1.12 イカロスの司令官
颯爽と入ってきた1人の男、グリズリーとDはその存在を認識できない2人だけの世界に居た、傍から見ればただ静止しているだけ、だが2人はぴくりとでも動けば命の取り合いへと発展する、いわば膠着状態、そんな状況でも相手の些細な動きすら見逃さない。
最初にそれを解いたのはグリズリーだった。部屋が震える雄叫び、そのまま床へと押し倒す、Dが背中から床へと叩きつけられ、Dの瞳が強く発光し始める、だがそれは自身の治癒では無い。
感情の昂り。
それによって引き出される能力、それはその場に居た全員が想定できる範疇を超える、dead manの能力は攻撃に転用できる代物では無いからだ、だが発光したということは能力を常に使用可能という、言わば蛇口を捻った状態、元栓を開けなければいくらホースのトリガーを引いても水は出てこない。Dはそれを解放した。
当の本人すら無自覚にした能力の解錠、そこから先はただの殺し合いでは済まないことを意味していた。
「馬鹿野郎!」
入ってきた男はマウントを取ったグリズリーを蹴っとばす、2m近くのその巨体は動じない、だが二人の世界からこちらの世界へと帰ってこさせるには充分だった。
「無視すんな!一応ボスだぞ!」
腕を組み仁王立ちしている男にDとグリズリーの二人はあっけらかんとした表情だった。だが、一気に現実へと引き戻される。
目の前に立っていた男はハヤト、イカロスの総司令官であり、イカロスを創設した本当の意味でのボスであったからだ。
「廊下まで聞こえてたぞ、お前らぁ…」
グリズリーとレオを交互に見るハヤト、仲裁に入って来たことにDは内心胸を撫で下ろす。
「い、いえこれは…」
「あ、あぁ、違反をした奴の懲罰の一環だ」
突如として現れたハヤトに双璧はたじたじになっている。
「なぁー、レオ、確かに部隊の指揮はお前に一任させて貰っている、本当に助かってるんだぞ?」
「でもな、勝手に処分しようとするのはどういう了見だ?イカロス全体の判断ってのは?聞いてねぇぞ」
ハヤトがレオに詰め寄る、バツが悪そうにレオは口を開く。
「それについては申し訳ございません、ですが…!!」
「それこそお前の独断専行になるんじゃないか?」
「…っ!!」
ハヤトがレオの痛いところを突く。
「まあ、その…なんだ、俺が今回の件は任せっきりにしちまってたんだ、ひとまず全員に非があるってことで手打ちにしねぇか?」
「お前らもだぞ!D!レオの言うことは聞くように。あ、これ毎度言ってるな、HAHAHA」
乗り込んできたハヤトに場の空気を制圧されてしまった。
「さぁ立て」
ハヤトがグリズリーをどけてDを立たせると 一瞬にして手錠を外してしまう。手首に少しの跡は残りつつも、それを得意げにする訳でもなく来た理由を端的に述べる。
「それでだ、デブリーフィングの続きは部隊員全員集めてだ。みんなに伝えるべき事がある、D、みんなを呼んできてくれ。それと着替えもしてこいよー?」
飄々としつつもどこか、威厳のある佇まいに、みんな惹かれるんだろうな。
「了解!」
要件を済ませたハヤトはたばこを取り出し咥える。
「ふぅー、一時はどうなるかとおもったぞ」
「あの…ハヤト、大変言いにくいのですが…」
「ん?どうした?なんでも言ってみな」
「ここ、禁煙です」
ポロリとたばこを床に落としショックを受けているハヤトを尻目に部屋を出た。
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部隊の控え室へと帰ると包帯ぐるぐる巻きのトピとテレスが居た。
「おー、生きてたか!って事は俺も大丈夫そうだな」
「担がれて入ってきた時はハラハラしたよ。でもひとまず許して貰えたってことなのかな?」
「お前ら…俺が殺されかけるって知ってたの…?」
Dの問いにあたりまえだろと言わんばかりの二人。そもそもトピは重症と聞いていたが、それを全く感じさせない。
「あの2人相手に生きて帰って来れるなら、Dには小細工をする必要は無かったのかな」
「ん?小細工?」
意味ありげにテレスが言った、全く覚えのない俺は首を傾げる。
テレスがポケットから小さな小瓶を取り出し机に置いて全員がその瓶に注視する。
「あ、トピが寝てたのは本当だから、Dだけだね」
「んん?俺だけに使ったの…?なになに…『ゾウコロリ』ん、んんっ!?睡眠薬!?」
「睡眠薬使ってたの!?しかもかなり強力なやつじゃんこれ!」
「うん使った」
声が出ないくらいに笑い転げるトピは少し過呼吸になりながら腹をかかえる。
「しかも用量がμg…?ってこれ麻酔銃用じゃん!!半分まで減ってるよ!?」
「うん超強力なはずなんだけどね、起きたよね」
「致死量じゃん!!永遠に眠らす気か!」
「耐性あって良かったねー」
一連の流れについに限界が来たトピは昇天し、ぴくりと動かなくなった。そうこうしている間に、Dは着替えを済ませ、ハヤトに言われた通りに隊員たちを全員集めた。
イカロスでメンバーは戦闘員と非戦闘員の2種類に分けられる。
戦闘員とは現場での活動を主とし、戦闘を行う人員の事。つまりグリズリーやレオ、アタッシュもこの分類に入る。
非戦闘員とは戦闘員の裏方、バックアップ部隊の事を示す、情報処理やパイロット、諜報活動にあたる人員はこの分類に入れられる。
ハヤトが呼んでこいと言ったのは前者の方、つまりアフガスタンの調査に関しては一区切りついた、という事だろう。
別々の作戦を展開できるほど、人員も居ないしな。
イカロスでは戦闘員が4人1組となったものを部隊と呼び、各部隊に役割を持たせる。
第一部隊は強襲戦闘、 第二部隊なら後方支援のように与えられている。
ちなみに第五部隊は偵察や斥候を命じられ、得意とする。
もちろん役割以外も全然行動するが、長である覚醒者が最も効力を発揮する役割を与えられる。ただ今現在、第四部隊は消息不明、総力を上げて探しているが…、そこから1年が経ち望み薄とされたらしい。
第五部隊、つまり俺達の部隊は第四部隊と同じく消息不明、空席になっていた所に俺達がぶち込まれたみたいだ。戦闘員は全員が覚醒者であり、隊長の補佐に適した能力を有する者が振り分けられる。
「(まぁ、第五部隊は3人しか居ない訳だが…)」
そうこう考えている間に全部隊が着席し、その中には第六部隊(非戦闘員)の長、数人の姿もあった。
ハヤトが前に立つ、各々が雑談していてガヤガヤとした室内がしんと静まり返る。
「じゃあブリーフィング始めるぞー。だがその前に、共有すべき情報がある。」
ハヤトは手早くD達の前に現れた、斧使いの話を説明した。
「と、言うことだ。確証は無いが、諸君の活躍によりまたひとつ、悲願に近づけた。感謝する」
「さて、本題だ。次の任務を与える。この件に関してはイカロスの総力を上げて当たってもらうから覚悟しておけ」
「任務の目標は要人の護衛だ。イカロスが創設された事によって発生する資金面を支えてくれているスポンサー様だ。粗相のない様にな」
それを聞いていた長クラス創設から1年程経ってなおも、そんな話をしたことは一度も無かった。
「さて、調査結果はこれで以上だな。次の任務を与える、こうして調査を中断してまですべき事態が“起きる“ということだ。」
「起きる?」
各場所から言い方に疑問が生まれた者から口から漏れる。
「そうだ、まだ起きていない。詳細はこうだ、イカロスのスポンサーである要人の身の回りに怪しい動きがあるようだ、その護衛を頼まれた。名はアドラ・タウミル、元将校で現在は現役時代に培ったパイプを利用し一国の裏の顔役の1人まで登り詰めた。そのタウミルから直々の依頼だ」
「ほう、要人の警護ですか?ですがそのクラスになれば私兵くらい飼っていると思うのですが」
「そうだ、強力な私兵を抱えている。まあどうせお茶でも飲みに来いって所だろう。だが不穏な動きがあるのは事実だ、何事もなければ結構、なにかあってタウミルが倒れればこの組織自体が崩壊する可能性もある」
「それに直々の要請だ、応じない手は無いのさ」
「そうですか、出過ぎたことを」
スっと身を引くレオに手を上げ「良い着眼点だ」と称賛し、集団の疑問を払う。立て続けてハヤトが全体を見直す。
「だが目標はタウミル一人では無い、タウミルには一人息子のアドラ・カウロが居る。父親程の影響力はまだ無いものの、タウミルの右腕として相応しい存在だ。タウミルの弱点としての糸口に息子を狙う可能性は高い」
「優先順位はどうする?私兵を頭数に入れないとしてハヤト、タウミル、カウロの三人を確実に守り切れる人数が居ないけど」
アタッシュが椅子にもたれ掛かりながら、気怠げに口を開く、ただ確認作業をするように、わかりきっている、「スポンサーのタウミルが最優先だ」を求めて。
「それは単純明快だ、カウロが最優先、タウミルが後回しだ」
全員の顔が歪む、それは今までの話の整合性が取れていないからだ。
「なんでだ?タウミルはイカロスを助け続けてくれてるんだろう?」
ざわつく隊員を代表するようにグリズリーが頭に疑問符を浮かべる。全てを察したレオは口を噤むとハヤトが全体へ身体を向ける。
「『若いのが優先、老人は後』これはタウミルの言葉だ、本気で守ってもらう気はさらさらないだろうが、有事になればそう望むだろう、そういう男だ」
全員が理解しえない顔を浮かべるが、数人は少しわかるような顔をしていた。
俺はその意味が分からないで、納得のいかない。親心ってやつなのだろうか、それでも納得はいかない、不合理だと感じる。
「伝えることは伝えた、出発は16時間後だ。他になければ行動開始だ」
パンパンと急かすように手を叩く、他も特に無く準備を始めようと席を立とうと机に手を着く者がちらほらと居る。ただ一人を除いて。
「これは要望なのですが」
ブリーフィングが終わり緩んだ空気を再び締める声の主はレオだった。席に深く腰掛け、立ち上がる気のない姿はまだ、終わっていないと示す意思表示。
ピタリと動作を止め、全員がレオへと視線を向ける。
「第五部隊はこの任務からは外して欲しいのですが、いかがでしょう?命令違反の処罰はまだ済んでいません。それに、また勝手な行動をされると作戦の成否に関わります。それだけ今回は重要な任務であると認識していますが?」
「あぁ、そうだな」
レオの説得にハヤトがそう答えると俺やテレス、トピを睨みつける、第五部隊全員の肩には重くのしかかるものを感じる。すると続けるようにハヤトは口を開く。
「そう言えばお前達には説明はまだだったな」
ポケットからコトンと一台のスマホを机に置く、そのスマホの画面はひび割れ、数箇所が欠けていた。その裏に仕込まれた精密機器の基盤が所々を覗かせる。
「第五部隊の収集物だ、先程解析が終わった、こいつの件でもタウミルから呼ばれている。お手柄だったな」
労いの言葉を第五部隊にかけると同時にレオにはこの成果で帳消しにしてもいいと含みを持たせた言葉だった。そして、先程のデブリーフィングを遮ったのはこのことを伝えるためでもあった
「だがな、何もなしってのも示しがつかないのも確かだ。…その罰は行かない事で償わずに来て償ってくれ」
二ィっと笑うハヤトを見て、胸がすく思いだった。
成果を出すための行動、更にボスが決めたとあってはこれ以上反論はない、レオは手を付くと立ち上がる。
「次はちゃんと言うことを聞くようにしてほしいものです」
そう吐き捨てると同部隊の仲間達と共に部屋を去った。
終わって尚、部屋に未だ腰掛けるのは第五部隊の三人であった、指揮官、司令官共に同席するこのブリーフィングを無事終えた事で肩の力が抜け、立ち上がることが出来なかった。
「あー、生きた心地がしなかったなw」
「トピは座ってただけだろ!俺はさっきちゃんと殺されかけたんだからな!」
「まあ悪目立ちしたのはDのせい」
小馬鹿にするように笑うトピ、そこに火を注ぐテレス。軽く冗談を交えてHAHAHAと笑うと扉がドン!と強く開かれる。
三人が開いた扉の方を見ると立っていたのはつるつるとした頭頂部に白髪に混じる黒毛が特徴的な還暦を越えの老人だった。
「ここに居たのかぁ!バカタレェ!」
その声を聞くとトピがビクッと身体を震わせる、ズカズカと入ってくる老人はとても小柄であと10数センチで床に引きづられそうな白衣を着ている。
「や、やあDr.ヤブ、元気してる?」
恐る恐るトピが激昂した表情の老人に声をかける。
「たわけが!何を白々しいこと言うとる!たったこの数時間で残り余生を3倍消費しとるわ!」
この人はDr.ヤーコブ、通称ヤブ爺と呼ばれる医療班のスペシャリスト。まるっこくて小さいマスコットのような見た目をしていてる故によくアタッシュやトピからは玩具にされているが、その実力の程は人数の少ないイカロスを1人で成り立たせている。
そして、最年長であり相談役としてハヤトは絶対的な信頼を置いている。
「さっさと病室に戻るぞ!勝手に抜け出しおって!」
「いや、これから任務だから帰ってきてからで良い?」
「えぇ…こいつ抜け出してたの…?」
テレスと顔を付き合わせてヒソヒソと会話する。
おもむろに手に取った棒でヤブ爺はトピをしばきまくる、「たわけ!たわけ!」と言いながら、ビシバシと音を立て、物足りなくなったのか途中から棒を捨てて拳でただ暴行を続けた。
「そんなボロボロな状態で何が出来る!」
「ぐふっ…」
「それじゃあお二人さん、トピは行けないと伝えておいてくれ」
ヤブ爺がパンパンと手を叩くと、部屋の外で待機していた医療班のスタッフが二人入ってきた、その手には担架とロールのゴムバンドと言う異様な組み合わせだった、慣れた手つきで担架に一人の大男を乗せていく、その後ゴムバンドでぐるぐるに簀巻きにされ颯爽と部屋から出ていった。
「えぇ…どうすんのこれから…」
「…」
2人とも一瞬の出来事過ぎて目が死んでいた。