1.9 蟷螂の斧 後編
最終到達点へと刃先が伸びるとバキリと砕ける音がした。
「どうせそこだろ!」
Dの手にはナイフが握られていた、うなじ辺りへと刃を運ぶと頸椎を守るように角度をつけて身構える。丁度そこで斧を受けた、単に切断と言うよりも打撃に近いその一撃はナイフをバキリと砕いたが、絶妙な角度によってDの肩へと受け流された、それでも死にきらなかった衝撃が肩を襲い命中する、ズバリと切られた傷口からドクドクと血が流れた。
「腕くらい、くれてやる」
切られたことにより死んだ身体が発動され、緑色に目が発光する。ほぼ真後ろのカマキリを目の端で捉えると、脇腹から拳銃の先端を出し、即座に発砲した、手を伸ばせば触れられる距離、乱雑に撃ったとしても必中するほどに近い、もちろんそうなった、カマキリのボディアーマーにしっかりと着弾する、いくら拳銃と言ってもD用に大口径にカスタムされた拳銃、更にこの至近距離での発砲は、ストッピングパワーを効率的に、より効果的に発揮できるシチュエーションだった、威力そのままの弾丸がカマキリを襲う、よく訓練された熟練の精鋭ですら動けないほどの拘束力、それがヤツの身体を襲う、貫通はしないまでも、大きく身体が振られるとついに膝をついた。
「どうせそのアーマーも万能じゃないんだろ?防弾レベルが高ければそもそも避ける必要が無い。身軽さを残したままこの至近距離ですら弾を通さないのは流石の性能だが、その分薄いんだろ?なら、気絶するほど痛いよな?」
膝を着くと同時に弾切れになる、再装填の為にポーチから弾倉を取り出すとガチャリと差し込んだ、照準を頭部に移すとそこでピタリと止まる。肩から二の腕にかけて血が滴りポタリポタリと地面へと落ちる。
「決着はついた、投降すれば命までは取らない、ラナーを狙った理由はなんだ!」
「それと、お前が指先をひとつ動かすよりも俺の弾丸のが早いからな」
精一杯の威圧をかける、なんとかして情報を引き出さなければ俺達は収穫無し、ただ依頼のラナーを奪われ殺されただけになる、まあ表の依頼はひとまずどうでもいいとしても、俺達には裏の目標があり、ここの情報収集と言う任がある。
こいつはその情報を持っている可能性がかなり高い、ここの傭兵とは違う最新鋭の装備品、所属不明な手練、そして、ラナーと言う小悪党に対して、なぜここまでの覚醒者が任務に当たっているのか、是が非でも全てをさらけ出させる必要があるのはバカにでもわかる。
…だが何か違和感がある、俺は何かを見落としている気がする?
それがなにかもわからぬまま、カマキリの目が強く発光した。
「な!?」
Dの視界がぐにゃりと曲がる、思わず顔を逸らすと同時に発砲した、カマキリのガスマスクのレンズに着弾しヒビが入る、大きく頭を後ろに仰け反らせるがすぐに元の位置へと頭を戻した。そのままの勢いでDの元へと飛び跳ねる、顔を逸らし、それに気づかないDの後ろから。
バンバンと銃撃するトピに救われる。
「遅せぇよ!それと、下準備終わったぜ」
「すまん、捕縛に失敗した」
「はっ、端から期待してねぇよ、ありゃ独りじゃ無理だ」
カマキリはくるりと回り、弾を斧で受けながら再び煙の中へと消えて行く。
「それじゃ、行くぞ相棒、後半戦だ」
「あ、あぁ!任せとけ!」
「それで?何か分かったのか?俺の読みでは身体強化か移動系だと思っているんだが…」
「正直なにも、だけど有力なそのふたつも違うんじゃ無いかと思っている」
「ん?なぜだ?あの身体能力が運動神経が良いだけでは片付けられないぞ、それに、瞬間移動なんかの高速移動系じゃなければ煙幕の中であそこまで縦横無尽に攻撃を仕掛けられる説明がつかない」
「そこなんだよ…でも、昨日は多分ひとつも能力を使ってなかったと思う。それならあの身体能力は素だとしても説明がつくでしょ?納得いかないけど」
「それに移動系ですら無いのかもしれない、根拠はないけどな」
トピに言われるがままに話をしながら、かなり歩いてきた、もちろん周囲の警戒をしながら、だが、その間カマキリによる奇襲は来なかった。不思議に思っていると…。
「この辺でいいだろう、壁に張り付いておけよ」
「結局何するんだ?換気としか聞かされてないんだけd…」
歩いてきた向こう側からドン!ドン!ドン!と爆音が聞こえる、何回も爆発音が続きかなりの量を仕掛けていたことがわかる。衝撃波でステンドグラスが豪快に割れるとそこから一斉に煙を放出した。
「よし、これで戦いやすくなった」
「バチ当たりすぎるだろ…」
パラパラと上からホコリや小さな瓦礫が降ってくる、あたりは土煙で視界が未だ遮られる、が、次第に床へと落ち切り、室内があらわになる、外はすっかり朝で光が差し込む、割れ残ったステンドグラスを通って所々が彩られる。辺りに敵の姿は…無い。
「逃した…?」
「そんなわけないだろ、あいつはそんなことするとは思えない」
若干興奮気味のトピをなだめると辺りを散策する、差し込む光に照らされて砂塵やホコリの粒がわかる、物静かな礼拝堂を一歩一歩と、クリアリングしていく、柱の後ろに人影を発見する2人、その人影はゆっくりと姿を現した、ボロボロになりながらも未だ衰えない気配と殺意、強く握られたその手には回収された銃と刃のこぼれた斧が。
「嘘だろ…まだやる気なのか!?」
「ははっ、そう来なくちゃなぁ!」
「D!ここからは作成通りだ、ちゃんと着いてこいよ!」
ドン引く者、狂戦士になる者、その反応は様々だ、だが、ここからがようやく本番だと言うことが二人には感じ取れた。