなって。あたしだよ、あたし」
「って……なんだロッソか。驚かせないでよ、もう」
侵入者は、赤髪の獣人――ロッソであった。
アイリとハイネの共通の友人という事もあって、ジャンクともあっと言う間に友人になった少女である。
「ワリぃワリぃ、まさかそこまで驚かれるとは思わなくてよ。まるで後ろめたいことしてるみたいだったぜ?」
「後ろめたくはないよ。校則違反ではあるけどね!」
「そりゃあたしもお互い様だな」
カラカラとロッソは笑う。
彼女のサッパリした性分は、ジャンクも好感が持てる。
「でもなんでロッソはここにいるの?」
「グリッターのメンテだよ。ハイネの奴、あたしがいないと本当に整備のせも出来やしねえってんだ。ま、そこら辺はアイリもそうだったけどな」
戦いも整備も両立できる――それが鎧装使いとしての理想だが、理想だけあって実際にできている鎧装使いはそうそういない。
そこで活躍するのが整備師である。彼らにメンテナンスを代行して貰うことで、戦いに全てのリソースを割きたいと思っている鎧装使いはかなり多い。
中にはボルトを緩めたり、戦闘を阻害するような術式を仕込んだりするような悪質な整備師もいるが、そう言う奴はすぐに信用を失うため、数は少ない。(尚、真っ当な整備師でも恨みを買うとその限りではない)
「二年ぶりだな、コイツ見るの」
感慨深そうに、ロッソは言った。
「ブラストリアの整備師だったんだっけ?」
「まあな……ま、今はその役目も誰かさんにとられちまったみてーだが」
「まったく悪いヤツもいるもんだね」
「違いねえ。お、腕のパーツ……魔族の肉体使ってんのか?」
「まあね。義手として運用するんだったら、そっちの方がいいかなって。デザインをお気に召してくれるかは分かんないけど」
「いや、アイツはそこら辺あんま気にしねえだろ。にしても……マジで修復しちまうとはな」
ロッソはどこか複雑な表情だった。
その意味を分からないほど、ジャンクは鈍くない。
「僕の義手は完璧さ。おそらく本物の腕と同じ……いや、それ以上の性能を引き出すことができる。でも、これでアイリは自分のトラウマを今まで以上に意識しなくちゃいけなくなるんだろうね」
「ああ。それがアイツにとっていいことなのか……正直、あたしは分かんないんだ」
「……もしかして、ロッソがブラストリアの修理をしなかったのって」
「違う違う。当時のアタシじゃ修復不可能なくらいボロボロだったんだよ……今だったらできなくもないんだろうが、まあそこは後の祭りってヤツか」
ロッソは苦笑した。
「こう言う言い方は卑怯だけどさ。友達でしょ? もうちょっと、アイリのことを信じてあげてもいいんじゃない?」
「その前置きで本当に卑怯なこというなオマエは! それを言うならダチだからこそ、だよ。あの発作はそこいらのチャチなもんじゃねえ……一度スイッチが入ったら何もできなくなっちまう。ジャンクも見たんだろ? 今以上に心の傷と向き合うっていうんなら……シャレになんねえんじゃねえか?」
「まあ、そうだね。けど……それを決めるのはアイリだよ。僕は選択肢をあげることはできても、選択を強いることはできないからね。進むか戻るか、それを選ぶのはアイリ次第だ。でも、仮に進むを選んだら、このブラストリアは大きな助けになるんじゃないかな。選ばなかったとしても、相棒がボロボロのままっていうのは忍びないでしょ」
ポンポンと、ジャンクはブラストリアの胸を撫でた。
「それにさ、アイリのヤツ毎日進捗聞いてくるんだぜ? ヒドいときは一日五回だよ五回! しかもいつもの素っ気ない感じでさ」
「あー……何かすっげえ想像できるぞ。未練タラタラのくせにそれを悟られるのが恥ずかしいってか」
「だろうねー」
二人して小さく笑った。
「仕方ねえ……ま、いざとなったらフォローしてやるか」
「そうしてくれるとありがたいよ」
「うっし。せっかくだし、ブラストリアの中見せてくれよ。あたしもいずれ整備するかもしんねーし、先に見ときたいんだ」
「えっ、ダメダメ。中は企業秘密となっております!」
「固ェこと言うなよ。その権利くらいあんだろ?」
「いやあ、それとこれは話が別っていうかね?」
ブラストリアの中を見たいロッソと見せたくないジャンク。
深夜の整備室で、静かな攻防が始まろうとしていた――




