第2話
「はあ…」
トイレの鏡の前に、私は立っている。
チラリと見えた教室は、先週よりも濃度を増した闇が存在していた。土日を挟むといつもこうだ。見ているだけで具合が悪くなる。
ふう、ともう一度息を吐き、コンタクトをつける。このコンタクトは国が開発した特別なもの。これをつけると闇が視界から消える。私のクラスなんかは闇で覆われて皆の姿が見えないから、これがないととても困る。というか困るだけでは済まないだろう。
先程よりもスッキリとした視界。トイレに漂っていたうっすらとした闇も消え、今度は安堵のため息をつく。教室に向かい、闇が消えたことを確認すると、扉に手をかけてスライドをした。その音に反応したからか、何人か人が集まってきた。
「ゆみ!おはよー!」
ぎゅっと抱きついてくる彼女は高宮香菜。いつも明るくてバレー部に所属している運動神経抜群の女の子。ふんわり揺れるボブの髪の毛はツヤツヤしていて、ついつい触りたくなって手を伸ばしちゃう。
「みやみやちゃんはいつも仲良しだね。おはよう、ゆみちゃん」
にっこり微笑むこの子は佐藤みのりちゃん。胸あたりまである髪をおろしていて、いつも私とかなのことをみやみやちゃんと呼ぶ。坂宮と高宮だからかな?
みのちゃんは水泳部にはいっていて、いつも結ぶ用の髪ゴムが手首からみえる。今日は紺色だ。
「おはよう探偵さん!今日は遅かったなあ!」
そう言って背中をバシバシ叩くこの子は原咲れな。大阪出身でいつもクラスを盛り上げてくれている。
…そして、なぜか今日は私のことを探偵さんと呼んでいる。まだ私が探偵をすることを言っていないのに。
「おはよう3人とも。で、れなはなんでそのこと知ってるの?」
え、あかんかった?と口を手で塞ぐけどもう遅い。2人が探偵?と首を傾げてれなの方を向く。
「え、あ!そうか、まだ言ってへんかったやんやもんな…え、ほんまごめん…」
そう言ってしょんぼりする姿を見ると罪悪感が湧いてくる。ごめんごめんと言って頭を撫でる。
「いや、私こそごめん。怒ってないから大丈夫だよ!知ってる理由が知りたいだけなんだけど教えてくれない?」
優しく聞くと安心したのか、ほっと胸を撫で下ろしながら教えてくれた。
「先生たちの会話を聞いてもうたんや。なんか今日うちらのクラスだけ授業ないって言うてて。それで気になって跡つけてたんやけどな。そしたら…」
よく話を聞いてみると、どうやら廊下でベラベラと先生達が話しながら歩いていたらしいのだ。なんかちょっとモヤっとするけども、別に今日言う予定だったからいいか。
というか、私は授業がないって方が気になるんだけど。
ごめん…なんてしょんぼりしてるれなに微笑みかける。
「どうせ今日言う予定だったし!それよりも今日授業ないって言ってたけど、どういうこと?」
「ああそれはなあ…って、あ!」
タイミングよくチャイムがなる。もう席に着いてないといけない時間だ。
「あー、ごめん!朝の会で先生から話あるはずやから!もう座ろ!」
そう言って走って席まで走るれな。他の生徒も皆席に着き始めている。
「なんだったんだろうね。ゆみちゃん、かなちゃん、早く席に座ろっか」
「うん!じゃ、また後で!」
「…あ、うん!」
脳で処理をするのに時間がかかって返事が遅れてしまった。私は準備が終わってないのに。とりあえずリュックを棚に突っ込み、慌てて席に座り込んだ。
「お、結実おはよ。今日ギリギリじゃん」
「ああ…おはよう、遥斗。朝の会だから黙って。」
「え、ごめん」
馴れ馴れしく話しかけてくるこいつは渡辺遥斗。隣の席の、サッカー部の男子だ。
今は朝の会。先生がいつもおはようございますだとかしか言わないから飽きるのわかるけど、今日は特別な日なの。こう、オーラで感じ取って欲しいよね。
「で、今日なんですけども…って、おい、遥斗!ちゃんと聞いてんのかぁ?」
「えっ!?あ、はい!すんません!!…今日の1時間目は数学って話でしたっけ?」
「それは昨日だ!ちゃんと聞いておけよ?」
「はい…」
ざまあみろ。口パクで伝えてやると、イラッとしたのか中指を立ててくる。なんでこんなやつがクラスでモテるんだろう。その時、浮ついていた思考が、急にぐっと現実に引き戻された。先生の言葉で。
「今日から学級委員の結実さんが探偵となり、お前らのクラスの闇を消してもらう。」
あ、それいきなり言っちゃうんだ。クラスがザワザワし始める。闇を消すって何?とか。探偵って?とか。無理もないよ。あ、一気に視線かんじる。やめて、見ないで欲しい。そんなクラスの様子を気にする様子もなく先生は言う。
「解決するまでお前らのクラスの授業は無しだ!!それじゃあ先生は戻る。後は自由にやれ。」
ガラガラと勢いよく扉を閉めて出ていく先生。あの先生は5人目の担任の先生だっけ。いや、じゃなくて、ええと。ザワザワするどころかシーンとなってしまったクラス。35人もいるはずなのに。おかしいな。遥斗がこっちをジーッと見る。はあ、とため息をつく。このため息は…なんだろうね。
机の横にかかっていたあるものを取り出し、教卓へと歩みを進める。
先週、先生から雑に渡された白いBOX。この為なのは知ってたけど、ここまで雑にパスされるとは。
震える声を腹からだし、投票BOXを上に掲げる。
「皆さん!!注目してください!!」
「皆さんには今から、闇の原因となる問題をこの紙に書いてBOXに入れてもらおうと思います!」
「紙には問題の原因、関わってる人、どう解決して欲しいかを簡潔に書いてください!!」
カンペを見ながら必死に脳みそを回転させる。
やはり皆心当たりはあるようで、微妙な顔をしたり、怒ったような顔をしたり。逆に希望に溢れた顔をしている人もいる。
手が震える。足が震える。声が震える。全てが震える。でも、私がこんな状況を変えなければ。それに探偵ってちょっとワクワクするじゃん?
「皆さん、紙を取りに来てください。1号車からどうぞ。遠慮せず書いてください。必ず解決します。」
坂宮結実。探偵活動、ただいまはじめました。
なんちゃって。