【間話20】国際オリンピアに、俺は出る!〜マティアス第二王子視点
◇◇マティアス第二王子視点
ムーンヴァレー公爵家とバルガン辺境伯家、そしてノーリッジ侯爵家が独立することが決まって数日経ち、私は学園で窓の外を見上げていた。
私とニーナの婚約が円満に解消になった。
とはいえ、ニーナは現在ムーンヴァレー領の町や村にモンスター討伐に出ており、最後の挨拶は二ヶ月後を予定している。
…アヤネも一緒に行っているそうだ。
フッ。結局私達の『真実の愛』は始まる事なく終わってしまったな…。
私は哀愁に満ちた目で空を見上げた。
(ああ、何故あんなに空は青いのか。)
そんな私のセンチメンタルな気分をぶち破ったの耳障りな女の声だった。
そう。新たに私の婚約者に内定したのはーーーー
「マティアス様ーーーー!私、今度はビスケットに体毛じゃなくて鼻くそをいっぱい混ぜてみましたのー!!!召し上がってくださいませー!!!」
元シリウスの婚約者だった、キアナ•マコーレー侯爵令嬢だ。
「うおおおおおおおおお、寄るな、来るな、近づくなーー!!!!」
私は必死で逃げる。ここ数日で大分足が速くなった気がする。
こんなにヤバい女が婚約者になるのならニーナの方が100倍マシだった!
コイツは私に会うなりいつも体毛やら鼻糞やら言いたくもないものを練り込んだビスケットを私の口にねじ込んでこようとするのだ…。
◇◇
「兄上!なぜ私の婚約者があんな女なんですか!」
そう言うと、兄上は困ったような顔で言った。
「何故って…。
高位貴族が三家も我が国から独立したからね。公爵家はなくなってしまったから、一番上が侯爵家になるだろ?侯爵家は我が国にもう二つしかないが、そのうちマティアスが婿入り出来そうなのがマコーレー家だけだったんだよ。」
…至極真っ当に返されてしまった。
「し、しかし!マコーレー家は違法な植物を育てていると噂になっていたじゃないですか!
ど、どうにかして婚約を解消できないものですか!」
なんとか婚約を解消したい私は必死である。
「うーん、厳しいね。君は第二王子だし。
婚約を解消するとしたら君が研究者か騎士、あるいは魔術師としてよっぽどの結果を残すか…競技選手として国際オリンピアに出るくらいしないと。
それに、違法植物の件は手を打っておいたから大丈夫だよ。その植物はきちんと処分して彼女の父親には引退してもらった。今は当主代理で彼女の叔父さんが引き継いでくれているよ。えーっと。そう。ナイジェルだ。ナイジェル•マコーレー。
我が国は今金銭的に苦しいからね。彼女の叔父は商才がある人なんだ。
今度王都に新しく国営でカジノを作る予定があるんだけど、彼に責任者をやってもらうことになったから。
今度オープンの日、顔合わせするからマティアスも来てね。親族になるんだし。」
何と言う事だ。これではなかなか婚約解消しづらくなってしまったではないか。
◇◇
カジノでは急ピッチで開店準備が進められている。
「やぁ、マコーレー侯爵。調子はどうだい?」
兄上がそう言うと朗らかな笑みでナイジェル•マコーレー侯爵(代理)が対応している。
「いやぁ、お陰様でなんとか間に合いそうです。」
「それは良かった。侯爵、こちらが私の弟のマティアスだ。ほら、君の姪っ子と婚約中の。」
兄上はそう言うと私を紹介した。
「おお、貴方がマティアス殿下か。」
そう言って朗らかに笑った。うむ、なかなか感じはよい男かもしれない。
3人で談笑していると、スタッフの1人が焦ったように走ってきた。
「ナイジェル様!ご歓談中のところ大変申し訳ありません!実は接客スタッフが1人発熱で急遽来られなくなってしまいまして…。」
「む。そうか。困ったな…。誰か代わりになりそうな人は…。」
そう呟いた彼はジッと私の方を舐め回すように見てきた。
「そうだ!殿下!せっかくなので我が家のビジネスを肌で体感しませんか?」
…何だか嫌な予感がする。
◇◇
「おお!殿下!!なかなか似合ってるじゃないですか!」
ナイジェルが黒い笑顔で微笑む。
「離せっ!!なんで私がこんな格好…!兄上!何とか言って下さい!!!」
私は無理矢理『バニーガール』の格好をさせられて、黒いタキシードを着た者達に羽交締めにされていた。
「うん、マティアス。なかなか似合ってるよ!頑張って。じゃあ、私は用事があるから帰る。」
そう言って足早にいなくなってしまった。
「い、嫌だああああああああ!!!!」
◇◇
翌日、いつも通り学園に行った私は疲れ切っていた。
昨日はバニーガールの格好で化粧までされて、夜遅くまで接客をさせられた。
『へっへっへ。姉ちゃんいいケツしてんな。』と言われてむさ苦しい男に尻まで触られたのだ。
クソッ!!なんで私がこんなことを!
そう思いながら窓の外の景色を見ながら黄昏れていたら、また追いかけてくる足音が聞こえた。
「マティアス様あああああ!!!今度は私の血液を入れた栄養ドリンクを作りましたの!飲んでくださいましー!!!」
私は走る!全速力で走る!!
「うおおおおおおおおおおお!!!!!」
すると、知らない男がグイッと私の腕を掴み、どこかの教室に引き込まれてしまった。
「!?」
な、何だ?!
「ここは陸上部の部室だ。お前の走りはなかなか見込みがある。腕の振り方はもっとこう。そう!そうすればもっと速く走れる。
行こうぜ!俺たちと国際大会!!
…あ、失礼しました!殿下でしたか。」
よく見ると筋肉でパンパンなその男は、私が第二王子だと気づくと残念そうに手を離した。
「…いや。追いかけられて困っていたのだ。匿ってくれて助かった。礼を言う。」
私は素直に礼を言った。
「しかし、殿下。先程の殿下の走りは見事なものでしたよ。
練習さえすれば次の国際オリンピアにだって出れそうなものなのに…。すみません。…余計な事でしたね。忘れてください。」
その時、私の脳裏に兄上の言っていた言葉が蘇る。
『婚約を解消するとしたら君が研究者か騎士、あるいは魔術師としてよっぽどの結果を残すか…競技選手として国際オリンピアに出るくらいしないと。』
国際、オリンピア、だと…?
「…私がオリンピアに出れそうだというのは本当か。」
すると、男が目を見開く。
「はい。それはそうですけど。…まさか!本気ですか?!」
私は頷く。
「…やってやろうじゃないか。」
すると、男は真剣な顔になった。
「…わかった。やるからには本気でやるからな。これからは、王子としては扱わず、普通の部員として扱う。それでもいいか。」
「ああ、構わない!私…いや!俺は本気だ!」
国際オリンピアに、俺は出る!




