【55】モモちゃんと『桃花』ちゃん。
こうちゃんを病院に連れて行った次の日。
レオナさんの家にお邪魔してご飯を一緒に作ってお茶を飲んでいたら、彩音ちゃんからLINEで連絡が入った。
『こんにちは。今ニーナと一緒にいるんですけど『憑依者』かと思われる人を見つけました。すぐに『強制ログアウト』しちゃうと、話を聞けないので。30分後くらいに連れて行ってもいいですか?』
おお、随分とあっさり見つかったな…。
「レオナさん、今から彩音ちゃんがうちに来るみたいなので、そろそろお暇しますね。」
「あら、そうなのね。またいつでも遊びに来てね。」
そう言ってニッコリ笑ってくれた。
「はい!今度こそ一緒に『オスカル』見たいです!」
そう言うと、真顔になってからちょっと間が空いて
「…え、ええ。」
と返ってきた。…今の変な間はなんだ?
人のDVDを見たいだなんてちょっと厚かましかったかな…。もしかしてちょっと嫌だったのかもしれない。反省。
◇◇
30分後、こうちゃんをベッドに寝かせて『今家に着いたよ。』と送ると、すぐインターホンが鳴った。
「はいはーい。」
ドアを開けると、彩音ちゃんとニーナちゃんと眼鏡をかけた茶髪の可愛らしい女の子がいた。
「栄子さーん、連れてきました。この子が多分『憑依者』です。」
彩音ちゃんがそう言うと、その子がなんだかオドオドしている。
「??こんにちは。彩音ちゃんちの近所に住んでる立花栄子です。えーっと、なんて言う名前かな?」
「…こっちでの名前は『モモ•ブランディア』です。え、えと日本人?ですか…?な、なんで?こんなキャラいなかった。」
ふーん、モモちゃんって言うのか。でもなんだろう、この子。何か言動に違和感を感じる。
「え、えーっと、キャラ?おばさん、食いしん坊キャラとは言われるけども。あと、生粋の日本人だよ。たまに海外旅行に行ったらタイ人とか韓国人に間違われることはあるけど。」
「…そ、そんな!!!ここは『恋剣』の世界じゃなかったの?!」
モモちゃんの言葉に彩音ちゃんとニーナちゃんは困惑した顔になる。
「さっきから違うって言ってるのに、この子、この世界がコイケンっていうゲームの世界だと思い込んでいるんですよ。」
そう彩音ちゃんが答えた。
(あ、さっきから感じた違和感はこれか。この子、ここが『現実』だと思ってないからか、振る舞いがおかしいんだ。
というか、コイケン…?なんだか聞いた事があるぞ…?何だっけ…?)
「とりあえず、皆入って!お菓子でも食べよっか。」
テレビをつけて、先に紅茶だけ出して待っていてもらう。一昨日の誕生日ケーキの生クリームが余っていたので、トライフルを作る。
小さなコップに冷凍していたスポンジケーキをカットして、ナッツやクッキーを入れてフルーツと生クリームで飾り付けて完成だ。今日は『平家パイ』と苺とアーモンドを入れてみた。
「ほい、オヤツ。」
そう言ってテーブルにのせるとニーナちゃんと彩音ちゃんが『わぁ!』と歓声をあげた。
モモちゃんは『に、日本のお菓子だ…。』と目を丸くしている。
(うーーん。コイケンってなんだっけ。)
その時、ふとこの前義実家に行った時、義姪の瑠璃香ちゃんがゲームを夢中でやっていたのを思い出した。確か、確かに『恋剣』って言ってた!!
…そして、その後私、コミックオフで全巻セットを買ったわ!!!ビニールすら剥がしてないけど!!
思い出してすぐに物置部屋に置いておいた全巻セットを取りに行った。
「あったあった!!『コイケン』ってこれじゃない?!!!」
ドン!!と3人の目の前に置く。モモちゃんが震える声で漫画に手を伸ばしながら、呟いた。
「そう…これです。じゃ、じゃあここって本当に現実…?」
そう言いながらどんどん青ざめていく。
◇◇
何でも彼女は『モモ•ブランディア』に憑依した時に、ここがゲームの世界であると思い込んでいたようだ。
だから、漫画の中の『ヒロイン』にそっくりで、実際に同じ高校だったアヤネちゃん以外の人間はあくまでもゲームのキャラクターで、データのようなものだと思っていたそう。
だから、キャラクターとして出てくるニーナちゃんに『悪役令嬢』と言ったり結構酷い振る舞いをしてしまっていたらしい。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいい!!謝っても許して貰えないかもしれないですけれど…。」
そう言って土下座する勢いでニーナちゃんに頭を下げ出した。
ああ、この子きっと、本来は気の弱い子なんだろうな…。でも、ちゃんと謝ったのは偉い。
ニーナちゃんが呆れたような顔をしていたが、やがて、『もういいですわ。』と言った。まあ、それしか言いようがないよね。
「それにしても、モモちゃんの日本での身体はどうなったんだろうね。車に轢かれたんだっけ?いつ、どこで?」
私がそう聞くとボソボソと喋り出した。
「…花山田商店街の近くです。日付は…。7月26日です。」
「え!!その日って丁度彩音ちゃんが行方不明になった日じゃん!!」
私がそう言うと、モモちゃんは一瞬目を見開いたあと、気まずそうに彩音ちゃんを見た。
(…ん?)
「…まあいいや。あの辺りでもし病院に運ばれてたのなら、大学病院だと思うんだよね。そこって…。」
私が言うと彩音ちゃんがハッとした顔をする。
「あ!!私のお兄ちゃんの働いてるところだ。」
「そうなんだよね。ちょっと、一樹君に連絡してみるわ。モモちゃん、日本での名前はなんて言うの?」
私が聞くと、モモちゃんが口を開く。
「…新條 桃花です。」
「今日はもう病院に行けないだろうから、明日かな。モモちゃん、今日うちに泊まっていく?この家はね、異世界と日本、両方と繋がっているんだ。
明日『自分』に会えるかもしれないよ。
今の所、新聞のお悔やみ欄にも若い子の名前、なかったから。『自分』が今どうなってるか気になるよね?」
そう言うと、驚いて固まった後、おずおずと頷いた。
学園の寮の方にはニーナちゃんが連絡してくれるそうだ。なんでも、貴族の屋敷には大体水鏡魔法を使える使用人が何人か雇用されているそうだ。
明日は土曜日。公爵家でシェフパートの日だ。
一応、レベル上げの件でニーナちゃんが話を通してくれているはずだけど、午後はモモちゃんの『身体』の様子も見たいしどっちにしろお休みしなければいけない。ケネスさんと一度話した方がいいかもな。
ニーナちゃんにその旨を話すと、ケネスさんにあとで連絡するように伝える、と言ってくれた。
うーん、水鏡魔法、着信は出来るけど発信できないのはきついな。
本当はケネスさんが日本に来た時にでも、と思っていたけど、早急にもう一台、スマホを契約した方がいいかもしれない…。




