【間話12】19年前のあの日〜ケネス•ムーンヴァレー公爵視点
◇◇ケネス•ムーンヴァレー公爵視点
私の2つ年上の姉、レオナ•ムーンヴァレーは私が物心がついた頃には王太子だったクリスピア陛下の婚約者だった。
優しく、頭が良くて高潔で美しい、完全無欠の姉上。
銀髪に母上譲りの美しい金の瞳。当時優秀な王太子であったクリスピア陛下とはお似合いであると評判だった。
金髪碧眼の王太子と銀髪の美しい公爵令嬢。
2人で並び立つとまるで太陽と月のようだと評されていた。
姉が陛下を愛していたかはわからない。
だが、少なくとも王妃として並び立つために陰で血の滲むような努力をしていたのを私は知っている。
しかし、姉上が王立学園卒業まであと二年を切った春。
男爵家に庶子として引き取られた元平民だった女子生徒が編入してきた。
彼女の名前は、リリス•ダルミア。
ピンクブロンドで異性の庇護欲をそそるような小柄な令嬢だった。
平民出身の彼女は、成績は優秀ではなかった。
しかし、男女の恋愛のテクニック的なものが貴族令嬢に比べて優れていた。
元平民であることを武器に少しマナー違反であるとも取れる距離の近さで、手や身体に触れて、大きな声で笑う。
それが、高位貴族の令息達の琴線に触れたようだ。
リリスはあっという間に彼らを虜にした。婚約者がいようがいまいが彼女にとっては関係ないようだった。
当時姉上が17歳、私は15歳だった。
彼女は2学年下だった私の代の令息にはさすがにちょっかいをかけてはこなかった。
しかし、高位貴族で顔の良い令息ばかりを侍らす男爵令嬢、である。
私は食堂で彼らを見る度に異様な光景だと思ったものだった。
そして、彼女が虜にした人物の中にクリスピア殿下がいた。
公爵家としてはもちろん王家に抗議した。だが、姉上は呆れたような様子で静観していただけだった。
そして、姉の学年の卒業式で事件は起こった。
なんと、姉がリリス•ダルミア男爵令嬢に在学中危害を加えていたとクリスピア王太子が断罪し始めたのだ。
証人など本当は出るはずがなかった。だって姉は何もしていないのだから。
それなのに何人もの生徒が証言台に立った。
その結果、あっという間に姉は悪者にされてしまった。
そして、王家から我が家に突きつけられた選択肢は3つだった。
身一つで国外に追放すること。
一家で責任を負って爵位を返上すること。
すぐに『側妃』としてお飾りの妻として能力を王家に還元すること。
これを見た時公爵家の者全員が『やられた。』と思った。
身一つでの国外追放は今まで貴族令嬢として育てられてきたものにとって死ねというようなものだろう。
そして、家族のことだけを考えるのであれば爵位を返上するという選択肢もあったかもしれないが、実際には領地には大切な領民がいる。領主としてそれをすることは出来ない。
そうなると、選択肢は『側妃となる』しかないのだ。
つまり、姉は冤罪をかけられて、本来なら正妃になる予定だったところを、都合よく政務を行うだけの側妃の役割を押し付けられたのである。
姉上は側妃となるその日、
「大丈夫よ。お姉ちゃんは元気だから。そんな顔しないで。ケネスは絶対幸せになって。」
と言い残して嫁いでいった。
公爵家の令嬢相手に教会で書面にサインをするだけの簡素な式。
姉を馬鹿にしているとしか思えなかった。
そして、我が家の調査で後日卒業式での証言は全て冤罪であったことが証明された。
我が家の不名誉は当然、晴らすことが出来た。
証言をした貴族家には王家に弱みを握られて仕方なく、と言い訳をされたが容赦なく制裁を加えた。
だが、姉上の婚姻までには間に合わなかった。
既に側妃として婚姻をさせられたあとだったので、姉上は政務だけを行う役割から逃げ出すことが出来なかった。
姉上は何も罪を犯していないのに、大量の政務を回される上に離宮に軟禁され、手紙も全て検閲されることとなってしまった。
クリスピア殿下にとっては好きな女性と結婚出来て、王家にとっては我が家の弱みを握ることが出来た。
今や王族以上に権勢を誇る我がムーンヴァレー公爵家。いつか反旗を翻されることを恐れてのことだろう。
そして、後日、『優秀な側妃に政務を全てこなして貰えるので』という理由で、特例で男爵令嬢が王妃として選ばれた。
それがリリス•ダルミアだった。
その後、王家に煮湯は飲まされたものの、私はダイアナと結婚し、ニーナとシリウス、2人の可愛らしい子供に恵まれて穏やかに時間は過ぎていった。
だが、事件の10年後。
私の愛娘、ニーナに婚約を結ぶよう王命が下った。
その相手はかつて私の姉を陥れたクリスピア陛下とリリス•ダルミアの息子、マティアス王子だった。
正直腑が煮え繰り返りそうだった。
王命であろうと関係なく突っぱねてしまおうとした。
すると、王家に脅されたのだ。
「姉が、どうなってもいいのか。」と。
私はたった1人の姉の為にこの婚約を受けざるを得なかった。




