1.3 狙われた男
虫の息のラナーをお構い無しに身体検査をする。するとスマホが1台出てきた。
トピがロック画面を解除しようとすると、そのスマホにはロック自体かかっていなかった。
「随分ザルなんだな。…目標達成だD、帰るぞ」
「え、もう?」
「帰ったらじっくり聞かせてもらおう」
ラナーの首根っこを持ち上げ部屋から出ようと玄関へ向かう。
突如として通信機が鳴る
「どうした?テレス」
「…何か居る」
そうテレス言いきるのを待っていたのかといったタイミングで、壁1枚を挟んだ隣の部屋から、何かを叩き付ける音が聞こえ、Dが銃を壁の方へと構える。
2人は音のする壁を凝視する、するとなぜか金縛りにあったかの様に身体が硬直していた。
玄関の扉を守るように隣の部屋から壁を切り刻み穴を開ける。その小さな穴からチラリと黒い装束が見えると、再び何かを壁に叩きつける。人一人が通れるほどの穴を開けると姿の全貌を現す。
黒のボディアーマーに2つの大きなレンズの付いた顔のラインがシャープなガスマスクを着用した存在、腰に独特な形の短機関銃をぶら下げ両手には片手斧を握っている事がわかった。
一目でDの野性の感を刺激する、こいつに関わってはいけない、戦ってはいけないと。
ビリビリと気配が痛いほどに肌を刺激する。Dとトピが硬直している間にもその存在はこちらをじっと見つめ続けている。
「…カマキリ?」
ボソリとトピが口にした。言われてみれば確かにシルエットやガスマスクの形は似ているが、昆虫には無い禍々しさが目の前の生物に感じる。
この硬直の意味を知らないラナーはこれに乗じて逃げ出そうとジタバタと動き始める、もちろんトピの握撃はそれを許すはずもない、だがカマキリがラナーの顔をしっかりと確認する。
「まずい…!」
何か危険を察したトピは身体をよじり、Dがすかさず構えていたショットガンを撃ち込んだ。カマキリのしなやかだがどこかしっかりとした肉付きの脚は人一人大の穴をものともせず飛び越え散弾を回避する。
ッッ…!!
ラナーの胸ぐらを握る手に目掛けカマキリの獲物が振り下ろされた。
間一髪のところで手の付け根をかすめる、その動作に関心を抱くと共に恐怖を植え付けるには十分だった。
「うぉあ!」
カマキリは一息つかせる暇なく二撃目を振りかぶる、トピが身構えるとくるりとまわり自身の身体に隠すように斧の横なぎが襲いかかる。死角からの攻撃に再び身体をよじるもカマキリの斧はそのひとつ先に届いたトピの額に直撃とは行かずも命中し倒れ込み、パッとラナーが手から外れる。
「この野郎…!」
Dが再び照準に捉え、間髪入れずに撃ち込んだ。回避は困難な程の至近距離、にも関わらずカマキリは膝の急速な稼働によりしゃがみ、弾は空を通過し壁へと着弾する、その際モーテルの薄い壁はそこまでの抵抗なく穴を開けた。
倒れ込むトピに興味を無くし次の標的がDへと移る、ギョロリとマスク越しにも視点が動くのがわかった。しゃがみこんだ状態からの跳躍でDの目の前まで距離を詰めてくる。弾を躱した動きからそれを踏み込みの予備動作へと変化させた。
カマキリの俊敏さにDは勢いに気圧されすこし仰け反り体制を崩したが、ガチャリと散弾銃の持ち手をスライドし、排莢され次弾が装填される。
身体が密着するほどの零距離で撃ち込まれれば生物である以上ひとたまりもないだろう。
引き金に指がかかり力が入る。
散弾銃を斧頭で下からすくい上げる、射線を逸らされ、銃が上へと弾かれ銃口が天を向くと同時に胴を晒す、もう片方の手に持つ斧が無防備な胸に目掛けて振り下ろされた。
避けようのないDの胸には斧が突き刺さる。ぐしゃりと胸を叩き潰し刃先は心臓を捉える。
「ぁ゛あ゛…!!」
言葉にならない痛覚と言葉を発するのに必要な肺の空気さえ抜ける、空気を吸っても吸っても肺は満たされなかった。絞り出された呻き声だけがその惨状を物語る。
ビシャッと血が吹き出すとドッドッドッと活動している心臓の鼓動に合わせて血の勢いは強くなったり、弱くなったりを交互に繰り返した。
ドサリと身を床に投げ捨てられる、
トピが立ち上がりホルスターからハンドガンを抜き照準をカマキリへと向ける。
「くたばれ!!バケモノが!!」
引き金に指をかける、それを見たカマキリは射線上から身体をずらした、それを追うように照準を定め直そうとする。
だがトピの視界は真っ赤に染まっていた、先程の凶刃がトピに当たった事の証明だろう、額の切り口からは血が流れる。その血が目まで流れ視界を赤く染めあげていたのだ。
「まずい…なにも見えない…」
いきなり腹部に強い痛みが走る、それと同時に後ろへと身体が吹き飛ばされるのを感じた。