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忍者と言えば?

「セィ――!」

「ハァ――!」


 裂帛の声と共に二人は切り結び、火花を散らす。

 超至近距離のバレットシューターの一撃をハイネは最低限身体を反らすことで回避した。

 ハイネは徐々にジャンクの立ち回りを完璧に覚えつつあった。

 それはジャンクも同様。だからこそ、一進一退の攻防が続いている。

 しかし攻撃の精度は二人とも打ち合う度に上昇しているように思えた。


「さすが、と言わざるを得ませんわね」


 切り結ぶ中、ハイネが言う。


「へえ、てっきり意地でも認めてくれないのかと思ってたよ」

「強さと美しさには敬意を表するのが私ですわ」

「あら、やっぱり僕って美しい? 照れちゃうねこりゃ」

「前者ですわ前者! 美しさという点では、あなたはアイリの足下にも及ばなくてよ!」

「いやさすがにアイリと比べられるのはキツいんだけど!」


 舞台女優と比較される方がまだマシというものだ。


「ですが――貴女の強さを認めたとは言え、勝ちを譲るわけに行きませんわ」


 ハイネの声が、怜悧な冷たさを帯びた。


「それは、どういうことかな?」

「あなたはどうも厄介事を引き寄せるタイプに見えますわ。一目見たときからずっとそう思っていましたの」

「おいおい、根も葉もない言いがかりはやめてくれないかな? そう言うところから争いは生まれるんだぜ」


 まあ現在進行形で争っているのだが――それに、ハイネの指摘もあながち間違いではない。 心当たりは山のようにあるが、黙っておこう。


「昔からこの手の鼻が利きますの。あなたはアイリの側にいると一番マズい人間――私の直感がそう告げていますわ!」


 気のせいか、ハイネの斬撃が徐々に重くなっているように感じた。


「人を疫病神みたいに言わないでくれるかな。それとも何かい? 僕がアイリによからぬ事を企む詐欺師だとでも?」

「詐欺師、とは違いますわね」


 斬撃を受け流し、ハイネは続ける。


「嘘はついているようには見えませんわ……ですが本当のことも言わない。違いますの?」

「――」


 少しばかり違うが、本質的な部分は図星だ。

 どうもこの手の人間はやりにくい。


「生憎、隠し事の一つや二つ生きていれば誰にでもあると思うけどね」


 返答が僅かに遅れてしまったのを誤魔化すように言葉と斬撃を畳みかける。


「それに、君は少し心配性じゃないかな? 誰かに守られる程、アイリはヤワじゃないように見えるんだけどね!」

「強いことが理不尽にさらされていい理由にはなりませんわ!」

「なるほど、そりゃ道理だ。けどね! 僕はアイリをどうこうしようなんて考えてないよ。僕達が出会ったのはあくまで偶然だし……ああいや、待てよ? 偶然ってのはこうも言い直せるか。則ち、運命ってね」


 少しばかり意地悪を言ってみたが、効果は抜群だった。


「運命ですって!? なんてうらやま――じゃない傲慢な!」


 いい感じに話が逸れた。しかし彼女の振るう刀はさらに苛烈の一途を辿っている。


「君、随分と嫉妬深いね!?」

「黙らっしゃい! そんな胡散臭くて生意気なお口、チクチクと縫って差し上げますわ!」


 啖呵を切って取り出した球体を、ハイネは思い切り地面に叩き付けた。


「!?」


 ジャンクは咄嗟に後退するが、ハイネが投げたのは煙幕を発生させるものだった。


「さすが忍者。こーゆー装備もバッチシってワケか……」


 煙幕の中から飛び出して来る人影。

 ジャンクはそれに向かってバレットシューターを撃つが――すり抜けた。


「な!?」


 目を剥いた瞬間、背後からの斬撃がジャンクを遅う。

 何だ。何が怒った!?

 混乱しつつも背後を振り向き――目を見開く。


「ハイネが……三人!?」


 煙幕が完全に晴れた決闘場の中にいる魔導鎧装は二体ではなく――四体。

 その中の三体がハイネ・キルシュ――グリッターであった。

 ジャンクは記憶の中から忍者に関する知識を引っ張り出す。忍者は奇々怪々な妖術を駆使する。その中でもこれは定番中の定番。


「分身の術――!」

「……」


 ハイネは答えぬまま、三人揃って地面を蹴った。

 三方向からの斬撃はしかし、本物は一つだけ。

 対処を誤れば無防備な状態で攻撃を食らう事になる。

 恐らく実際に分身しているのではなく幻術の類いなのだろうが、半透明に透けているということもなく、どちらが本物なのか、戦闘中に肉眼で確認することは極めて困難だ。


 攻撃を防げる確率は単純計算で三分の一。しかもこちらの攻撃を当てられる確率も同じだが、どう考えてもバランスが釣り合っていない。

 このままだと確実に削りきられる。


「バレットシューターはなるべく使わないようにしないと……!」


 どちらが本物か分かっていない状態で実弾を使うのはあまりにもリスクが大きい。

 本物を見破ることが出来れば一発逆転とは言わないまでも、先程の状態にまで戻すことができるはずだ。

 そもそもあの分身はどうやって出来ている? 


 幻術には二タイプあり、一つは、相手の視界に干渉するタイプだ。

 これを喰らうと対処が極めて困難だが、人の感覚器に直接ハッキングをするという特性上、分身が見えているのはジャンク一人ということになるが、観客の様子を見る限り多分違う。


 となるとハイネが使う幻術は、魔力で構成されたビジョンを投影するタイプだろう。

 不特定多数の人間に幻影を見せることができるが、幻の精度は前者よりやや劣る。

 どちらも一長一短だが、ハイネが使う幻術ならばジャンクにも対処は可能だ。


「魔力スキャン、開始!」


 アイレンズ越しに見える視界が、視界がサーモグラフィーのように変化する。三体のうち二体。明らかに魔力の濃度や循環が人の物ではない。


「分身の正体見たりってね……!」


 迫り来る二体の分身を無視して駆け抜け、本物のハイネ目掛けてバレットシューターを放とうとした瞬間――ジャンクの背中かが十字に切られた。


「嘘でしょ……!?」

「実と見せて虚。虚と見せて実――戦術というのはそう言うものですわ!」

 ジャンクは鎧越しに、ハイネの不敵な笑みを幻視した。






「始まった、か」


 アイリの視界には今、三つの刃に次々と切り刻まれているジャンクの姿が映っている。

 分身攻撃は実体がなかったとしても厄介なものだが、ハイネの場合本体を見破れば万事解決とはならない。

 これがハイネの十八番……実体化する分身なのだから。


 実体化、と言っても本当に実体化しているわけではない。

 あの状態であっても、分身は魔力の塊に過ぎない――が、ハイネはそれに目を付けた。

 刀の部分だけ魔力の濃度を濃くし、刃の如き攻撃機能を与えた。

 それがどれくらいの威力なのか、というのは見ての通り。


 反撃をしようとしても、魔力の塊に過ぎないし、刃以外はすり抜けてしまう。

 そして刃だけに気を付けていると今度はハイネが持つ格闘術の犠牲になるというわけだ。今、膝蹴りが叩き込まれたジャンクのように。

 しかも刃の攻撃性はオンオフが自由に出来るため、これまた相手を混乱させる。

 アイリは本物の忍者とやらに会ったことはないけど、忍者オタクのハイネですらコレなのだから、本物はとんでもないバケモノなのだろう。


「ハイネのヤツ、あの技を身につけてからスコア上げまくりだもんな~。ま、一部にゃアレを禁止しろって言ってるヤツもいるらしいけどよ。あまりにも反則だろってな」

「くだらないわね。あれもハイネの実力じゃない。なんで禁止されなくちゃいけないんだか」


 確かに魔導鎧装は魔導なんて名前が付いているが、魔法特化型を覗き、実際に使う魔法は刃に魔力を帯びさせ斬撃を強化する、もしくは魔力の刃を飛ばす、と言った程度のものが大多数だ。(それでも必要充分だ)

 それと比較すればハイネの分身は反則のようにも見えるのだろうが、あの分身は見た目程簡単なものではない。


 分身を投影すること自体は難しいことではなく、動かすこともある程度動作をパターン化、もしくは自動化すればいい。

 だが本物と見紛う程に動かすとなれば話は別だ。

 ハイネは今、それぞれの分身にリアルタイムで指令を与え動かしている。つまり一人分の脳で三人分の身体を同時に動かしているのだ。


 分身が二体とこの手の術にしては少ないなのは、その数が現時点で本物同様に動かすことが出来る限界であるからに他ならない。

 反則の二文字で片付けていいものなんかでは決してない。

 ――そもそもそんなことを言っているヤツは、分身を封じればハイネに勝てると思っている時点で底が知れている。


「つーか、転校生にこのこと教えてなかったのかよ?」

「一方的に手札を教えるのはフェアじゃないでしょ。それにどっちも応援してるワケじゃないし」


 勝手に戦え、というのがアイリの正直なところだ。

 だが、ジャンクがこの局面をどう切り抜けるか――それに関しては興味が無いこともない。



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