1.7 蟷螂の斧 前編
見慣れた装備を身に纏う、それは奴だった。
シャープなフェイスラインに大きなレンズ2つ付けられ、まるで昆虫のようなガスマスク、黒い装束に腰から斧をぶら下げ、その横には独特な形の短機関銃を吊るしていた。
カマキリだ、前日に遭遇してから10数時間。何も手がかりの無いところからの、この広大な土地の中でピタリと居場所を当てたトピの顔には高揚のあまりに笑みと怒りに満ち溢れていた。それを見たDには背筋がヒヤリとした緊張感が走る。それはどこからやってきたのか。恐怖では無く、トピから溢れる獲物を見つけた時の捕食者としてのオーラからであった。広間一帯の空気がビリビリと肌を刺激する。
その空気に触れられてか、くるりとカマキリはこちらの方を向く、ちょうど日の出が登り始めると広間には光が差し込んだ。ガスマスクのその目にはキラリと光が反射し不気味な雰囲気が漂う。暗かったからか気づけなかったが、その後ろの柱と柱からロープで繋がれたラナーの姿があった。だが、床にはおびただしい血の池が作られていた、激しい拷問の末、外傷がひどく、もう生きては居ないだろう事が見て取れる。あらぬ方向に指は折れ、腹を切り刻まれ、臓器が外へと飛び出している、顔は痣だらけで絶望か恐怖か、表情がこわばり時が止まっている。
ちらりとラナーを見たトピが1歩前へと踏み込むと、カマキリに向かって語気を強くして言う。
「昨日ぶりだな虫野郎…お前にやられたとこくっそ痛かったんだからなぁ!!」
「いやそっちかい」
「あとラナーをこんなんにしやがって…依頼主に怒られんのこっちなんだぞ!!」
「だからそこかい」
「お前は絶対許さねぇ…」
「八つ当たりかい」
「ちょっと待てい」
思わずDがトピを制止する。
「大丈夫かお前。何しに来たんだ一体…」
一連の問答を挑発と捉えたのか、カマキリは腰にかけていた銃を素早く引き抜き、水平に構え発砲する。喋っていた最中のDはそれに気が付きトピの前へと飛び出て持っていた盾を構える、ズガガガ!と盾に着弾する。5.7×28mmの弾頭がめり込み弾痕がくっきりと盾に刻み込まれる。
「貫通力が違う!この盾じゃ長く持たんぞ!」
「今更仕方がない!作戦通りだ!」
「くそっ…!わかったよ!」
激しい弾幕の中、盾から散弾銃を少し出し撃ち込む、それに気がつくとカマキリは柱の陰へと滑り込んだ。
「逃がさん!」
Dは壁へと何度も弾を撃ち込むと、柱がボロボロと崩れ落ちた、トピはDを盾にし短機関銃を構え出てくるところをじっと待つ。ドンドンドン!と射撃音だけが反響する中に、微かに聞こえた音にトピだけが気がついた。
カチン
何かピンを引き抜く音がすると柱から何かが飛んでくるとカマキリが低空でその逆方向に
飛び出した。
Dは飛来物に気づかず、飛び出したカマキリへと照準を合わせる、トピは飛来物へと照準を向ける。Dを盾にし2人の位置関係はぐるりと反時計回りに回転する。カマキリは空中で身体をねじり、左手を先に着地させた。その勢いのまま側転へと移行し、右手に持つ機関銃で弾をばら撒き、盾の後ろに居るトピを狙う。ズガガガと盾に着弾している音が響くとほぼ同時に2人が発砲をする。
一方はカマキリの胸を捉え、その衝撃で持っていた銃をその場に残し後ろへと飛ばされ、柱に打ち付けられる。もう一方の弾丸ははグレネードをしっかりと捉えた。弾はグレネードの上部、雷管を貫き空中で爆発する。
ボシュッ!と爆発すると白い煙が辺りを包む、徐々に濃くなる白煙の中で最後に見えた光景は、むくりと起き上がりこちらを凝視するカマキリの姿だった。
「嘘だろ…?あれ受けて生きてるの…?」
「でなきゃ殺しがいが無いだろ…」
引いてるDの後ろでアドレナリンを生成し続けるトピがボソリと怖いことを言う。
「離れるなよ、これに乗じて逃げることなんか絶対に奴はしない」
「わかってるって!そっちこそ俺の盾からはみ出るなよ!」
広間が煙幕で満たされると静けさに包まれる。持っていた散弾銃を背中へとまわし静かに腰に付けたホルスターから拳銃を抜いた。
最初に動いたのは奴だった。手の届く範囲程度しか見えないほどに煙幕は濃く、無闇に動けない状況だった。そんな中コツリと響く奴の足音は、最後に起き上がったのを見た位置から真反対の位置から聞こえた、咄嗟に振り返り拳銃を構えた、隣を見るとトピにも足音が聞こえた様子で同じところを見ていた。
再び同じ方向からコツリと聞こえると緊張が走る、だが奴が居たのはトピの真後ろだった、ゆらりと緑色に灯る大きな目が宙に浮いてるのが分かる。
奴は天へと振り上げていた斧をトピへと振り下ろした。