【98】ニーナちゃん、すったもんだの卒業式。
「サダオさん、玉ねぎみじん切りにして下さい。そして合い挽き肉にパン粉と牛乳と卵、マヨネーズと味噌と塩胡椒を入れて。
ハンバーグ、沢山作って冷凍しときましょう。崩してアレンジすればミートソーススパゲティにもなりますし。」
私は今、レオナさんの家でサダオさんに料理を教えている。
サダオさんは元々あまり凝った料理をしなかったらしいが、自炊をしていたようなので直ぐにレパートリーが増えた。
―あれから、11ヶ月が経った。
レオナさんはサダオさんと籍を入れて『山野レオナ』になった。
サダオさんは井戸の底の家を出て、レオナさんのマンションに、とりあえずあと1年後の契約更新まで一緒に住む事になった。
マンションを出た後はサダオさんの実家にみんなで移り住む予定だそうだ。
レオナさんとサダオさんは、山野家の実家に助けてもらいながら一緒に子育てして、ゆくゆくは農家を継ぐことになりそうだ。
私は公爵家での週末シェフの仕事を続けながら、平日は異世界の実家を頼れない産後のレオナさんのお手伝いしている。
…ケネスさんにお金も渡されちゃったからね。
もちろん、桜さんも週に何回か来てくれているけれど。
「ほぎゃー!ほぎゃー!」
隣の部屋ではレオナさんが赤ちゃんをあやしている。
『芽依ちゃん』という名前の女の子だ。
「芽依ちゃーん!!今パパとおばちゃんね!美味しいハンバーグ作ってるんだよー!!!もうちょっと大きくなったらおばちゃん、クリームシチューパパに教えておくからみんなで食べてね!」
そう言うと、
「あぅ…」と言って泣き止んだ。
こうちゃんはその横で興味深そうに芽依ちゃんのほっぺをつついている。
そして、明日はニーナちゃんの卒業式だ。
なんと、私と彩音ちゃん、一樹君も招待されている。A高校の卒業式は一週間後みたいで、もう学校も自習だけなので出席出来るとのことだ。
日本に帰ってきてからも時々、彩音ちゃんは桃花ちゃんと我が家に遊びに来る。
彩音ちゃんは卒業後、近所の国立大学の工学部に行くらしい。なんでも、将来建築士になりたいのだという。ニーナちゃんは日本の受験勉強を一年前から始めて、市内の公立の薬学部に合格した。
桃花ちゃんは彩音ちゃんと同じ大学の人文学科の歴史学の専攻に合格した。
…頭いいな!3人とも。現役で国公立か…。しかも、ニーナちゃんなんて知らない事ばっかりだったろうに。おばちゃん、ビックリしちゃったよ。
シリウス君は日本の大学受験に向けて勉強中らしい。機械工学を学びたいとのことだ。
◇◇
そして、卒業式当日を迎えた。
私と彩音ちゃんは貴賓席でムーンヴァレー王家の皆さんとニーナちゃんを見守っている。
そう。地味に住んでいるお屋敷等は変わらないんだけど独立したから『王家』なんだよな。
でも、お屋敷が少し郊外なので、今、首都ヴァレッタが再開発され、公爵家の周辺までそう遠くない未来栄えることになりそうだ。
とりあえず今までより交通の便の良い大きな街道が急ピッチで建造されているとのこと。
その案件の指揮を今取ってくれているのは以前うちに泊まったことのある、元王宮調査官のデニス•ウォッチャーさんだ。結局、ムーンヴァレー国の文官に転職したらしい。
公共事業が増えたので国内の景気もさらに上向いたらしく、更に街には活気が出ているとのことだ。
―お?あれは桃ちゃんに憑依されていたモモ•ブランディアちゃんか。
なんだか臣下の貴族の子達がニーナちゃんを守るように取り囲んでいて、当たり前だけど身分の高さを感じられた。
今日の為に誂えられた銀色のドレスが神秘的でいつもより更に美しく見える。
すると、一年ほど前に公爵家での食事会で会ったツンデレ王子が、ニーナちゃんの方に向かって来ているではないか。
どうでもいいけれど、一年近くで筋肉がめちゃくちゃ付いているのが凄く気になる。そして、角刈りになっている。
…彼の中で何があったのだろうか?
彼はシュッと右手を上げてこう言った。
「ニーナ•ムーンヴァレーさん!!!
俺は貴女に言いたいことが、あります!
その…一年で、俺は変わりました!
そして、君が俺を婚約していた時どれ程支えてくれていたか痛感しました!
駄目で元々で伝えます!さらに変わる事を約束するので、俺の事を見てくれないでしょうか!!」
そう言って、右手を上げながら青空を曇なき眼で見つめている。
え。一年で変わりすぎじゃない…?誰だ、この人は。
すると、傍のマッチョな男の子が『マティ!漢だぜ!!』と謎のテンションでこづいている。この体育会系のノリは一体何なんだろう…。
周りの筋肉仲間達が『ははっ!こいつぅー』とか言いながらシャンパンを角刈り王子の頭にかけている。
私の脳裏に屋上で高校生が何かを主張しているテレビ番組と、プロ野球で優勝した時の選手達の中継が何故か過ぎった。
ニーナちゃんは困惑顔だ。
そして、カーネル王国側の貴賓席のフランク陛下を見ると、『あちゃー。』という顔をして見ている。
すると、黒髪のちょっとゴスロリっぽいドレスを着た女の子が
「マティアス様ー!!酷いですわ!!私、いつも、貴方に私の体毛の入ったクッキーをお作りして応援しておりましたのに!」
と叫び出した。た、体毛…?
何気なく斜め前のシリウス君を見ると何故かめちゃくちゃ顔が引き攣っている。…知り合いなのかな?
すると、角刈り王子が
「君のクッキーを食べたらー!俺は死んでしまいまぁーす!」
と謎の切り返しをした。
そして、ニーナちゃんが
「あ、あの…」と言いかけたところでニーナちゃんを庇うように一樹君が前に出た。
あ、あれ?いつの間に貴賓席からいなくなったんだろう…。
「君、僕の婚約者に何か用かな?…ニーナ。駄目だよ。僕以外の男なんて好きにならないでね。」
そう言って角刈り王子を牽制した後、ニーナちゃんを顎クイした。
「「「キャーーーーーーー!!!!!!」」」
その瞬間、学校中の女生徒が突然のイケメンの出現と、このシチュエーションに赤面して叫び出した。
彩音ちゃんは、『お、お兄ちゃん…。』と言いながら別の意味で赤面している。
…うん。身内のこういう所を見るのって恥ずかしいよね…。
その瞬間空が白い光に包まれてなんと、神様がフワッと上空に降臨した。
「…誰?」「カッコいい!!!」
と生徒達がさらに大騒ぎする中、神様は告げる。
「私はこの世界の神です。
ムーンヴァレー国王女、ニーナさんとその伴侶、カズキさん。一足先に私からの婚約祝いの祝福です。
カズキさんに『白』属性の魔法を授けましょう。」
そう言って、一樹君に神様が触れると、一樹君の身体が白く光り輝いた。
光が落ち着くと、神様がニッコリ笑い、
「では、これで僕は失礼します。」
そう言ってフッと消えていなくなった。
その日、卒業式の会場は騒然となった。
新聞社はムーンヴァレー国の王女、ニーナの伴侶である、カズキ•バルガン辺境伯令息が神に白属性の魔力を授けられたと号外を出した。
…角刈り王子の告白は、みんなに忘れ去られてしまった。




