【23】異世界の砂糖事情と引っ越し
「何だこれは!あああ、美味い!甘い!なんだこの蕩けるような甘いクリームは!口の中が幸せでいっぱいだ!」
あ、ケネスさんがいつもの調子を取り戻してきた。
侍女のクララさんが、
「こんな旦那様は初めて見ます。」
と言って目を丸くしている。
「ケネスさんは甘いものがお好きなんですね。」
めちゃくちゃ幸せそうな顔で食べている。
ついでにこうちゃんも美味しそうに食べている。お昼あんまり食べてなかったからお腹減っていたんだろうな。
「ああ。それもあるが、この国では砂糖は非常に珍しい。王族ですらそんなに口に入らない程だ。それをこんなに使った菓子は滅多に手に入らない。この前エーコ殿に貰ったシュークリームも大変美味かったが。そなた達の故郷は随分と豊かな国なのだな。」
思わず祥志の顔を見ると、頷いたので、話を切り出す。
「実は相談というのは私達の故郷にも関することなのです。」
「…わかった。クララ。すまないが込み入った話をするので一度退室してもらっても良いか?菓子の残りは、夕食の後にまた出してくれ。」
「かしこまりました。失礼致します。」
クララさんがお辞儀をして退室する。
キイイイン
「今、防音の結界を張った。万が一誰かが聞き耳を立てたとしても漏れることはない。さあ、安心して話せ。」
「ありがとうございます。実は…。」
そして私と祥志は一生懸命整理しながらケネスさんに現状を伝えた。
朝起きたら突然この世界に家ごと転移していたこと。そして、平日は元の世界に、週末はこちらの世界に転移すること。
家は両方の世界に繋がっていること。
転移はこの世界の管理者、つまり【神】と呼ばれる存在によるものであること。そして、【神】は魔王を倒すのではなく共存を願っていること。
もし魔王を倒してしまったら、大量の魔力が放出されてこの世界が深刻な環境問題に直面すること。
ケネスさんは黙って私達の話に耳を傾けてくれた。
そして、真剣な顔で考え込んでしまった。
「なるほど。聖女に私が会うと聞いたので話してくれたのだな。」
どうやらすんなり信じてくれたようだ。
「それもありますが、聖女様と情報共有しないと、知らないで魔王を倒しちゃうかもしれないですよね。それに、神様の口ぶりだと、魔王は、体質こそは恐ろしいけれど、中身は本当に普通の人間みたいなんですよね。」
「なるほどな。…ということは其方達は、神という存在と話すことが出来るのか?」
「文面だけですけどね。これ、一応神様とのやり取りです。」
そう言って、テレビに着ていたメールを印刷したものをケネスさんに見せ、日本語が読めなかったので読み上げた。
すると、ケネスさんは現状について話してくれた。
「実は、聖女や魔王に関する情報は王族の中だけで密かに受け継がれているのだ。
私達には魔王は存在するだけで魔物を生み出す兵器のような存在であると伝えられていた。そして、聖女の白属性の魔法でしか倒せないと言われていたのだ。
だが、其方達の言うとおり、本当は善良な人間が体質により変化してしまったのであれば保護するのが筋だと思う。
改めて考えると何故王族内でしか聖女に関する情報が出回っていないのか不思議だな。
ただ…。」
「ただ?」
続きを促すと丁寧に知っていることを教えてくれた。
「ただ、あくまでも史実として、聖女が王族の伴侶となっている場合が多いのだ。それが偶然なのか、意図したものなのかはわからないが。それに、魔王を倒した後の彼女達の所在は不明になっている。」
「うーん。謎ですね。もしかしたら元の世界に帰っちゃったんですかね。」
実際この世界に来て彼女達は何を思っていたのだろう。
「いずれにせよ、やはり王族に聖女と魔王についての情報を開示するように求めよう。」
「ありがとうございます!それと言いにくいのですが、私達の属性が、私が白、息子が時間、夫が雷…でして。その、白って聖女様と同じですよね。」
まあ、魔導書はそこまで読めてないから使えないんですけどね。
ケネスさんは目を見開いて固まってしまった。
「なんと…。そうであったか。誰かに知られたら王宮に連れて行かれて軍事利用されてしまうだろうな。」
何それ!怖いんですけど。絶対に嫌だ。
「大丈夫だ。私は漏らさない。しかし、万が一のことを考えて我が公爵家が後ろ盾になった方が良いだろうな。そうすれば王族も簡単には手を出せないだろう。
雷と時間の属性については私も聞いたことがない。前例がないか調べてみるので少し時間をくれ。」
おお、頼もしい。
「わかりました。では、宜しくお願いします。」
私達はペコリと頭を下げた。
「うむ。あと、私達が保護するというのであれば、もう少し近くに引っ越してきてもらえると有難いのだが…。家をどうするかだな。」
「あ、そのことなんですが…。」
◇◇◇
「ここはどうだろうか。」
連れてきて貰ったのは公爵家の庭園内にある、芝生だけのスペースだ。敷地が広いので私達の家くらいならすっぽり入る。
「大丈夫です。というか、逆にいいんですか?」
「ああ、構わない。逆に直ぐに遊びに来れるので私も有難い。」
「では、出しますね。」
アイテムボックスの指輪を翳すと、パッと私達の家が現れる。
そう。ご厚意で公爵邸の敷地内に家を置かせてもらえることになったのだ。
「…これ程大きな容量のアイテムボックスは見たことがない。神の力というのは偉大だな。」
こうして、私達の家は無事森から引っ越しをさせて貰ったのだった。




