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リリィ・オブ・スティール  作者: 悦田半次


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早朝鍛錬

 目が覚めて、アイリはぽつりと言った。


「悪夢……見なかったな」


 最近、そんなことが増えた。いつもは二日に一回くらいの割合で悪夢を見ていたのだが、今は四日に一回の割合にまで減っていた。

 改善しつつあるのだろうか、思い首を振る。そんな風に期待しするとロクなことにならない。


「……ん?」


 身体を動かそうとして、ふと違和感を覚える。

 なにやら身体が重くてベタベタする。しかもこのベタベタは汗によるものとは少し違う。

 さらに先程から横から規則的な呼吸音が耳元を掠めていた。


「……」


 何がどうなっているのか大体想像が付く。首を捻ってみれば案の定。


「ぐがー。ぐがぐがすぴー」


 絶賛爆睡中のルームメイトがそこにいた。

 尚、寮のベッドは二つあり、それらは部屋の両端に位置している。つまるところ、ルームメイト――ジャンクはアイリのベッドに不法侵入をかましていたのであった。


「……」


 アイリは不法侵入者をベッドから文字通り蹴り出した。


「あだ! 痛いなぁもう。せっかく人がいい気持ちで寝てたって言うのに、この起こし方は残酷だぜ」

「ルームメイトのベッドに浸入した挙げ句ヨダレ垂らしてるバカに比べれば何倍も上等よ」

「ええ!? そんな酷い奴がいるのかい。まったくもって図々しいよ。きっと面の皮がとんでもなく厚くて心臓に毛でも生えていると見たね」

「ならナイフでかっさばいて確かめてみたら? 私にアリバイがあるときにでもね」

「おいおい、僕に人殺しにでもなれってのかい? そんな残酷なことできないよ」

「あんたのことだあんたの!」


 ジャンクがこの学院に来てから早一ヶ月。

 二人の朝は大体こんな感じであった。

 アイリは相変わらず覇気の無い学院生活を送っている……と言いたいところだが、それにも少し変化があった。


 転校早々、風船の如く周囲から浮いていたジャンクだったが、一ヶ月が経過した今では『ちょっと変わったヤツ』くらいの評価に収まりなんだかんだ馴染みつつあった。

 むしろアイリより馴染んでいる気がしなくもない。

 まあ年中無休で無愛想な自分より、ちょいちょい胡散臭いが人懐っこいジャンクの方が受け入れられやすいというのはアイリも分かっている。


 別に受け入れて欲しいとかそう言うのは毛頭思っていないが、それはそれでムカつくのも正直なところであった。

 あとは何より、転校初日にあのハイネ・キルシュを決闘で下したのも大きい。

 結局、この学校では強さが物を言う。トップランカーの一人であるハイネに勝ったというビッグニュースは瞬く間に学院中に伝播し、ジャンク・ザ・リリィの名を知ることとなった。


 そしてその日から血の気の多い生徒が次々と決闘をふっかけ、次々と返り討ちにされることになった。

 だが初日以来、ジャンクは切り札であるギガントエンドを使うことはなかった。

 ジャンクが馴染むのは結構なのだが、アイリは少し……いやかなり不満に思っていることがある。


 それはジャンクへ言づてを頼まれたり、ジャンクがやらかす度にアイリに話が向かうのだ。所謂『ジャンク係』の座に立候補した覚えもないのに収まってしまったのである。


 距離を置くべきかと思っても、ルームメイトだし向こうの方からやってくるしで中々難しい。 賑やかになったのは結構だが、加減を思いっ切り間違っていると思うアイリだった。






 ジャンクのよだれ攻撃による最悪の目覚めからしばらくした後。

 アイリは学院近くの森で木剣を振っていた。

 毎日一人で行う早朝トレーニングである。

 木剣と言っても内部に重りを仕込むことで、実際の剣の重さを再現している。

 訓練と実戦で感覚が狂うことはない。


 それでも少しばかり重く感じるのは、今剣を握っているのが利き腕でないことだろう。


 ――足りない。


 アイリはギリッと歯を食いしばった。

 剣速が遅い。

 それがアイリを苛立たせる。

 トレーニングは腕を失った負傷から少しばかり経った頃に再会したが、今思えば惰性の産物であった。


 そもそも戦う力を失ったのに、剣だけは愚直に振るいつつけているのになんの意味があるのかと、そう思いながらトレーニングを続けていた。

 ただ何もやらずにいれば、腐りかけを通り越して完全に腐っていたとも思うので、決して無駄では無かった……そう信じたい。


 そうやって二年間続けている間に、ジャンクと出会った。

 そしてブラストリアは今、ジャンクが修復中だ。

 修復が完了している際にすぐ戦えるように備えることは決して無駄ではない。

 発作という最大の懸念点はあるが、今はそのことを意図的に頭から弾き出して鍛錬を続ける。 我ながら現金な話だが、ブラストリアが修復できると知った途端、鍛錬にも身が入るようになった。


 しかしその反面、自分の衰えに苛立ちが募るようになっていた。

 風を斬る音に鋭さが足りない。 遅い、あまりにも遅い。


「もっとだ、もっと、速く――!」


 そうでなければ、いずれ帰ってくる相棒(ブラストリア)を纏鎧する資格はないのだから。



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