再会は突然に
とまあそんなわけで週末、アイリとジャンクは一緒に出かけることになった。
それ自体は特に珍しいことではないが、その目的がコンサートというのは初めてだ。
「誘ってくれるのは嬉しいけど……そのチケット、手に入れるのすごい大変だったんじゃない?」
コンサートの主役たるピアニストの名はカメリア・エクテ。
ソレイユ屈指のピアノの腕を持つと言われており、コンサートのチケットを入手するのは決して容易ではない。
コネで入手するという方法もあるにはあるが、それも少数であり、基本的に抽選販売の形式が取られている。
当然アイリも応募したが、結果はスカであった。
「え、そうなのかい?」
「そうなのかいって……もしかしてあんた、何も分からずに買ったワケ?」
「いや買ったんじゃなくて貰ったんだけど……」
「どうしたの?」
「あーいや。本当に申し訳なかったなあって罪悪感に押しつぶされそうなところ」
「罪悪感なんて感じるんだ、あんたでも」
「……君は僕をなんだと思ってるんだい? まあ、神様の思し召しというか棚からぼた餅というか、そんなとこだよ」
「ふうん」
まあどんな入手経緯であれ(さすがにかっぱらってきたわけではあるまい)、コンサートに行くことができるのであれば文句はない。
「むがむが。本気で礼を言わないとだよね……菓子折りの一つでも持ってかないとむぐむぐ」
「……って、あんた何食べてんの」
「え、クレープだよ?」
そんなもん見れば分かる。
ジャンクが頬張っている物をドーナツだと思う人間はいまい。
「近くに屋台があったからね。あったら食べるっきゃないでしょ?」
「そうカパカパ買い食いするから金欠になんのよあんたは」
「フッ、正論は嫌いだよ。何せ正しいからね」
自覚してたのか。尚悪いな。
アイリもアイリで少し小腹が空いていたので釣られるようにチョコバナナクレープを購入した。
「食費だけじゃなくて、色々物入りっていうのも確かなんだよね。まったく、我が魔導鎧装ながらとんだ金食い虫だよまったく」
「主人に似たんでしょ」
「それは否定しない」
ジャンクオリジナルの魔導鎧装であるジャンク・ザ・リッパーは、彼女の手によって常にアップデートを重ねている。
そして実験と称して様々な試みを重ねているが、大体爆発したり爆発したり、まあ爆発したりするわけである。(そしてアイリが呼び出される)
だが全てを魔族の素材で賄うわけにもいかず、パーツを買ったりするのだが、そこにも当然お金がかかる。
ジャンクの身の上からして実家などから経済的な支援もないだろうし、割と問題は深刻である。
「騎士団に入れば? そうすれば撃破報酬とは別に給料も貰えるわよ」
無論魔導学院の花形ということもあり、入隊するのは決して容易なことではないが、ジャンクの実力を考えれば問題はないだろう。
だがジャンクはあまり乗り気では無さそうだ。
「うーん、やめとくよ。どうもあの手の集団との相性ってよくなさそうなんだよね」
「あの手の集団って?」
「規律が求められるトコ。僕はなるだけ自由でいたいんだよね。それが失われちゃうのはちょっと」
確かに騎士団は治安を守る組織でもあるため、強さ以外にも求められるものが多い。
実際に、その手の束縛を嫌って騎士団入りしないスコア上位陣というのは確かにいる。
「規律か……そう言えば、あんまり意識したことなかったな」
元々アイリが騎士団に入ったのは、お金のためだった。
ブラストリアを製作するために資金が必要だったので、給料が出る騎士団に入ったのである。 お金を貯めた後も在籍はしていたが、ブラストリアを思いっ切り使えることが嬉しくて、それ以外のことに特に気が回っていなかったのかも知れない。
「私は元より、ハイネにだって務まっているのよ? 多分大丈夫なんじゃないの?」
どこからかか、へくちっとくしゃみが聞こえてきた。
「うーん。けどやっぱいいや! アイリと一緒にいる時間も減っちゃいそうだし」
「……」
「あれ。おかしいな。こう言えばアイリが感激してクレープを差し出してくれる筈なんだけど」
「そりゃわざとらしくチラチラ見ながら言ったら、色々台無しに決まってるでしょ。それに、食べたい場合はまずそっちから渡すのが礼儀じゃないの?」
「むむぅ。じゃあ一口あげるよ」
そう言って、ひょいと食べかけのクレープをこちらに突き出してきた。
怪鳥じみた奇声がどこかから聞こえてきたが、アイリは気にせずにクレープに齧りついた。苺の酸味とクリームの濃厚な甘み。
それを包み込む生地の食感が心地よい。
「ギャー! 苺全部無くなってる!? アイリ、これはいくらなんでも食べ過ぎだよ!」
「一口の規定を決めなかったあんたが悪い。それの昨日私の唐揚げ二個も食べてたし、おあいこでしょ」
「だってあの時は二個食べちゃダメとも言ってなかったじゃない!」
「普通一個だけでしょそういうのは」
「キィー! なら僕も――こうだぁ!」
「な! チョコもバナナも!?」
哀れ、アイリのクレープは僅かな生地とクリームを残し消滅した。
ぎゃいぎゃいと醜い争いを繰り広げながらも、二人はコンサートホールに到着した。
百年以上前に作られた荘厳なホール。
これから始まるコンサートへの期待感がいやでも高まるというものだ。
一方ジャンクの感想は、
「売店ないの?」
であった。
引っぱたきたい。
「……あのね。音楽を聴きに来てるのに、ボリボリムシャムシャ隣から聞こえてきたらどうなると思う?」
「うーん、ちょっと迷惑かな」
「死人が出るわよ」
「そこまで重罪なの!?」
「当たり前でしょ。何言ってるの?」
演奏の邪魔をしたのだ。
万死に値する。
「ふーむ。段々僕が場違いな奴みたいに感じてきたぜ」
「それは否定しないけど大丈夫よ。よっぽど非常識なことをしなければ問題ないから」
あまり構えられて楽しめないようでは本末転倒なので、一応フォローをしておくことにした。 席を間違えないようにチケットに書かれた番号を確認していると、悲鳴がアイリの耳に飛び込んだ。
弾かれたように振り向くと、そこにいたのは金属の肉体を有する異形――魔族だった。
「なんで――警報も鳴ってないのに、しかもこんな屋内で!?」
ナイフのような爪が来場客の一人に向かって突き出された瞬間、横合いから飛んできたジャンクが蹴りを放ち吹っ飛ばした。
「勘弁してくれよ……! 僕とアイリのデートを邪魔するのは許さないぜ。纏鎧!」
ジャンク・ザ・リッパーを着装したジャンクはアームブレードを武器に魔族達への攻撃を開始した。
「皆さん、非常口はこっちです! 早く逃げて!」
アイリは係員と協力して脚の避難誘導を始めた。
魔族相手には戦えないが、これくらいのことはできる。
だが魔族はかなり強力な個体らしく、ジャンク一撃で倒れるような展開にはなっていない。
流れ弾を防ぐためにバレットシューターを使えないことも大きいだろう。
「せめてもう一人いれば――!」
「呼びましたかしら?」
学院に入る前から聞いてきたその声の主は、俊敏な動作で戦場へと乱入した。
既にグリッターを装着している。
「ハイネ!? あんた、どうしてここに――」
「偶然ですわよ偶然!」
そうか偶然か。だが、これはラッキーだ。
「二人は魔族を抑えてて! 私は客を逃がすから!」
「いやあなたも逃げなさいな。何さらっと残ろうとしてるんですか」
「と言っても残るのがアイリなんでしょ。ヤバくなったらはやく逃げるんだよー!」
「それじゃ無意味ですわ!? 絶対に死ぬギリギリまで粘って手遅れになるのがオチですわ!」
言い合いながらも戦っている二人を無視して、避難誘導を続けた。
既に客はあらかた避難したはずだ。しかし一緒に避難誘導を行っていたスタッフ達の様子がおかしい。事情を聞くと、支配人と覚しき人物が青い顔で言った。
「実は……避難した人の中にカメリアさんがいないとの報告があったのです」
「……! 分かりました。私が探しますので皆さんも避難してください!」
了承の声を聞かずにアイリは駆けだした。
向かう場所は控え室。建物内の構造はスタッフから貰ったマップで確認済みだ
コンサート前であれば、魔族が出現したタイミングでそこにいた可能性が一番高い。
そこから逃げ出しているか、はたまた隠れているのか……どちらにしても確認してみないことに変わりはない。
「急がないと……!」
スピードを上げようとするが、すぐにアイリは急停止せざるを得なかった。
立ち塞がるようにしてこちらに迫る魔族が一体。
「こんな所にも……!」
今の自分が魔族に立ち向かったらどうなるかなんて、一ヶ月前に嫌と言う程思い知らされている。
しかも修理に出しているため、今のアイリは完全に丸腰だ。
逃げなければ――だが、控え室までのルートはここしかない。
魔族は本能的に人間を襲うと言われている。
ならば自分を囮にして姿を眩ませてからここに戻ってくるか?
考えを巡らせている間に、蟻型の魔族は顎を鳴らしながら向かってくる。
「くっ――」
踵を返そうとしたその瞬間――横から割り込んできたもう一体の魔族が、蟻型に体当たりをした。
「え……!?」
乱入してきたのは蜘蛛型。しかしその個体はアイリの方には目もくれず、蟻型に攻撃を加えている。
同士討ち……? だがそんなケースは今まで見たことも聞いたこともない。
頭の中が混乱するが、既に脅威が去っていることに気付いた。
争う魔族を尻目に、アイリは控え室目掛けて駆け出した。
「なんだったの、あの魔族……」
あの行動はまるでアイリを守るかのような……いや、考えすぎか。
控え室に到着したアイリは、扉を蹴り開けて叫ぶ。
「カメリアさん、無事で――」
鼻孔を刺す血の臭い。
血溜まりに仰向けで倒れているのはカメリア・エクテ。
鮮やかな赤いドレスは血の浸食を受け赤黒く変色している。
そして何より、その虚ろな瞳は、彼女の肉体には既に魂が存在しないことを端的に表していた。
「あ、あ……」
そして彼女の肉体には、両腕が無かった。
切り落とされている。
腕の無い死体。
死体は見慣れている。これよえりも無残な死体なんて数え切れないほど目にしてきた。
だが、これはダメだ。
死体は腕以外の損傷が見られない。だからこそ、腕の欠損という事実が際立つ。
思わず、自分の左肩を握った
。
痛い。痛い、痛い、痛い――!
完治したはずなのに、断面から血が流れ出していくような錯覚。
徐々に視界が歪んでいく。
ふと、アイリの聴覚が僅かながら物音を捉えた。
弾かれるように振り向くと、そこにあったのは魔導鎧装。
物陰に隠れているため全貌は見えないが、その腕だけははっきりと見えた。
そして、血にまみれた包丁じみた大剣も。
敵の正体を認識した瞬間、ブツンとアイリの意識が断絶した。




