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リリィ・オブ・スティール  作者: 悦田半次


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修復依頼

 ゲートから溢れ出た魔族の討伐も完了し、窓の外から見える空は既に夜の闇に包まれていた。


 その一方、街では魔石灯が街を煌々と照らし、かなりの賑わいを見せている。

 アイリが今いる寮からでも、その喧噪が僅かに聞こえてくる程だ。

 魔導学院の寮は二人部屋ということを考慮しても中々に広い。

 何せ寮の大きさが校舎とあまり変わらないくらいだ。


 アイリがこの部屋に越してきたのは二年前。それ以前は騎士専用の部屋でハイネと一緒に暮らしていたが、騎士ではなくなったので、部屋を移動することになった。

 新しい後輩達がやってくる旅に、学校側はアイリと同室にする生徒を選んでいるらしいが、もれなく辞退されているということを風の噂で聞いたことがある。

 まあ、入学早々こんな自分と同部屋になるのはさすがにイヤだろう。アイリとしても気の合わない奴と二人部屋になるくらいだったら、一人の方がずっと気楽だ。


 その点、ハイネは悪くないルームメイトだったが、さすがに騎士でも無いアイリがあの部屋に留まるのも気が引ける。(学園側はこれまでの功績を鑑み云々、とあの部屋で生活を続けることを許可してくれたが、それだと穀潰し度が上がるだけだ)

 そんな訳でこの二年近く、広いよりも寒々しいと感じていたこの部屋に念願の(と言うほどではないけど)同居人が出来たわけだが、


「ふんふんふふふ~ん」


 そいつは今、部屋のど真ん中で魔導鎧装の整備をしていた。

 よくここの広さを「魔導鎧装のメンテナンスが出来るくらい広い」と表現することがあるけど、実際にやっているのはジャンクくらいなものだろう。

 ジャンク・ザ・リッパーを着装せずに実体化させて、壊れた部分の修復や、パーツの交換をしている。

 聞いたところによると、ジャンクとハイネは他の生徒より出遅れてしまったものの、結構な戦果をあげることが出来たらしい。

 ジャンクが背負っていたバックパックには、魔族の腕やら頭部やら翼やらが詰め込まれている。これが今回の戦利品とのことだ。


 恐らくその一部がジャンク・ザ・リッパーの装甲に使われるのだろう。

 修理しているジャンクの様子を時折横目で見つつ、アイリは『魔導鎧装名鑑』のページをめくる。


 読書は嫌いではないが、この身体だとどうも読みにくい。

 文庫本サイズならば最近片手でも問題無く読めるようになったが、『魔導鎧装名鑑』のような大判サイズの本は結構苦労する。

 今は太ももに載せて本を固定して読んでいるが、やはり腕が二本と一本では全然違う。まあ、そう嘆いたところで無い物ねだりなのだが。

 本を読みつつチラチラ見ていると、視線を感じたのかジャンクが振り向いた。


「ああゴメン。うるさかった?」

「別に。続けてくれて構わないけど」


 寮で魔導鎧装のメンテナンスをするなんて非常識も甚だしいとは思うが、ルームメイトであるアイリは特に不快ではないのでまあいいだろう。


「そう? じゃあ遠慮なく続けるよ」


 そう言って今度は、腕の銃――バレットシューターの点検に映る。


「うーん、やっぱりダメージは大きいなあ。まあバーストしてギガントエンド撃った後も使い続ければこうもなるか」


 ぶつぶつ言ってるジャンクに、つい私は口を挟んだ。


「やっぱ負荷大きいんだ、あの技」

「まあねー、使った後が面倒なんだよ。それだけの威力があるのは間違い無いけどさ。ああそうだ。弾丸も補充しないとだよ、あれだけバカスカ使ったの久しぶりだしなあ……あ」


 と、ジャンクの表情が僅かに固まる。


「どうかした?」

「あー、弾丸の補充ってとこでちょっとね……けどまあ、アイリになら見せてもいいかな?」


 そう言ってジャンクが取り出したのは、小さな立方体が集まってできた銀色の立方体。

「なにそれ、パズル?」


 それぞれの面の色を揃えるという玩具と似ているが、ジャンクが持っているものは全ての面が銀色だ。

 パズルとしては破綻しているように見える。


「キューブって言うんだ。パズルじゃ無くてこれはれっきとした魔道具。みんなにゃナイショだよ?」


 いたずらっ子のように笑うと、ジャンクはキューブを魔族の腕に押し付ける。

 魔族の肉体はぞわりと波打ち、ナノマシンに戻ってキューブの中へと吸い込まれていく。

 ジャンクがキューブの面を組み替えると、小さな魔方陣が出現し、そこから弾丸がバラバラと落ちてきた。


「このキューブには色々な設計図が組み込んであってね。ナノマシンでそれを作ることができるんだ。まあ作れるモノには限りがあるけど」


 ふふん、とドヤ顔をするジャンク。


「魔族の肉体を集めているのってこのため?」

「まあねー。同じナノマシンだし、資源の有効活用って奴だよ」


 ジャンクは鼻歌交じりに生成された弾丸をマガジンに詰めていく様子を見て、ふと疑問を投げかける。


「ねえジャンク。あなたみんなにはナイショって言ってたけど……これ、バレたらどうなんの?」


 なんでもないように説明しているが、キューブはもしかしなくてもとんでもない魔道具であることはアイリも理解していた。

 少なくとも、自称さすらいの風来坊が持って言い代物じゃない。


「まあそこまで大事にはならないと思うよ」


 そうか。それならばよかった――


「この広い宇宙に比べれば、国の一つや二つ無くなっても誤差の範囲内だろうし」

「おい待て今何て言った」

「大丈夫大丈夫。バレなきゃなんとかなるって……これで共犯だねアイリ」

「ふざけんな。もしあんたが何かやらかしたら全力で保身に走らせてもらうから」


 証言台で「いつかとんでもないことをやると思っていました」と言ってやろうと心に決める。 いや、いっそのこと今のうちに行動を起こした方がいいのではないか……?


「まあまあ、よく言うでしょ? 友情は一つの秘密から始まるって」

「それ誰の言葉?」

「僕が考えた。五秒前くらいに」


 世間一般ではそれをデマカセと言う。

 保身のために荷物を纏めるべきか……いや待て、なんでこっちが出ていかなくてはならないんだ。

 むしろジャンクを叩き出すべきだろうと考えていると、不穏な空気を察知したのかジャンクがこう付け加えた。


「ああ待って待って。別に僕はアイリを陥れようとしている訳じゃないんだぜ? と言ってもそう簡単に信じてくれないのも確かだし……あ、だったら一つ交換条件といかないかい?」

「交換条件? こっちが黙っている代わりにジャンクが私に何かしてくれるってこと?」

「そう言うコト。さあ何がいい? 世界の半分か、僕に一生焼きそばパンを買いに行かせる権利か……まあそれ以外でも別に良いけど」

「振れ幅極端すぎない?」


 後者はまだしも世界の半分と言うのはいただけない。魔王かおまえは。

 いかにもなし崩しと言った感じだが、交換条件というのは悪くない。

 既に秘密を押し付けられているので、負い目を感じないところが特にいい。

 とは言え、じゃあどんな条件がいいかと言われるといきなりは出て来なかった。

 世界は半分もいらないし、焼きそばパンは自分で買いに行けばいい。


 どうしたものかと思っていると、たまたまベッドの横に立てかけてあるブラストリアが目に入った。

 ジャンクもそれに気付いたらしく、ベッドに近づきひょいと剣を持ち上げた。


「この魔導鎧装の修復……ってことでいいのかな?」

「いや、別にそう言う訳じゃないけど……」


 嘘だ。

 もし可能であるならば、アイリの願いはそれしかない。


「けど、本当に修復なんてできるの?」

「できるよ? とは断言できないけど……ちょい待って」


 ジャンクはギガントレットから一本のケーブルを引き出し(恐らくこれもナノマシンであろう)、その端子を剣に貼り付ける。

 するとガントレットに四方形のウィンドウが浮かび上がり、ブラストリアについての詳細なデータが表示された。


「うーん、なるほどね。左腕が綺麗になくなっちゃってら。それ以外にもあちこち破損してるけど……ねえアイリ。このブラストリアの開発者なら修理できるんじゃない?」


「行方不明なのよ。放浪癖があるみたいで、ブラストリアを作って貰ってから一度も連絡が取れてない」

「おおぅ。何というかすごい自由な人だね」

「あんたが言うな」


 ブラストリアは従来品のカスタムではなく、ゼロから設計されたオーダーメイドの魔導鎧装である。

 子どもの頃から貯めていた貯金と、魔族撃破で得られる報奨金を全て合わせてようやく目標額に達し、作って貰ったのだが結果はご覧の有様だ。

 あのよくも悪くも豪快な開発者が知ったらどうなることやら考えただけでも恐ろしい。


 が、それはともかくとして。アイリは色々な甲冑師にブラストリアの修復を依頼したが、全て門前払いを喰らっている状態だった。

 隻腕の人間が使うためにカスタムされた魔導鎧装というのもあるにはある。

 しかしそれらはランブルのような量産機であって、ブラストリアのようなゴリゴリのオーダーメイドに対応しているとは限らない。


 さらにブラストリアは正気を疑うレベルのスラスターを取り付けられた高機動型であり、義手を付けるにしても付けないにしても、バランスの調整が難しい。

 何より致命的なのはアイリが失ったのは利き腕であるということだ。

 戦場に立つにはリスクが大きい。軽く数えただけで、困難な理由は売る程ある。


「いくらなんでもできる訳が――」

「できるよ。今回は断言させてもらうぜ」


 ジャンクは挑戦的な笑みを浮かべた。


「アイリがブラストリアに対してまるで未練がないって言うんだったらそれでもいいんだけどね。でも、どうもそうじゃないみたいだし」


 ジャンクと話していると時々、心を見透かされているような気分になる。


「僕を誰だと思ってるんだい?」

「超胡散臭い大飯ぐらいの転校生」

「うぉっほん! 僕は魔導鎧装を作ることが出来る超スゴイ奴なんだぜ? 君のブラストリアも修理してみせるさ」

「でも、分かってるでしょ? 私には発作がある。修復できたとしても、戦えない」

「それは修復してから考えればいいんだよ。それにアイリも、相棒がぼろっちいままなのは嫌でしょ?」


 なんでもないようにジャンクは言う。

 自分がやることが何の意味も無い、ただの徒労に終わる可能性があるというのに。


「あんたは、本当にそれでいいの?」

「いいよ。秘密を守ってくれる交換条件だし。もちろん手を抜くつもりは毛頭無いけどね」


 なんら気負うこと無くジャンクは言った。

 アイリが復活できる可能性は万に一つもあるか怪しい。

 ならば――できるだけのことはやろう。それでダメだったらすっぱり諦める。

 失敗しようが、これ以上失うものはないのだから。


「だったらお願い……お願い、します」

「よし、これで契約完了だ。改めてよろしくね、アイリ」


 そう言って差し出されたジャンクの手を、アイリは嘆息しつつも握った。

 アイリーン・ノーデンスとジャンク・ザ・リリィ。

 二人の奇妙な共同生活は、本格的に幕を開けるのであった。


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