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第4話 誰であろうと話したくないし会いたくもない


 金糸細工の仮面を外すと、ブレイクスリーは自分の顔の筋肉がこわばっていたことに気づく。

 自室に戻り、一人になると──彼は途端に、何もかもが嫌になる。今すぐにでもうずくまって、目を閉じ耳をふさぎ、何もかもが過ぎ去っていくのをただ待っていたいような気分になる。なにもしたくない。どんなに些細な用事でさえもこなしたくはない。誰であろうと、話したくないし会いたくもない。


 仮面をかぶり、審問官としての仕事に従事している間だけは、なんとか自律していられる。仮面で顔を隠すようにして、自分の本心をも隠してしまう──他人に対して、そして自分自身に対しても。それでも本当は、心の中では常にうろたえている。


 他人が自分を見る目が嫌だった。他人に認識されることが嫌だった。

 他人というものは、こちらを蔑み、嘲る。あらゆる他人が、心底嫌だった。他人がこちらに投げかける侮りの視線の分だけ自分は後退を余儀なくされる。もうすでに執拗に追い込まれていて、世界の果てのわずかな足場だけが辛うじて残っている。しかし、それももう限界だ。今にも追い立てられ、転落してしまう。


 もう耐えられない。常にそう感じているというのに、精神は日々、さらなる窮地へと追い込まれていく。

 あらゆる人間よ、死んでくれ! さもなくば、さもなくば──


 ブレイクスリーは寝台へと倒れ込んだ。

 日当たりが悪く、湿気がこもる陰鬱な部屋。この下級の官舎は、牢獄のようなものだ。元は先代の審問官に割り当てられていた部屋であり、そしていつか、ブレイクスリーがいなくなったあと、後代の憐れな審問官に割り当てられるであろう部屋だ。

 黴の匂いが壁に、床に、天井に染みついている。


 今日もまた魔術師を捕らえてしまった、とブレイクスリーは思った。もうすでに何度目になるかわからない悔恨。それは繰り返しでありながらも、決して慣れることがなく、割り切れないものだった。それどころかこの精神的負荷は積み重なり、増え続けているようだった。


 魔術師が捕らえられる直前に見せる、絶望の表情。目を閉じれば、その怯えた目が思い浮かぶ──それは今日まさに目にした光景でもあり、過去に幾度となく目にした光景である。こちらを見上げる憐れな標的の顔には、心の底からの、真実の絶望がある。


 命令だったんだ、仕方がなかったんだ、とブレイクスリーの心の一部が悲鳴を上げる。俺だって、魔術師を狩るなんてやりたくてやっているわけじゃない。こんな残酷なこと、本当はやりたくなんてない。けれどあいつらが、治安局が──さもなくば王権が──俺にあのようなことを、魔術師を捕らえよと命令してくるのだ──


 おまえは自分を騙しているんだ、ブレイクスリー。と、彼の心の別の一部が冷ややかな軽蔑を向けてくる。そうやって苦悩して、改悛の素振りを見せたところで、何にもならない。魔術師たちにたいする処置は不可逆だ。彼らはその欠落を永遠に抱えなくてはいけないのだ。どのような弁明をしようと、その事実は何も変わらない──


 ブレイクスリーは、はっと我に返った。いつの間にか寝てしまっていたらしい。

 窓板の隙間には、うっすらとした明かりがほのめかされている。

 朝を迎えていた。



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