【間話8】ムーンヴァレー公爵邸にて〜聖女アヤネ視点
◇◇聖女アヤネ視点
(あー、憂鬱だ…。)
ガタンゴトンと揺れる馬車で先日のことを思い出す。今は護衛2人と侍女とマティアス殿下の4人でムーンヴァレー公爵領に向かう途中である。
王都から公爵邸は遠いので王族だけに使用が許されている転移陣で近くの神殿まで来て、そこから馬車に乗った。
階段ですったもんだあった日に、ムーンヴァレー様に家に遊びに来てご飯を食べて欲しいと言われた。
いつもマティアス殿下に付き纏われている時に悲しそうな目でこちらを見ていた彼の婚約者。
変な噂が流れてしまったし、気まずいことこの上ない。でも、正直一度話をしたいとも思っていた。
(何を言われるんだろう。)
チラッと目の前のマティアス第二王子を見ると嬉々として話しかけてきた。
「どうした?アヤネ!ニーナが怖くて不安なのか?大丈夫、私が守ってやるからな。」
(この人図太いよなー。普通、婚約者とその家族の元に浮気相手だと噂になっている女と乗り込むのはきついと思うんだけど。しかも婿入り予定なんだよね?何を考えているんだか。)
まあ本当は何も考えてないんだろうなっていうのはもう薄々勘づいているんだけどね!
私は心の中で溜息を吐いた。
…瞑想でもしよう。
こっちにきてまだ3ヶ月なのに私はダルシム先輩も真っ青な空まで飛べるビックリ人間になってしまった。
◇◇
10時半くらいに公爵邸に着くと、公爵一家が総出でお出迎えをしてくれた。
しかし何故かニーナ様がキラキラの笑顔でマティアス第二王子ではなく私の方に駆け寄ってきた。
「アヤネ様ー!!!お待ちしておりましたわ!ささ、こちらにいらして下さいませ!」
あれ?何だか想像していたのと違う。もっとこう、威圧されるのかなって思ってたんだけど…。
「ムーンヴァレー様。この度はご招待頂きまして有難う御座います。」
とりあえず、無難にカーテシーで挨拶させて頂く。
「んもう!ニーナで良いですわよ!ニーナで!私もアヤネって呼んでいいですわよねっ?!」
そして何故かテンションが高いムーンヴァレーさんに両手をギュッと握られた。
…あれ?もしかして私、別に嫌われてない感じなのかな?
「…では、ニーナ様。」
戸惑いながら私が答えると秒で切り返された。
「んもう!呼び捨てしてくださいな!」
「…わかりました、頑張ります。」
そう答えると。
「お母様ー!!私とアヤネが2人で並んでいるところをこの大きなパネルに!火で念写して下さいなー!!!部屋に飾るのです!宝物にするのですわー!!」
(え、部屋に飾る?宝物…?)
そう言って、一片が80cmはありそうな大きなパネルを何処から取り出し、ニーナが赤い髪の綺麗な女性に渡す。
すると、ボッという音と共に私とニーナが2人で並んでいる特大白黒写真パネルが完成した。恐らくわざと炎で焦げさせて、焦げにインクの役割をさせてのだろう。
パネルや紙を燃やさずにコントロールして念写するのは相当難しいはずだ。
「初めまして、聖女アヤネ様。ニーナの母のダイアナです。今日は楽しんでいって下さいね。ニーナも貴女に会うのを楽しみにしていたのよ。」
念写した女性はそう言って微笑みかけてくださったのでお礼を言っておいた。
「聖女アヤネ殿。私達は貴女を歓迎しているので安心して欲しい。どうか我が家の食事を楽しんでいってくれ。」
一連の様子を呆れた顔で見ていたムーンヴァレー公爵に声をかけられて、少しホッとした。
ふと、隣を見ると、マティアス王子はニーナ様の行動が予想外だったのかポカーンとした顔をしていた。
…この人勝手に私達2人が自分を取り合うとでも思っていたのだろうか。
それを見たニーナはフンッと鼻を鳴らすと、
「マティアス王子。貴方は食事までお父様とお母様とシリウスとお話ししていてくださいな。」
とそっけなく言い放ったのだった。
「な…。ちょっと!おい!」
マティアス第二王子は少し怖い顔をした公爵とダイアナ様と側近でありニーナの弟のシリウスにドナドナされていった…。
「アヤネ、2人で私の部屋でお話ししましょ!」
◇◇
「わぁ。お洒落な部屋ですねぇ。」
ニーナの部屋はモノトーンとゴールドが基調のお洒落な部屋だった。
侍女のクララさんが紅茶を運んでくれて、お辞儀をして退出していった。
紅茶のオレンジの優しい香りがフワッと鼻をくすぐった。
「うふふ。ありがとう。アヤネはこちらに来て3ヶ月ですわよね?困ったことや不便な事などはなかったかしら。」
なんとなく、本心で尋ねてくれている気がしたので私も本音を話した。
「実はですね。ニーナの婚約者様なのにこんな事を言うのは大変御無礼なのを承知なのですが…。マティアス第二王子が、ずっと付いてくるんですけど、困惑していて。実際、庇護と言ってくるのですけど特に何か助けてもらったこともないし。」
すると特に怒った様子もなく、ニーナはうんうん頷いて続きを話すよう促してくれた。
私は堰を切ったように続ける。
「そもそも、魔王を倒すために私が召喚されたのなら、学園に行く理由がわからなくて。戦闘訓練の時間は減ってしまいますし。それでも、努力してさっさとレベルを上げたので、魔王を討伐に行きたいと願い出ても、学園で『真実の愛』を見つけないと魔王は倒せないとか陛下は訳の分からない事を言ってくるし。
私、故郷に家族がいて。絶対心配してるんですっ。さっさと魔王を倒して帰りたいのに…。」
なんだか感情が昂って涙が出てジワっと溢れてきそうになる。
「『真実の愛』…?なんですか、それは。」
ニーナは目を見開いて驚いていた。
「私にもわかりません。公爵家にも過去の資料などは残っていないのですか?」
すると、ニーナは何か考え込んだ様子で呟いた。
「ないわね。…王族の中でだけ共有されている可能性が高い。ねぇ、このお話、お父様に報告させて頂いても良いかしら?」
私はコクコクと頷いたのだった。




