【5】熊を追ってきた美形異世界人とラーメン鍋。
「あーあ。なんでこっちに戻ってきちゃったんだろう。」
一瞬の夢だった。戻れたと思って調子に乗ったからいけなかったのかな。
「多分さ。俺ら以外の日本人がドアを開閉したら日本に繋がって、俺らが開閉したら異世界に来ちゃうんじゃない?さっきもドアを開けたのって宅配のお兄さんとたなぴょんだったし。」
夫よ。いつか本人の前でもたなぴょんってきっと間違って言っちゃうぞ。まあ、田中さん怒らなそうだけどさ。
「じゃあ逆にうちらが開けたら、たなぴょん、もしかしたらこっちに連れてきちゃったかもしれないってことだよね。」
まあ私もこっそり呼ぶけどね。たなぴょん。
しかし、怖いなぁ。お客さんを呼んだ時に間違えて自分で開け閉めしないように気をつけなくては。
庭の方を見たら、すぐ外側に銀色の熊が転がっているのが見えてなんだかテンションが下がる。
現実を突き付けてくる銀熊。
早くこっちの世界で熊を回収してくれる業者を探さなくちゃ。
毛皮を買い取って貰えたらそのお金で3人で旅行にでも行きたいな。
静岡の大井川鐵道で子供向け列車に乗ってもいいし、岡山に行ってあのアンパンの顔をしたキャラのトロッコに乗るのもいいな。
というか100万で毛皮が売れるなら、沖縄も行けるし、なんなら海外だって行けちゃうんじゃない?!
そう考えると、この熊が段々札束に見えてきた。
◇◇◇
今日は朝昼結構頑張ったから夜ご飯は簡単に鍋でいいかな。
〆をラーメンにしておけば、祥志もこうちゃんも喜ぶし。
「ピンポーン!」
あれ、また宅配便かな?この前アマンゾで頼んだこうちゃんのお尻拭きかな?
「はいはーい!どなたですか?」
モニターを見ると、めちゃくちゃお金をかけてそうな衣装を着たイケメン外国人コスプレイヤーっぽい人が立っていた。
「夜分、申し訳ないが、其方がここの家主か?私はムーンヴァレー領の領主、ケネス•ムーンヴァレーだ。討伐対象だったシルバーベアの死体をそなたの家の前で発見したのだが。こちらが呼び鈴でいいのだろうか。」
おっと。こっちの世界の方だった。
恐らくコスプレではなくガチでしょう。異世界の人、初めて見た。
「はい!私は家主の妻です。ちょっと夫を呼んで来ますね。」
◇◇◇
祥志が玄関先でケネスさんのお話を聞いている間に、本人に断ってからピッと当てるタイプの体温計で検温をさせてもらった。
何だか訝しげな顔をしていたけれど、こっちの人は検温しないのかな。
うん、36.4°なら問題ないね。念の為、有名人ぽかったので、グングルピクチャーパシャらせて貰ったら、名前に偽りが無さそうだったので上がってもらった。
『ケネス•ムーンヴァレー(34)Lv.87
この地域の領主。
公爵位を持つ貴族。文武両道の優れた領主。領民にも慕われている。属性は水。』
あらあら、同級生。
というか、公爵って。ラノベとかでは確か王様の次に偉いんじゃなかったっけ。
こんな偉い人自らが熊を退治しなきゃいけないなんて、世知辛い世の中だな。
というか、属性って何だろうか?植物とかは、バラ科、とかイネ科とか分類があるけど異世界には人間にも属性があるのだろうか。
水って何?
美しい銀髪に、紫色の瞳をしたケネスさんは彫りが深くて背が190センチはありそうだ。なんだかハリウッドの俳優さんのよう。
疲れた顔をしていたし、汗だくで洋服も結構汚れていたので洗濯してあげることにした。
生地を傷めないようにちゃんとネットに入れますね。
お風呂に入ってもらって、祥志のグレーのスウェットを貸してあげた。
ケネスさんはシャワーや蛇口を見ながらいちいち、『なんだ、これは!』を連呼していた。
「今ご飯できますからね。これでも飲んで待っててください。」
偉い人にご馳走するのがラーメン鍋でいいのか疑問だけど、美味しいからいいか。
「これは?」
「ビールですよー。」
ぐびっと一気飲みしたあとケネスさんが表情を緩める。
「うむ。このようなスッキリとしたエールは初めて飲んだが美味い。」
「それは良かったです。祥志ー!領主様を席に案内して先にお酒でも飲んでて。」
はーい、と言いながらビールと一緒にミックスナッツを開ける祥志。あっ!それは私が楽しみに取っておいたやつ、、ぐすん。
「ケネスでいい。」
「え?」
「私の呼び方だ。領主様ではなく、名前で呼んでくれて構わない。」
「えーっと。ではケネス様?」
心の中では図々しくさん付けしてたなんて言えない。
独身の時働いていた会社が、上長もさん付けだったんだよね。なんとなくその時の癖で。
ケネスさんはビールにいたく感動していたのでまあミックスナッツは食べられちゃったけど喜んでもらえてよかった。
◇◇◇
さてさて。
今回のラーメン鍋は昆布と鰹と干し椎茸と鶏ガラで出汁をとって、醤油、オイスターソース、塩胡椒とラードで炒めたニンニク、生姜で味付けした。
具は鳥もも肉、豆腐、白菜、ネギ、豆腐、彩りに人参。
トッピングの白髪葱と穂先メンマと辣油はご自由に。〆はもちろん鍋用ラーメン。
「出来ましたよー。」
こうちゃんの分は予めよそって冷ましておいたので、ケネスさんの分から取り分ける。
ビールを飲みながら大きな鶏肉を口に入れるケネスさんは豪快だけどさすがに上品だ。
「なんだ!これは!」
目をカッと見開く。
「奥深い味わいのスープに、味の染みた柔らかい肉!たまらなく美味い!」
偉い人だから胸肉じゃまずいかと思ってさっき買った国産のちょっと高いモモ肉を奮発しました。
いつもはこんなに丁寧に出汁取らないけど頑張ったよ。
「あー、やっぱ胸肉じゃなくてモモ肉だと全然違うね。美味いわー。」
「おいちぃね。まんま。」
祥志もこうちゃんも大満足だ。あーあったまる。やっぱもも肉はジューシィで美味しいわ。
「そろそろ麺いれていい?」
祥志がソワソワしだした。
「いいよー。」
「その細長いものはなんだ?」
「これはラーメンと言ってですね、私達の国のソウルフードです。」
ドヤ顔で答える祥志。うん、祥志ラーメン大好きだもんね。私はカレーとお寿司も捨てがたいけどね。
「むぅ。ちょっと我が国の顔立ちとは違うと思っていたが、其方達はカーネル王国人ではないのか?」
あの、ちょっとっていうか、だいぶ違いますよね?髪の色も、目の色も、彫りの深さも。
もしかして、ケネスさんは天然だろうか。
「はい、僕達事情があってちょっと遠いところから来てまして。食べ物も美味しいし、とってもいいところなんですよ。」
まあ無難に流しますよね。
「あ、そろそろラーメン大丈夫じゃない?ケネス様、先に召し上がってください。マナーを気にせずあえてズルズルと音を立ててどうぞ!そういう食べ方なので。」
菜箸とお玉でケネスさんにラーメン鍋を取り分ける。
海外の人はなかなか啜らないからね。
「ふむ。これがラーメンか。どれ、では先に頂くとしようか。」
「ズルズルズル!」
おお、ケネスさん、上手!!初めてのラーメンはどうかしら。
「なんだこれは!美味い、美味いぞ!!黄金のスープが麺に絡みついて止まらない!いくらでも食べられる!まるで、旨みの宝石箱だっ。」
まるで某グルメタレントみたいなコメントをするケネスさん。
そのあとケネスさんと祥志は、なんとラーメンを9玉も平らげたのだった。スープ、2回も作り直して大変だった。