1.6 トピと呼ばれる男
たまに夢をみる、小さな頃の、おぼろげな記憶だ。いつの日だったか、もう覚えても居ない、けれども暑い日だった。
雲のない青空を見ていた、高架下から差し込んだ日差しに焼かれ、眩しいけれど身体は動かなくて、ブルーシートの上に捨てられた無力な子供は、腕を這う蝿をボーッと眺めることしか出来なかった。顔見知り程度の同い歳の奴が目の前で生きながら腐敗していくのをただ、見る事しかできなかった。
互いに助け合って生きてきたグループの1人が、俺に助けを求めてきた、なんでも盗みに入った家がその地域をしめてるギャングのメンバーの家だったらしい、ケジメをつけろとうるさいから話し合いの場に居て欲しいとのことだった、前々から目をかけていた奴だったから、なんとなくうんと言ってしまった、なにも戦争しに行く訳じゃない、謝罪さえすれば許すみたいだし、抗争に巻き込まれても力じゃ俺に勝てる奴なんか居ない。
その誘いを俺に迷惑をかけるまでは傍観するという条件付きで快諾した。
いざその場に着くと、知っている顔触れが居た、時に廃棄を奪い合い、時に協力して盗みをし、時に共に戦いあった戦友とも言える面々だ。随分と人を集めたなと感心していると、俺たちは既にギャングに囲まれていた。
俺たちは、売られた。
武装したギャングに囲まれて全員が無事で居る訳が無い、目の前で嬲り殺しされるもの、骨という骨を粉砕されるもの、最後の尊厳を踏みにじられ、縊り殺されるもの。そして、銃で的にされる者、興味を無くすと皆が床に投げ捨てられる、奴らが去っていく1番後ろには俺たちを売ったあいつの姿があった、手には硬貨かなにかで膨らんだ袋を持って、ただ去っていくのみだった。
身寄りのないガキが生きていくには、奪うか奪われて死ぬか、簡単な2択だけが残される。ヘマをした訳でもない。むしろ完璧にこなしていた、ただ完璧過ぎたんだ。生きる為に手を組んでも裏切られることを考えられていなかったツケは本人が支払う。
別にあいつを責めちゃいない、1度でも間違えれば死ぬだけ。目の前だけを注意していても、後ろから刺されれば意味は無い。今更気がついてももう遅い、ただ、居場所が欲しかった。。
去る後ろ姿を見届けると、瞼が重くなって閉じていった。深い海に沈むように、ただ、底へ底へと意識は落ちる。
トピが目を覚ますとそこはトレーラーハウスの中だった、捨てられた街ハリマン、アフガスタン西部に位置するこの街は戦地の最前線に1番近い中継地だ、現地民兵と外様の傭兵達は住処を分け、ハリマンは前線へ向かう傭兵達の溜まり場、通称:捨てられた街。
窓は締め切られ、ぼんやりと灯るランタンに前で作業をして居るDが、トピの目覚めに気がつくとひとつのカップを持ってくる。
「気が付いた?あまり動かない方がいいぞ、かなり深手だったみたいだしな」
確かにトピの身体や頭は包帯が巻いてあり応急処置されていた、Dがカップに入ったホットミルクを差し出すと、ちょうどテレスがトレーラーに戻ってきた。
「…全然ダメ、何も知らないって」
パタリと扉を締め、やって来る。
「あ、起きた?随分と酷くやられたね。あのガスマスクについての情報はみんな知らないってさ、目撃情報もナシ…、ただ、ひとつだけ関係あるか分からない情報はあったけど」
「よっと…一応聞こうか」
身体を起こしカップを受け取ると聞き入るように前に姿勢を倒す。
「…なんでもあの一帯の荒れ具合は酷いらしい、全体で甚大な被害が出てるらしい、かなり争った形跡から戦闘行動による戦死って事で片付けてるみたいだけど、あそこが最前線って声も上がってるみたい」
トピがバサリと机に地図を広げ、凝視する、その間はピクリとも動かず、ただ、考え事にふける、一帯は夜、3人の中には静寂が訪れ異様な空間がただよう、ときおり聞こえるヤマネコの鳴き声が現世へと引き戻す。ぼぉーっと灯るランタン
「…ビンゴだな」
何より情報の無い今、藁にもすがりたいほどに不足する情報に信憑性の無い怪しげな状況を元ににさっそくトピはアタリをつけた、Dやテレスには分からない根拠が2人の頭の上にハテナを浮かばせる。
「ん?どうして?なんでそこまで確信を持てるの?」
自信満々さにも、やつはそこに居ると言わんばかりのトピに不思議そうに聞くテレス、何かおかしいこと言ったか?とぽかんとした顔をしてこちらを見る、トピがアフガスタンの地図を指さした。
「ほら、ここ見てみな」
指し示すのは西部の西側、そしてちょうどテレスが聞いてきた情報の付近とピッタリだった。
「俺たちがラナーを待ち伏せたモーテルがここだ、西部の北側、そして奴は姿を現した。なら、奴の居場所はかなり絞られるはずだ」
説明を聞いてもなお頭の上には?が浮かぶ2人に続けて解説を続ける。
「いくつか裏付けられることはある、ひとつは奴に仲間が居ない前提だが、自分の寝床の近くでドンパチなんてしようと思うか?、普通はそんなこと出来ない、ふたつめは奴の目的だ、何かを探していた、襲われたのは自己防衛からか、何か目標を見つけたか。少なくとも俺たちに関しては後者の可能性が高い、つまりは好んで殺戮するような相手ではなかったってことさ。最後は目標達成したらどうするのか、あの装備的に確実に内地の人間では無い、ならば離脱経路があるはずだ、経路の多い北を目指すか、経路が絞られる南を行くのか、あとはもう簡単だろう」
「南か」
なにかに気がつくDにその通りだと言わんばかりにニヤリとするトピ、未だに理解不能な会話についていけないテレスがなんでと首を傾げる。
「南を抜ければ海に出られる…?」
「その通りだ、一見経路の多い東に目が行くが、そのすべてをどちらかの勢力が握っている、更に俺らのような追跡者も相手にしないといけないとなれば人数が少ないほどに不利だ、それならば多少限られているとは言え背中の敵に集中できる南を選ぶはずだ、仮に1人だけなら尚更抜けやすいしな」
最後まで聞きようやく腑に落ちたテレスはすべての情報が出揃ったと思うと。
「なるほどね、それじゃあ本隊とボスに連絡しようか」
連絡用の通信機に手を伸ばすがその手をDが掴んで遮る、その手は力強く。
「俺達の獲物だ!!邪魔はさせない!!」
テレスは困った顔をしてトピの顔をちらりと見ると鋭くギラリとしたような眼光を見るとはぁーっと深くため息を吐く。
「はぁー…付き合ってられないよ、まったく…なら勝手にやって」
Dの手を振り解き、呆れたように寝床へと消えて行った、トピは依然としてマップを睨みつけていた。
「で、なにか思いついた?」
「あぁ、良い作戦がある」
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アフガスタン西部の南、国境に一番近い朽ちた礼拝堂、昔は使われていたのであろう、ただ。今は見る影もない。丘の起伏があり、その頂上に建てられた礼拝堂は、この国を見下ろすために作られた事は想像にかたくない、それだけこの国の信仰が厚かったのだろう、戦火の風に吹かれ、その全てが灰となる。
早朝であたりは暗く、日はまだ出てもいない。礼拝堂の両開きの大きな扉の前に2人は居た。
1人は軽機関銃を、もう1人は盾と散弾銃を背にかける。テレスとDだ、2人ともしっかりとボディアーマーを着込み、準備は万端だ。
2人が顔を合わせ、こくりと頷くと右と左に分かれて扉に手をかけた。ギィィと軋む音が鳴り礼拝堂の構造が明らかになる。
一番奥にはステンドグラスが壁画のように壁を彩り、豪華な作りとなっていて、どれだけこの国が力を注いでいたのかが分かる。
ドアを開いたままにし奥へと足を進める、通路を抜けると広間へと出た、そこはかなり開けた空間で床には1枚の毛布が敷かれていた、周囲を見回すと、見た事のある装備を身にまとった奴がいた。