【96】真実を見つける旅⑦〜あの日のやり直し編
カーネル公爵家の応接室には、私とこうちゃん、メイアさん、太朗さんとアメリアさん夫妻、そして、聖女キヌとクリスピア3世、幼いメイアさんの合計8人が揃っていた。
「えーっと。よくわかんないけど、つまり、クリスはこの三浦太朗って人に身体を乗っ取られてたから別人になったの…?」
一通り説明し終えると、聖女キヌはそう口にした。
「そうだよ!キヌ!だから僕は本当はずっとキヌの事を愛し続けてたんだ!!」
クリスピア三世がそう言うと、感激した顔の聖女キヌと
「…クリス!!」
「…キヌ!!」
と皆の前で抱擁し始めてしまった。小さなメイアさんは嬉しそうにニコニコそれを見ていて、メイアさんは目を見開いている。
…それ以外の人はちょっと面倒くさそうな顔で若干引いている。
「それでですね。聖女キヌ様。
愛し合っていても、クリスピア様と貴女はもうこの世界のこの時代は離婚してしまっているので一緒になれないんです。
なので、私達の世界に来ませんか?」
そう言うと、聖女キヌは嫌そうな顔をした。
「…嫌よ!日本なんかに帰ったら戦争真っ只中じゃないの!ご飯も食べられないし、パーマネントもかけられないじゃない!」
「あ。日本と言っても、70年後の日本なので大丈夫です。
ご飯もめちゃくちゃ美味しい物がいっぱい食べられますし、どんな格好も髪型も出来ます。何より、3人できちんとした家族になれますよ。」
そう言うと、聖女キヌは目を見開いた。
「そうなのね。だったら…行ってみてもいいわよ。」
「ちなみに、聖女キヌ様の日本での本当のお名前は何と言うんですか?」
私が尋ねると、少し黙り込んでから
「田口ハナヱよ。」と言った。
ハナヱさんはいわゆる「モガ」というもので、お洒落が大好きだったらしい。
美容学校に通っていたが、先生だった女性はお産が元で亡くなってしまったという。
そのうち日本はパーマネントや華美な格好が制限されて『贅沢は敵だ。』と着飾ること自体を弾圧されるようになってしまったらしい。
終戦後の8月以降はその思想も取り払われたのだが。
ハナヱさんは空襲で逃げた後から記憶がないらしい。
恐らく憑依させられた後、そのまま帰らぬ人となったのだろう。
そして、気づいたら異世界で。
めちゃくちゃ美人になっており、しかも聖女と呼ばれて敬われ、高位の貴族に何故かモテモテで、自由にお洒落が出来る環境だった。
だから調子に乗ってしまったらしい…。
「…とりあえず、ハナヱさん、クリスピアさん。そしてメイアちゃん。それでは3人で70年後の日本でこれから生活するって事でいいですか。」
その言葉に3人が頷く。
「わかりました。それで決まりという事で。
…アメリアさん、太朗さん。お世話になりました。どうかお元気で。
太朗さん。これ。うちに買ってあった分だけですけど梅干しです。良かったら食べてくださいね。」
そう言うと、太朗さんは感動したように梅干しを受け取った。
「栄子殿、感謝する。…どうか達者でな。
同郷の者に会えて嬉しかった。
私はこの世界でまずは民が飢えることがないように努力する。私ならきっと出来る。アメリアもいるからな。」
太朗さんがそう言うと、横でアメリアさんがニッコリと笑う。
「本当に色々とありがとう、栄子さん。70年後の異世界も、この世界も。とても楽しかったわ。」
そう言って手を差し出してくれたので、握手を交わした。
カーネル公爵家の方達は私達が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
―さてと。
「では、行きますよ。クリスピアさん、キヌさん、メイアちゃん、えーっと、…。」
メイアさんの名前を言おうとして、『自分が娘だなんて言えない』と昨日言っていたのを思い出し言葉に詰まる。
すると、メイアさんは、誤魔化すようにこう言った。
「ところで、クリスピアさん。娘さんが、貴方に何かを渡そうと、大事に紙袋を持っていました。受け取ってあげたらどうですか?」
あ、確かにずっと紙袋を大事そうに持っている。
「む。そうだったのか?」
そう言ってクリスピア3世が幼いメイアちゃんを見る。
「そうだ!パパに食べて欲しくてメイア、塩ビスケットの練習したんだよ!」
そう言ってメイアちゃんが一枚ビスケットを渡すとクリスピア3世が嬉しそうに口に入れる。
「…うまい。ありがとうな。メイア。パパ、嬉しいよ。」
彼がそう言った瞬間、メイアさんの目から涙が溢れた。
「…あ。すみませ…。」
親子3人は困惑した顔をしている。
「あー!!!なんか、優しい子なんで!親子の感動の再会に感極まっちゃったみたいで!
ほら、元の時代に戻りましょ!」
そう言ってなんとか誤魔化した。
メイアさんは手を握ると、コクリと頷いた。
◇◇
私達は70年後に戻り、親子3人をムーンヴァレー家に預けてケネスさんに簡単な報告をした。
明日から今度はクリスピア3世一家の家を探さなければいけない。
さて。報告も終わったし、今後のメイアさんの先行きについて考えなきゃな。
そんな事を思いながら、私とこうちゃん、メイアさんの3人で自宅に向かって歩いている時だった。
…なんだかメイアさんの様子がおかしい。
最初は顔色が悪いのかな、と思ったらどんどん身体が透けていっているのだ。
「メイアさんっ?!…どうしたんですか?!」
私は焦ってメイアさんに声をかける。
すると、メイアさんは寂しそうに笑った。
「多分、私、もう少しで消えるんだと思う。
さっき、魔力の反転が正常に戻って不老不死じゃなくなったの。
私、本当は78歳だから。
まともにご飯も食べていなかったし、本当はとっくに寿命だったんだと思う…。」
そう言って、泣きながら笑った。
「やっと真実を知る事が出来た時に消えてしまうのは悲しいけれど。
こんな人生を送るのは私だけで十分だから。
あの子には幸せになって欲しい。
…最後に小さい頃に一生懸命作ったビスケット。パパが食べているところを見れて嬉しかった。
栄子さん、ありがと…。」
そう言いながらどんどん身体が透けていき、やがて消えてしまった。
「…あ。」
私は呆然としてしまう。
「…まま、めいあちゃん、どこか行ったの?」
こうちゃんが何が起きたのか理解が出来ずにメイアさんを探している。
「…そんな。…こんなのって…。」
神様、これは。
これは、ちょっと、ないんじゃないですか。




