【間話7】側近達の憂鬱〜シリウス•ムーンヴァレー公爵令息視点
◇◇シリウス•ムーンヴァレー公爵令息視点
姉の婚約者であるマティアス第二王子殿下の側近になるように王命が下ったのは13歳になる年だ。学園に入学したのと同時であった。
(うーわ。正直嫌なんだけど…)
散々公爵邸で姉とのやり取りを眺めていた身としては遠慮したいところだった。
せめて、王太子のフランク様ならまだマシだったのに…と思いながらも臣下の身。仕方なくお受けした。
我が家を評判の良くない第二王子に雁字搦めにしてくるのは、どうせこれ以上権力を持たないようにという、クリスピア陛下の思惑であろう。
我が公爵家の領地はこの国の領土の3分の1である。それこそ、国として独立していてもおかしくない程広大な土地を持っている。
この国は広い。その分国民へのケアが行き届いていない。しかし、ムーンヴァレー公爵家の領地については祖父から父の代にかけて着々と農地や法案の改革を進めてきた。そして、10年前。ついに国の税収を上回ったのだ。今やムーンヴァレー領最大の都、ヴァレッタは王都よりも華やかである。
公爵家は姉が継ぐことになっている。婿入りするマティアス殿下があんな感じなので些か心配ではあるが、姉は優秀だ。きっと領地を栄えさせてくれるに違いない。
僕は幼い頃から宮廷魔導士になることが夢だった。
幸い、父と母から火と水、2つの属性を受け継ぐ事ができた。貴族であっても2属性を持っているのはかなり珍しい。だから僕は好きな魔法を研究する道へ進もうと思っていた。
将来結婚するとしても同じ研究者の女性と切磋琢磨していきたいと考えていた。
◇◇
ところが魔王が現れ、聖女の召喚が決まった瞬間、僕の婚約が王命で決まった。
(何だよ!それ!)
父も僕が宮廷魔導士になるのを応援してくれていた。だからわざわざ婚約者を決めずにいてくれたというのに。婿入りしてしまったら研究が出来なくなってしまうではないか。
相手は5代前に王族から皇女が降下した侯爵家、マコーレー家である。最近は違法な植物を栽培しているのでは、というきな臭い噂が流れている。
わざと黒い噂のある家と我が家を縁付かせて、それを理由にムーンヴァレー家から財産を王家で没収しようとしているのでは、と僕は疑っている。
おまけに婚約相手である娘のキアナ•マコーレーは執着がひどく、なんていうかドロドロしているのだ。
僕が他の女生徒と少しでも話そうものなら相手を型どった人形を作り、ボルトを打って呪いをかけそうだ。
あれは2週間前の建国記念日のことだった。この日は婚約者の女性から男性に塩ビスケットを渡す風習があるのだが、明らかによくわからない謎の毛が沢山入っていた。
「な、なにこれ?」
と尋ねた所、
「ふふふ、恋の御呪いですわ…。私の想いと体毛がいっぱい入ってますの…。」
と言われた。
ゾッとした。ビスケットは、試しに砕けた所をアリにあげてみたら、ピクピクして動かなくなった。
(怖い…。キアナから貰った食べ物は絶対に食べないようにしよう。)
婚約してまだ間もないが、早くも僕は憔悴していた。
◇◇
聖女様が召喚されてからは、マティアス殿下はまるでストーカーのようだった。
その様子を見て、僕は召喚直前に婚約者のいなかったカイと僕が何故婚約者を当てがわれたのか理解してしまった。
王家は聖女様をあわよくば王子の相手として取り込もうとしている。
そして最近落ちてきた威光を彼女の力を使って取り戻そうとしているのだろう。
姉上にとってマティアス王子と婚約解消出来るのは朗報だろう。しかし、あまりにも我が家は軽んじられてはいないだろうか。
僕の中の忠誠心などないに等しかった。
なのに、今日も僕は笑うのだ。
「さすがマティアス殿下ですね。」と言って。
◇◇
ある日、同じく側近であるカイ•バルガンとリュクス•ノーリッジに学校帰りに3人で話したいとカフェに誘われた。
「ああ、なんだかこういう集まりは久しぶりですね。」
コーヒーを飲みながら最初に口を開いたのは宰相の息子であるリュクスだ。ちなみにリュクスの実家であるノーリッジ家は侯爵家である。
元々マティアス殿下以外、僕ら3人は仲が良い。小さい頃からよく遊んでいたのだ。領地も近いので、親同士の仲も良かった。
「最近どうですか。シリウスもカイも、笑顔ですけどいつも顔が死んでますね。」
「当たり前だろ!聖女が召喚されるって話になって急に王家に婚約者は決められるしよ。俺の相手はあの有名なイリア•ロンパースだぞ。しかもあのバカ王子の尻拭いばっかりでやってらんねーよ!」
ダン!と果実水をテーブルに叩きけながら答えたのは騎士団長の息子のカイだ。カイの実家であるバルガン辺境伯家では、武力強化に殊更力を入れている。
ちなみにカイの婚約者となったロンパース伯爵令嬢は浪費家で有名である。この前誕生日に何が欲しいか聞いたら、白金貨150枚はするアクセサリーを強請られたらしい。
断ったらヒステリックに引っ掻かれたらしく、せっかくの綺麗な顔にかすり傷がついている。
「うわぁ…。痛そう。僕の婚約者もやばいよ。この前貰ったビスケットに良くわからない体毛が沢山入っててさ。」
僕がチビチビとミルクティーを飲みながら言うと、2人が固まった。
「「え…。」」
あ、2人ともドン引きしてる。
「シリウス、それ、公爵に言った方がいいですよ。具合が悪くなったらどうするんですか。」
リュクスに心配そうに諭されてしまった。
「そうなんだけど何となく想いを踏み躙ったとか言って得体の知れない呪いをかけてきそうで怖くてさ…。」
「あー…。確かにそういう恐ろしさはありますね…。」
気の毒そうにリュクスが言う。
「それもこれも、あのバカ王子のせいだよ。自分は美人の婚約者がいるくせに、聖女様のこと明らかに狙ってるじゃねーかよ。ムーンヴァレー公爵がせっかく婿入りの準備してくれてたのによ。シリウスん家にも失礼だわ。」
いや、本当その通りだよ。
「アヤネ様を見る時の目が気持ち悪いですよね…。何度諌めても聞く耳持たないですし。」
3人で頷き合う。
「多分僕らに婚約者がいた方が、アヤネ様にアピールしやすいと思って急いで見繕ったんでしょうね…。」
「まあそうでしょうね。でも、陛下ぐるみでやってるのがタチが悪いですよね。正直私達、マティアス様の側近をやっていて良いことなんて何も無いですよね。」
シーン。思わず全員が口を閉ざしてしまう。
「…やめられねーかな。」
ボソッとカイが呟く。
「「え?」」
リュクスと2人で目を見開く。
「俺、もうやなんだけど。ついでに婚約も解消してーわ。」
「そりゃ、僕だってそうだよ…。」
僕も同意すると、リュクスがしばらく黙りこんだあとこう言った。
「決めました。父に相談します。もしかしたらお二人のお父上にも協力して貰うかもしれません。巻き込んでしまうかもしれませんが…かまいませんか?」




