【間話1】不思議な家と味わったことのない美食〜ケネス・ムーンヴァレー公爵視点
◇◇ケネス•ムーンヴァレー公爵視点
(しかし、不思議な一家だったな。)
私は馬に揺られながら回想する。
ムーンヴァレー公爵領内のルーナ村に害獣の被害が出ていると報告があったのは5日前のこと。
今までは人里を荒らす『ホワイトベア』はたまに目撃情報はあったものの、特に被害はなかった。
しかし、1ヶ月程前の満月にどうやらAクラスの害獣である『シルバーベア』が生まれてしまったらしい。
村の傭兵団が駆除を試みたところ返り討ちに遭ってしまい、9名が重軽傷を負った。むしろ死者が出なかったのが不思議なくらいである。
しかも、『シルバーベア』は執念深く、自分の獲物を認識すると何度でも襲ってくるのだ。
怪我をした者達が『獲物』と認識されていたら今度はもっと酷い被害になるのは目に見えている。
すぐに討伐隊と医療班と共に出発し、村に着いたのは4日前だった。
医療班は応急処置だけだった怪我人を手当し、大部分の兵は村人を守る為に村に待機させた。
その上で私を筆頭に魔力や戦闘能力が高く、万が一何かあっても1人でもシルバーベアと戦える数人で、森で偵察したり、罠を仕掛けたりすることにした。
私を含め数人が水魔法を使えた為、特殊な振動で相手の音声や姿を届ける水鏡魔法を使い、偵察隊や、待機組と連絡を取って慎重に進めていた。
ところが、なかなか村に現れない上に森でもなかなか『シルバーベア』が見つからず、既に3日が経ってしまった。
村に一度帰って作戦を練り直そうと思っていたところ、泥濘の中にシルバーベアだと思われる足跡を発見した。
慌てて、跡を辿っていくと、今まで領内でもみたことのない特殊な素材を使用した不思議な家が立っていた。
そして、家に近づくと、なんと塀の前にはAランクの魔物である『シルバーベア』の死体が転がっていたのである。
(なんだ?この家は。シルバーベアを討伐出来るということは、高名な魔術師でも住み着いたのであろうか。)
とにかく、話を聞かねばなるまい。
家主と話す為に呼び鈴を鳴らすと出てきたのは小柄で黒髪のどこかエキゾチックな顔をした女性だった。
これが私とタチバナ一家の出会いである。
◇◇◇
ショージ殿とエーコ殿は急な来訪に関わらず、私を精一杯もてなしてくれた。
バスルームは小さかったものの、ふんだんに贅沢なお湯が使われていたし、シャワーなるものがとても気持ちよかった。蛇口には温度が調節できるダイヤルが付いており、貴族の屋敷のものより高性能だった。
これは魔道具か?タチバナ一家は何者なのだろう。
建物の材質についても尋ねてみたが、
「ああ、あれは外壁を樹脂サイディングで覆ってるんです。雨とか雪に強いんですよー。」
と聞いたこともない材質について語ったのだった。
また、食事は全てエーコ殿が作ってくれたのだが、全て初めて食べるものばかりだった。
しかし、これがビックリする程うまい!特に私は『ラーメンナベ』という食べ物が気に入った。毎日食べても良いくらいだ。
疲れた身体に澄み切った味の冷えたエールもまた格別で、私はすっかり出された料理の虜になってしまった。肴で出された『ポテトサラダ』なるものも、絶品だった。
出されたエールとの相性は抜群でついつい1人で半分以上食べてしまった。
この食事をなんとかまた食べられないものか。そう思った私はエーコ殿に我が公爵邸のシェフになることを提案していた。
最初はコージ殿の世話が、と渋っていたが、週に一回でも良いと伝えると快く引き受けてくれた。
よし!これでまた美味い料理が食べられる!
私は心の中でガッツポーズを決めたのだった。
遠くから来てまだ貨幣の価値すらわかっておらず、しかしシルバーベアをいとも簡単に倒してしまう見たこともない美味しい料理を作る一家。
どこから来たのか問い詰めてもはぐらかされてしまったが、善良なのは間違いなさそうだった。
(…元気をなくしているニーナにもエーコ殿の料理を食べさせてやりたい。)
婚約者の第二王子マティアスが最近異世界から召喚された白の属性を持つ聖女、『アヤネ』と浮気していると噂になっている。
そして、娘のニーナはすっかり落ち込んでしまっている。
まだ浮気の事実は確定していないが、そんな噂が立つ時点でケネス自身も腑が煮えくり返っている。しかし王命の為、こちらから破棄することも出来ない。
せめて美味いものを食べて少し元気になってくれるといいのだが。
◇◇◇
道中、ケネス•ムーンヴァレー公爵がラムレーズンの入ったシュークリームと冷えた麦茶を飲んで美味しすぎて悶絶するのはもう少し後のこと。
ちなみに、夫婦に『ジャイアントケネス』という大食いチャンピョンのようなあだ名を勝手につけられているのはこれからも知りようがない。