【53】謎の大穴
(やばい!気付かれた!)
スピノサウルスはギョロリとした目玉をこちらに向けて方向転換してきた。
咄嗟にこうちゃんを抱っこして浮遊する。
(ふぅー。助かった…。あ、でも、意外と歩くの遅い…。これなら逃げなくてもよかったかも。)
どうやら、いつもは水中にいる恐竜だったらしく、陸上ではめちゃくちゃゆったりだった。
周りを見渡すと、シダ植物がいっぱいある。そして、ふっと遠くの方を見ると、恐竜と鳥のハーフのような生き物がバッサバッサと飛んでいる。あれはもしかして、教科書に載っていた『始祖鳥』というものでは。
…うん。ここ、絶対現代日本じゃないね。
「ままー!きょうりゅう!会えた!!!」
こうちゃんが腕の中で満面の笑顔で言う。
「ねえ、こうちゃん…。もしかして、ここにママを連れてきたのってこうちゃん…?」
「うん!そう。」
ああ、やっぱり…。『時間』の属性だもんね。
こうちゃんに『適正化』で吸収される前に時間の魔導書の中身をもっと見ておけばよかった…。タイムスリップも出来るのか。
「恐竜さんは、ママもこうちゃんも食べちゃう動物だからさ…。怖いからママ違う時代にいきたいな…。」
そう言ってる間にも今度はドーン、ドーンと、大きな足音がする。
振り返ると、今度は先ほどのスピノサウルスより数倍大きな恐竜がこちらに近づいてきている。
(うわー。これ、戦うしかないかな…?)
そう思って身構えていたら、こうちゃんが残念そうに呟く。
「うん、わかった…。」
次の瞬間、パアアアっとまた周囲の景色が白く光る。
気付いたら、こうちゃんを抱っこしたまま森の中にいた。
(…はあー。助かった。)
ん?ここ、本当に森林公園かな?なんかさっきいたリスの木の場所と違う所にいる気がする。
まあいいや。スピノサウルスから逃げる時ちょっと移動したもんね。トイレも行きたいから家に帰ろうっと。
「こうちゃーん、帰るよ。」
そう言ってスキル『送信』を使って自宅に転移する。
ブウウウウン!
「…あれ?」
自宅があるはずの場所に鬱蒼と木が茂っており、丁度玄関がある付近の地面には大穴が空いている。
その穴はなんだか不自然だった。まず、不自然な程綺麗な『円』なのだ。普通は歪だったり、岩のゴツゴツした感じが見えたりするはずなのに、それがない。あと、地面の土の部分が見えない。
深くなるにつれて暗くなるのではなく、地上から下、全て『無』なのだ。
試しに石を投げてみた。
入った瞬間に石は見えなくなるのではなく、はじめから穴に入った瞬間フッと消えてなくなった。
(あ、これは何かヤバいものだ。)
背筋がゾクゾクして脂汗が出てきた。早くここを離れなければ。
すぐにこうちゃんの手を引いて踵を返そうとしたが遅かった。
「これ、なあにー。」
こうちゃんが笑いながら無邪気に穴に手を伸ばした。
「!!!駄目!!!」
焦って手を掴んだが『穴』に手が触れてしまった。
(やばい!)
キーーーーーーーーーーーン
その瞬間彩音ちゃんの魔力を込めたネックレスが光輝いて、こうちゃんの手が優しく戻された。
「…よ、よかったぁ…。」
焦って穴から3メートル以上距離を取る。
するとこうちゃんが、地面に触れながらこう言った。
「あの穴、いらない!!!」
あ、なんかキレてる…。すると、パアアア!っと穴が光り普通の地面になった。
「…こうちゃん何したの?」
私が聞くとこうちゃんは無邪気に答えた。
「こうちゃん、『同じの』作った!」
同じの…?あ、地面をこの穴のサイズに『コピー』して埋めたのかな。なんだかちょっと得意げだ。
恐る恐る地面に触れたら、普通の地面だった。
良かったー。ここがいつの時代かわからないけど、多分私達の生きている時代ではない。
あのままもし穴が空いてたら将来家が建てられないからね。
トイレに行きたかったけど、謎の穴にびっくりし過ぎて引っ込んでしまった。
少し歩くと、コクワの木があったので『浮遊』で木の上に登って摘み取って、こうちゃんと一緒に取って食べた。喉も渇いたので、家を出る時アイテムボックスに入れておいた麦茶を飲む。
(あー…ここ本当にいつの時代だろう?まあいいや。お腹が空いたらそのうち帰るって言い出すでしょ。)
そう思い、こうちゃんを見たら美味しそうに麦茶を飲んでいる。
またトイレに行きたくなったらそこら辺でするしかないな…。
浮遊して彷徨っていたが、人がいない。
(…すんごい昔か、未来か。)
試しにこの前テレポートした新千歳空港に飛んでみたら、空港の近くの陸地まで海や川が侵食してきていた。
これは地球温暖化の影響…?だとしたら、氷河期が終わって更新世から縄文時代に入った頃の間か、未来にもっと現代より温暖化が進んだ後のどちらかだ。
うーん、どれくらいの時代かここまで来たら知っておきたい。
(そうだ!昔旅行に行ったフランスあたりに行ってみよう。)
人類の祖先はアフリカ生まれだと言われているが、残念ながらアフリカは行ったことがない。しかし、ヨーロッパの方が日本より人類の到達が早かったはずだ。
意識を集中して、昔観光に行ったラスコー壁画のある洞窟の近く。ドルドーニュ渓谷辺りの村を思い浮かべる。
(『送信!』)
ブウウウウン!
すると、すぐ側で槍を持ったずんぐりした人達が獲物を囲みながら焚き火に当たっていた。
幸いこちらには気付いていない。
(おおおおお、、どれくらいの年代かやっとわかったかも…。)
祥志に見せるために記念に焚き火をしている人たちをバッグにスマホで記念撮影する。
さて。小声でこうちゃんに囁く。
「こうちゃん、そろそろ元の時代に戻ろう。夕飯、大好きなコーンスープ作ってあげるよ。」
「コーンスープ!?うん、もどるー!」
あ、やばい。響いた。
パアアアっと周囲の景色が白く光り始めた瞬間。
焚き火に当たっていたうちの1人が槍を投げてくる!
(ギャーーーーーーー!!!!間に合って!お願い!!!)
槍が私の目の前まで来た瞬間、私達は、現代のフランスの村に立っていた。
幸い人もおらず、美しい田園風景が広がっている。
「ままー?もどったよ。」
…私は暫く硬直していた。
(こ、怖かったよーーーーーーーーー!!!!!)




