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隻腕の少女


 その日は見ているだけで気が重くなりそうな曇天だった。

 ここは王都から離れた辺境の集落。そんな場所に魔族が出現したと報告が入ったのが一昨日のこと。

 ソレイユ魔導学院所属の〈騎士団〉は現場に急行。魔族達の対処に当たっていた。既に集落を襲撃した魔族の討伐は終わり、住民達の被害は最小限に留まっている。

 そして現在、騎士達は生き残った魔族の掃討に当たっていた。


「ハァ――!」


 加速の勢いを乗せた一撃で、魔族を一刀両断にする。

 金属製のボディを切断する確かな手応えを感じた。こちらが猛スピードで動いているという事もあり、切り捨てた魔族の姿が一瞬で過ぎ去っていく。


 仕留めたか否かは、目視するのではなく切った感触で大体分かる。

 目視で確認するのではなく、それ以外の要素から判断するのは高機動型魔導鎧装(まどうがいそう)を使う上で必須技能だ。


「まだ、多いか……」


 既に戦いが始まってから二時間が経過している。これでも集落に現れた魔族の数は騎士団によって大幅に減ってはいるのだが、全滅させるのはまだ時間が必要のようだ。


「まだまだ行くわよ、ブラストリア……!」


 身に纏う魔導鎧装にそう呼びかけうると、ブラストリアはスラスターを唸らせ、さらに加速させる。

 音すら置き去りにするようなこの感覚は嫌いではない。

 この加速を乗せた斬撃は、魔力によるエンチャントがなくとも、必殺の一撃となり得る。


 高機動型魔導鎧装〈ブラストリア〉で戦場を縦横無尽に駆け、相手を次々と切り裂く――それがアイリの戦闘スタイルだ。

 三体の魔族がそれぞれの武器を振り上げるが――


「――遅い」


 一閃。三つの首が宙を舞う。


「よし、次……!」


 その時、通信器からスレン・ボルクからの声が響く。


『こちらスレン。魔族の一部が森へと逃走。アイリーン。追撃をお願いします』


 彼女は魔導学院で教鞭を振るう教師であり、騎士団の指令塔だ。

 そしてアイリ――アイリーン・ノーデンスにとっては、学院に来てからの剣の師でもある。確かに複数体の魔族が戦線を離脱し森へと逃走を図っている。騎士や冒険者が撃ち漏らした魔族は、後々二次被害を引き起こす。確実に仕留めるのが鉄則だ。


「こちらアイリーン。了解、追撃します」


 撃破スコアも同期のハイネが吠え面をかく程度には集めたので、戦いの最前線から一人外れることには躊躇いは無い。


「逃がさない……!」


 スラスターをフルスロットルにして追跡を始めた。


「これで――最後!」


 剣で、最後の一体となった魔族を切り捨てる。

 金属の塊となった魔族を尻目に、前側に取り付けてあるスラスターを噴射させ、勢いを減衰させ停止。


「……それにしても、随分深追いしすぎたような」


 そこは森の中にぽっかりと空いたように存在する草原だった。こう行った場所は、動物や精霊達の憩いの場……というのがしっくりくるけれど、実際にあるのは金属生命体の死体×3と、鎧に身を包んだアイリだけ。

 鉛色の空という天気も相まって、空虚で寒々しい場所だ。


「こちらアイリーン、森へ逃げた魔族の討伐が完了しました……ってダメだ。通じない」


 この通信機はあくまで、魔導鎧装を装備した者同士が円滑に会話できることを目的に作られたためか、離れすぎると殆ど役に立たない。

 現在アイリは、本隊から大分離れた場所にいるようだ。昔から、夢中になると周囲の確認が疎かになるのが悪いクセだと言われているが……今の所改善出来る様子はない。


 ――そしてその悪癖が、彼女に破滅をもたらすことになる。


「やっちゃったな……早く合流しないと」


 嘆息した瞬間――視界がブレた。


「あ、が……!」


 視界が回る。

 さらに一拍遅れてやってきた痛みに顔を顰めた。

 何が起きたのか分からない……確かなのは、かなりのダメージを受けたこと。

 そして――敵がいるということだ。


「ブラストリア!」


 スラスターを噴射させ、地面に激突させるのを防ぐが、着地した瞬間に針を縫うような刺突が、ブラストリアのアイレンズを破壊した。


「なっ……!?」


 視界が一気に狭まり、1センチ四方しか外の世界の様子を確認出来ない。先程とは明らかに攻撃の性質が違う。つまり相手は複数である可能性が高い。

 攻撃を受けた方向に剣を横薙ぎに払うが、虚しく空を切った。失態を悔いるよりも速く、アイリの身体は中へとかち上げられる。

 一瞬の浮遊感の後、再び衝撃。


 アイリの身体は地面へと叩き付けられた。離脱しようとするも、どこに逃げればいいか分からない。そもそも敵がどこにいるのかさえ不明瞭なのだ。

 なにより叩き付けられた影響でろくに頭が回らず、スラスターを稼働させるためのイメージを構築できない。

 装着者のイメージで操作する魔導鎧装でこの状態は極めて致命的だ。


「逃げ、ないと……」


 骨が何本かやられているのか、体を動かそうとする度に鈍い痛みが体を走る。

 ずしり、と胸部に圧迫を感じた。

 踏みつけられ、固定されたのだ。


 極限まで狭められた視界で、アイリはその時初めて敵の姿を見た。

 重装甲のアーマーを纏った腕――魔導鎧装だ。

 さらにその腕には、包丁のような形状をした大剣が握られている。

 腕の持ち主は、躊躇うことなく大剣を振り下ろした――




「―――――!!!!!!!!」


 声にならない叫びと共に跳ね起きた。

 呼吸が荒い。

 視界を彷徨わせ、ようやくここが戦場ではなく寮にある自分の部屋であることを認識した。思考回路が急速に冷えていく。


「最っ悪……」


 舌打ちと共に毒づく。この手の悪夢を見るのは珍しくない……が、二年経った今でもそのイメージは無駄に鮮烈だった。

 ベッドのシーツが汗でぐっしょりと濡れている。

 その発生源から一番密着しているショーツの惨状など言うまでもない訳で。


「替えないとダメか……」


 最悪、その二だ。いっそのこと、全裸で寝てしまおうか。

 季節も夏が近づいているし、ルームメイトもいないのだから問題ないはずだ。

 そんなことをつらつらと考えながら、水差しからコップに水を注いで一気に飲み干した。


 気分は多少マシになったということにしておく。

 一人だと無駄に広い部屋でそう考えながら着替える。

 今日は学院が休みなので、もう一眠りしてもバチは当たらない。

 が、眠ったところで同じ悪夢を見る気がするので諦めた。


「何だっていつも同じ悪夢なんだか……」


 もう少しバリエーションがあった方がまだマシだ。

 唯一着用しているショーツをベッドの上に投げ捨てる。

 貴族の令嬢にはあるまじき行いかもだが、どうせ誰も見ていないのだから問題ない。


 替えの下着を着用し、シャツに袖を通す。制服には袖を通さずに羽織るだけに留める。

 少し前まで着替えることはとんでもなく重労働だったが、今では慣れたものだ。

 文字通り、片手で事足りる。(正確には脚や口も使うのだが)

 洗面台で顔を洗い、それなりに髪をとかす。これで準備は完了。

 自分の姿を鏡で確認すると、二年前とは違う自分がいた。


 まあ十代という変化の激しい時期は、二年もすれば色々変わるものだが、アイリの場合は特に顕著だ。二年前はノーデンス家の証と言われた銀髪をハーフアップに結っていたが、今はただ無造作に伸ばしているだけ。


 顔つきもどこかやさぐれているような印象を自分でも感じるし、特に目は「死んだ魚のような目」と周囲からいらんお墨付きを頂戴していた。

 だがそれらの違いも些末に思わせるのは左腕。


 利き腕だったそれは今、どこにもない。

 制服に袖を通さずに羽織っているのも、それが目立たないようにしているからだ。

 二年前のあの日。アイリは森で正体不明の魔導鎧装に襲われ、左腕を失った。

 ついでに、騎士という肩書きやら、地位やら、名誉やら、連鎖的に次々と失って今に至る。 人生終わった、なんて言うがそう簡単に終わらせてくれるものではないらしい。


 神はサディスト。最近つくづくそう思う。

 外に出ようとして、ふと忘れ物を思い出した。

 ベッドの近くに立てかけてある一振りの剣。


 魔導鎧装ブラストリア――そのなれの果て。

 ぱっと見ると問題が無さそうに見えるが、剣の内部に格納された魔導鎧装は無茶苦茶に大破している。この剣――ブラストリアは今のアイリにとっては無用の長物なのだが、未だにそれを手放せないでいた。


おもしろかったら、☆の評価とブクマをしていただければ幸いです!



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