表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/35

行き倒れとケバブサンド

「さて……どうしよう」


 朝の鍛錬を終え街に出たはいいものの、そこで何をしようかということをまるで考えていなかった。

 魔導学院のお膝元ということもあり、無いものが無いと言わしめる程娯楽に溢れてはいるのだが、じゃあ何をするか、と自問すると答えはまるで出て来ない。

 と言うか、いつも出かける度に似たような事を考えている気がする。


「……アホらし」


 結局いつも通りあてもなくブラブラすることにした。

 この街には、アイリと同じ格好をした少年少女をちらほらと見かける。

 ソレイユ魔導学院の制服だ。この学校は学ぶ場所だけでなく、魔族に対する防衛装置という側面も持っている。王都に匹敵するくらい栄えたこの街だが、この国――ソレイユの中では魔族の出現が多い地域の一つだ。


 ゲートと言われる異空間から出現する怪物を撃つのが学院の生徒のもう一つの役割――というか実質的にそれが本質である。

 そのため魔導学院に在籍する生徒は、前線に出るか後方支援に徹するかなどの違いはあれど、何かしら魔族と戦う者達だ。

 もっとも、何の役にも立たない穀潰しがいるのも確かだが、と自嘲気味に笑ってみる。


「よお嬢ちゃん!」


 聞き覚えのある声が鼓膜を叩く。ケバブサンド屋台の店主であった。

 彼とは騎士時代からの付き合いであり、今でもこの店をちょくちょく利用している。


「相変わらず不景気な顔してんなぁ、朝っぱらから辛気くさいったらありゃしねえ」

「生憎と、この顔は生まれつきなの」

「嘘つけ。ちっと前までは華やかっつーかなんつーか……まあ、今みてえな枯れ枯れな感じじゃなかったのは確かだな。ウン」


 ムッと来るおっさんだが、アイリが左腕を無くす前からこんな感じだったので、別に不快感はない。態度を変えないで接してくれる人間というのはかなり貴重なのだ。


「一つどうだい? その様子じゃ、朝メシ食ってないんだろ。食ったらそのツラも少しはマシになるってもんだ」

「む……」


 そう言えば、起きてから口にしたのは水だけだ。


「セールストークとしてはヒドいもんだけど、まあいいわ。一つ頂戴」

「まいど」


 店主は鼻歌交じりに、肉の塊を薄く切り出し、野菜と共にパンで挟む。

 その姿はいつもよりどこか浮ついているように見えた。


「何かお祭りでもあるの? 英雄祭は一ヶ月も先じゃなかった?」


 英雄祭は一年に一回行われるお祭りだ。

 なんでもこの土地で一度死んだ騎士が蘇ったとか、そう言う話が元ネタらしいのだが、実際にあったのかはかなり疑わしい。

 まあこの手のお祭りに、真相はどうだとか言っても野暮というものだろうが。


「何言ってんだい。今夜騎士団が遠征から帰ってくるんじゃねえか。ハイネの嬢ちゃんから聞いてないのかい?」

「……ああ、そう言えば」


 毎日のように送られてくる手紙で、そんなことが書いてあったような気もする。

 ハイネからの手紙は、その八割が自らの武勇伝を無駄に迫力たっぷりに書いてある代物で、読むカロリーがかなり高い。あの手紙爆撃から解放されるのは喜ばしいのだが、その代わりにやかましいのが帰ってくるのであまり変わらないかも知れない。


「今夜の売り上げは期待できそうだ。街も守ってくれるし売り上げもアップ。まったく、騎士団様々だねぇ――ほれ、お待ち」


 香ばしいソースの匂いが胃をぎゅうと締め付ける。

 受け取ろうとして、紙袋がいつもより重いことに気付いた。


「一つって頼んだはずだけど」

「違う違う。もう一つはそっちのチビにだ」

「?」

 店主の視線を辿ってみると――いつの間にか、アイリの隣に十歳ばかりの女の子がちょこんと立っていた。


「ルル?」


 孤児院で生活している子供であり、少しばかり前から付き合いがある。


「……」


 ルルの口の端から、つつーとヨダレが垂れている。

 大概無表情で無口な彼女だが、何を考えているかはいつも不思議と分かりやすい。


「お腹、減ってるの?」


 ルルはこくりと頷く。

 孤児院の朝食では物足りなかったようだ。

 孤児院の食事の量が少ないと言うよりも、ルルの食欲がそれを凌駕していると言うべきか。


「……じゃあ、それも買う」

「うんにゃ、こいつはサービスだ」

「別にお金には困っていないから」


 戦うことは出来ない体だが、今まで学院に貢献してきた功績とやらで毎月生活に困らないだけの金は支給されている。

 アイリが穀潰しと呼ばれている一番の要因なのだがまあ、それはさておき。


「そう言う意味じゃないんだが……まあいいや。どうも固いねえ、嬢ちゃんは」

 こういう所で借りを作るのは好きじゃない。貸しを作るのは別に構わないが、借りは負い目を作るからだ。


 有無を言わせずケバブサンド二つ分の料金を払い、その一つをルルに渡す。

 それをルルは受け取ると、くいくいとアイリの制服の袖を引っ張った。

 そしてくいくいと指を差す。

 てっきりケバブサンドが食べたいのだと思ったが、実際の所は違ったようだ。(まああの様子からしてケバブも食べたいけど別件がある、ということも考えられるが)


「何かあったの?」


 頷く。

 ルル――というか孤児院の子ども達は、その出会い方が原因だったのか、アイリのことを衛兵か何かと勘違いしているフシがある。

 態々首を突っ込み介入する義務もない……のだが、


「……分かった。ひとまず案内してくれる?」


 結局アイリはいつも通り首を突っ込むことにした。




 ケバブサンドを囓りながらしばらく歩いていると、通りのど真ん中に人だかりが出来ていた。野次馬をかき分けてみると、そこには行き倒れがうつ伏せで倒れていた。

 巨大なリュックサックを背負っていて顔はよく分からないが、背丈からして歳はアイリと離れているわけではなさそうだ。

 格好からして旅人だろうか。


「行き倒れか?」

「なんでも、突然ぶっ倒れたらしいぜ」


 野次馬達は遠巻きに見ているだけで近づこうとはしない。

 が、ルルはちょろちょろと行き倒れのすぐ側まで行ってしまった。


「ちょっとルル……まったくもう」


 仕方なくアイリも続くと、視線がこちらに向けられるのを感じた。


「あら、流星の騎士サマのお出ましよ」

「こんなことに首を突っ込むなんて見境無しだこと」

「少しでも功績が欲しいのかしら? ああ浅ましい」

 顔を見ずとも分かる。どうせ同じ魔導学院の生徒だろう。


 ――流星の騎士、か。

 かつてはブラストリアのスピードとアイリの剣技を讃える言葉だったのに、今では早すぎる引退を余儀なくされた間抜けな騎士を笑う為の言葉になり果てている。

 ルルが心配そうにこちらを見上げるが、大丈夫、と頭を撫でた。

 ムカつくことにはムカつく。

 だがもう慣れた。そういうことにしておくしかない。それよりもやるべきことがある。


「……ん?」


 アイリは眉をひそめた。

 綺麗すぎる。

 行き倒れの死体は何度か見たことがあるが、大体痩せ細っていたのが大半だ。

 しかし目の前の行き倒れは特段痩せているというわけでもなく、肌の色艶も悪くない。手首に触れると、とくんとくんと脈拍は確かに感じられた。


「一応生きてはいる、のか」


 病院に運び込むか? もしくは現時点で水か何かを与えた方がいいのでは……そう考えていた時、突如行き倒れの鼻がぴくぴくと反応し――動いた。


「な――!?」


 引退したとは言え、騎士だったアイリの反射神経は常人を遙かに凌駕する。だが行き倒れの動きはさらに上を行っていた。

 目にも止まらぬ速さでアイリ――の、手に持っていたケバブサンドを強奪した。


「は?」


 行き倒れはむしゃむしゃと猛スピードでケバブサンドを食べ終え、がばりと立ち上がり叫んだ。


「大、復、活ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁつ!」


 そしてキョロキョロと周囲を見渡し、こてんと首を傾げた。


「君達は誰だい?」

「「「「「おまえこそ誰だよ!」」」」」





「いやー助かったよ。ここ一週間ばかり固形物を殆ど食べてなくってさ。むがむが何か食べなきゃなーと思ってたら思ってるうちにぶっ倒れちゃったって訳なんだ。むが

むが。やっぱりタンパク質だよねタンパク質」


 たははー、と行き倒れ……もとい少女は笑う。

服装はボロボロだが、短く斬られた髪は黒真珠のように艶やかだ。

 くりくりした丸い目は小動物は小柄な体躯も相まって、リスのような小動物を思わせる。

 屈託のない脳天気な笑顔……だが、どこか胡散臭さも感じる。

 ちなみにルルはケバブサンドを奪われることを警戒してか、いつの間にか姿を消していた。ふらっと現れふらっといなくなるのはいつものことなので、特に心配はしていない。


「僕はジャンク。フルネームはジャンク・ザ・リリィ! 見ての通り、さすらいの風来坊さ。よろしくぅ!」


 風来坊を自己申告するヤツは初めてだが、それにしても随分と変わった名前だ。

 ここら辺の出身ではないのだろうか?


「私は、アイリーン・ノーデンス……一応、魔導学院の生徒」

「アイリ! うんうん、素敵な名前だね! 古い舞台女優みたいだよ!」


 ……褒めているのだろうか? 一応、嘲笑している様子は微塵も感じられない。

 しかもいきなり略称とは、随分馴れ馴れしい。


「しかし助けて貰っちゃったねぇアイリ。この恩は必ず返すよ!」

「別にいらない。恩を売りたくて助けた訳じゃないし……って言うか、あんたが勝手に食いついてきただけだから」

「またまた照れちゃってェ」


 どうしよう。もうさっさと別れたい。

 どうにかしてそのタイミングを伺っていると、街中に取り付けられたスピーカーから警報が鳴り響いた。


「およ? これは……」


 何となく察しが付いているのか、ジャンクが目を細める。

 あえて不快に聞こえるように調整された音に、私は舌打ちした。

 快晴の空に赤い亀裂が入る。

 ゲート……魔族襲撃の開始点。

 あの亀裂がさらに広がれば、無数の魔族がやってくる。警報が鳴った際の、人間達の行動は二つに大別される。


 一つは、避難を始める者達。

 もう一つは、戦いに向かう者達。

 アイリは前者だ。この制服に袖を通して起きながら。


「まったく……まあいいや。どこにいこうがやることは変わら――およ?」


 むんずと襟首を掴まれたジャンクは、ぱちくりと目を瞬かせた。


「えーっとアイリ。ちょっと僕行かなきゃ行けないところが……」

「何言ってんの。あんたも逃げるの!」

「あーれー!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ