決意
アイリーン・ノーデンスの生涯は腕を失う前と失った後に大別できる。少なくともアイリ自身はそう思っている。
傷が完治して学院に復学したアイリだったが、彼女の居場所は既になくなっていた。
騎士団は除隊になった。
あくまで名誉の負傷による除隊であるため、形式上は後ろ暗いことではない。
だが、それを受け取った人間は好き勝手に解釈を重ね、他人へと伝染させる。
功績を独り占めするために深追いしただとか、慢心が重なった当然の結果だとか、あんな妙な魔導鎧装を使うからだとか。
なるほど、一理ある。
が――自分が痛い程自覚していることを訳知り顔で他人に言われることほど腹立たしいものはない。
騎士団のエースが片腕を失い、あまつさえ戦うことが困難な発作持ちとなったというニュースは、学院で燻っている連中にはとても甘美なものだったのだろう。
自分達は弱い。だが、戦えもしないアイリーン・ノーデンスよりはマシだ、と言ったところか。
無論、そうでない人達もいることは分かっているが、得てして人の悪意というのは実態よりも大きく見える。
だが、そんなことはいい。(いや、アイリのプライド的にはちっとも良くないが、それでも比較的マシという意味で)
一番アイリが堪えたのは、期待を裏切ってしまったこと。
ここまで自分を育ててくれた家族や、師となってくれたスレン。ブラストリアを作ってくれた甲冑師。
アイリは彼等の期待を全て裏切った。
あまりの情けなさに、自分自身が許せない。
もっともうまくできたはずだ。
せめて腕を失わない方法があったんじゃないのか。
そう思っても後の祭りだった。だが、考えるのを止めることはできなかった。
そんな鬱々とした自分を嘲笑うように、奴は――腕狩りは、再び目の前に現れた。
目を覚ますと、見慣れた天井があった。
「寮……?」
紛れもなく、自分が寝泊まりしている寮の一室である。
「一体、どうしてここに……」
さっきまでアイリはコンサートホールにいたはずだ。
そして死体と――腕を見た。自分の腕を奪った魔導鎧装の腕を。
そしてアイリの記憶はここで断絶している。
「また発作、か……」
自分の体質を呪わしく思いながらも、体を起こすと――
「ふっふっふ、ジャンク。ついに年貢の納め時ですわ! 喰らいなさい、クラブのロイヤルストレートフラッシュ!」
「な、何ィィィィ!? そんな、僕は2のフォーカード……で、でもそんな、あり得ない。ロイヤルストレートフラッシュの確立はたった0.00015パーセントのはずだ!」
「おーっほっほっほ! 残念でしたわね。その確立の中から運命を掴み取る。それが私なのですわ! これで私の勝ち! あなたの――」
「――負け、とでも言うつもりかい?」
「何ですって?」
「残念だったね……切り札は、僕の手の中にあるんだよ! ラストカードオープン!」
「な!? ジョーカーですって!?」
「これで僕のフォーカードはジョーカーによってファイブカードに! ファイブカードはロイヤルストレートフラッシュよりも強い……くらえー!」
「きゃあああああああああああー!」
「ふっ、運命は僕に微笑んだようだね……」
――バカが二人、いた。
「お、アイリ目が覚めたんだ」
「……何やってんの、あんたら」
「ポーカーだよ、ポーカー」
問題はなぜこのタイミングでポーカーをやっているのか、ということなのだ。
「インチキですわインチキですわ! ジョーカーが入っているなんて一言も言っていなかったではありませんか!」
「おいおい、言いがかりはよしてくれよハイネ。確かに僕はジョーカーが入っているとは言っていない……けど、ジョーカーが入っていないとも言っていないんだぜ。確認を怠った君のミスだよ、オーケイ?」
イカサマ師みたいなことを言うジャンクに、キィーっと食ってかかるハイネ。
思えば、ハイネが自分の部屋に来るというのは随分久しぶりな気がする。
ルームメイトだったときは当たり前の光景だったが……それにしてもこの二人、二人揃うととんでもなく喧しい。
1+1は2ではなく3と言わんばかりであった。
二人はただ遊んでいたわけではなく、アイリが目を覚ますのを待っていたらしい。
「そりゃあ僕達だって、気絶した人を叩き起こそうとする程鬼じゃないよ」
確かにそうかもしれないが、あんなにやかましくしていたら結局プラマイゼロな気がする。 ともあれ、アイリが目を覚ましたので、ジャンクとハイネはポーカーを切り上げてここに至る経緯を話し始めた。
アイリとカメリア・エクテは、控え室で発見された。
カメリアは全身を引き裂かれて死亡しており、原型は殆ど留めていなかったという。
アイリには外傷はなくなんらかと心的外傷によって気絶したものと判断されたらしい。
被害者と同じ現場にはいたが、『あの』アイリーン・ノーデンスということもあり、殺人は不可能であろうと判断され、身柄はジャンクとハイネに引き渡された
――ということらしい。
やはり、カメリア・エクテは死んでいた。
彼女の手によって奏でられるあの美しい旋律が永遠に失われてしまったこと――そしてなにより、人が死んだというシンプルな事実に気が重くなる
「それにしても妙な事件でしたわね……あのカメリア・エクテが殺されてしまうなんて。しかもあの魔族はどこに発生したのか不明と来ていますわ」
「まあね……けど、これは本当に魔族が起こした事件なのかな?」
ジャンクがぽつりと疑問を口にした。
「あなたも魔族と戦ったでしょう? あれだけワラワラ出てきておきながら無関係なんて、そうは問屋が卸さないというものですわ」
「ああいやそうじゃなくてね。あのピアニスト……カメリアさんだっけ? 彼女を手にかけたのが本当に魔族なのかってことさ。ハイネだって死体は見ただろう?」
ハイネ自身も引っかかっていたところがあったのか、視線を宙に彷徨わせた。
「確かに、そうですわね……カメリア・エクテの死体は、とても無残なものでしたわ。けれど検死の結果――」
「――両腕に該当する部分がなかった、でしょ?」
弾かれるようにしてハイネはアイリの方を見る。
「犯人は、腕狩りだ」
「……!」
「気絶する前、私はこの目で見た。カメリア・エクテを殺したのは……あいつだ」
「そう、ですの。まさかこんな時に出てくるなんて……!」
ジャンクがおずおずと手を挙げる。
「えーっと、シリアスな感じになっているトコ申し訳無いんだけど、腕狩りって何?」
「私の腕を奪った鎧装使い。まさか、また出てくるとは思わなかったけど」
正体不明目的不明。判明しているのは包丁じみた大剣がメインウェポンであることと、他者の腕を奪うクソ野郎だということだけだ。
かつて目撃者がアイリだけということもあり、本当に存在していたのか怪しまれていた(まともに取り合ってくれたのはハイネとスレンくらいだ)が、アイリは二度もそれを目撃している。
他者から見れば信憑性は薄いままだろうが、アイリが動く理由としては十分だった。
「ジャンク。ブラストリアの修復はどのくらいまで進んでる?」
「え? うーん……九割くらいかな。あとは義手の調整と全体の再チェックで完了だよ」
「お願い。急いで完成させて」
腕狩りが再びアイリの目の前に現れた。どう言う意図があったかは知らないし、知りたくもない。
アイリが求めることはたった一つ。
「あいつは――私が絶対に倒す」
それは、復讐だった。




