1.11 イカロスの翼
「んん…ぅう」
目が覚めると目の前には鍛え抜かれた胸板が広がっていた。
「んん…?んー?貧乳…?」
「はっ倒すぞ、はぁ…、もう起きるのか…。。」
寝ぼけまなこのDの目の前でテレスはガサゴソと細工をしている、意識が明瞭になるとDの身体を後ろの壁に固定していたようだった。壁から飛び出た柱を通すようにして手錠がかけられていた。ガチャガチャと動かしてもびくともしない。
「あ、おい!なにしてんだ!」
「静かにしなって」
辺りを見渡すとここは部屋の一室、そしてここはDにとっては見覚えのある場所でもある。
「イカロスの拠点…?」
「そうだよ、話が早くて助かる」
変な汗がダラダラと吹き出してくる、そう、ここはある理由を元に集った秘密部隊イカロス、その拠点の倉庫内だ。構成員は元軍属や元警察機関所属だったやつと経歴はバラバラだ、そんな奴らがひとつに集う理由はアグニカ国内の組織上層によって消された過去を持ち、その復讐、と言えば子供っぽいが、暗躍している上層の計画を止めたい、と言うのがイカロスの目的だ、元軍属の連中は皆作戦中に死亡した事になっているらしい、警察機関の俺達も消息不明となっている。
もちろん逃げ出した訳では無い、罠にはめられた、と言うのが正解なのかもしれない。
俺達は間一髪たまたまその場に居なかった、だが同胞が沢山殺された、そしてその罪を着せられ今では国際指名手配犯としてアグニカから追われる身だ。軍属の連中はもっと酷い、罠にかけられ仲間を殺されて、部隊が半数以下まで減ってしまったらしい。命からがら逃げ延びた先に待って居たのは軍上層から発令された、『謀反を企てた犯人である』と言う汚名だった。こうして見捨てられた俺達は裏で絵を書いた黒幕を探している、名前も顔も、どこの誰かさえ分からない相手を探している。
ある時、アフガスタンとアグニカとのパイプに黒い噂を聞きつけた、どうやらアフガスタンの内戦をアグニカの実験場として利用するとだけ。
ある時、リベオールとアグニカ上層部との繋がりがあると聞きつけた。国際テロ組織として名を轟かせるリベオールとの繋がりは事実上裏切りととられてもおかしくは無い、そんな危険な橋を渡るやつが居るとするなら、それを差し引いても見返りの方が大きい取引があるはずだ。そうイカロスのボスは予想した、各班に分かれ東西南北と4つのチームを編成し俺、トピ、テレスの3人が西を担当する事を言い渡された。エリアの中では傭兵として潜伏し、情報を収集、標的に関する情報を探す。と言うのが本来の任務だった。だが、…俺とテレスが拠点に居るということは、作戦中止…!?
「あわわわわ…」
「ようやく事の重大さに気づいた?とりあえず黙ってここでじっとしてて」
「俺達そんな変なことしてないだろ!」
ぶちんと何かの切れる音がした。
「達ぃ…?お前とトピが原因でこうなってんだ!俺は関係ない!!ふん!」
言い方が気に食わなかったようでかなりご立腹の様子、イライラしながらも時計を確認すると立ち上がりドアノブに手をかけると、こちらに振り返り大きく鼻息をふんっ!としてバタンと強くドアを閉めた。
「あっ、おい!」
倉庫に1人取り残される、「訳分からん…」ボソリと独り言をぼやくとドアが開く、ドアの端から顔半分がにゅっと出る、女性の顔だった。
「え、なにしてんの」
「今さっき起きた所で状況が飲み込めてない」
「フッ、お前らほんとに懲りないよなー」
鼻で笑うと部屋の中に入ってきた、ツーブロックで刈り上げ肩まで伸びた髪を片方に流した、ややいかつめな髪型に鋭い目つきのズカズカとした物言いをするこいつは、イカロス第三部隊長、アタッシュ。
「まあそこが最高にイカしてるんだけどさ、てかなんで服ボロボロなの」
言われてみて確認すると血に濡れて所々が穴だらけになっていた。
「あぁ、戦闘後だからかな、最後の方寝てたけど」
「トピと言いあんたと言い…、本当に無茶するの好きだよね」
「したくてやってるんじゃないの!それで、今どういう状況…?」
「……それ本当に言ってるんだ、ドン引きなんだけど。昨日の夜辺りに通信入ってたはずなんだけど作戦中止って」
「昨日の夜かぁ…」
セーフハウスで例の敵に対する作戦を練っていた事が頭によぎる。
「あぁ…うん、聞いた聞いた」
「流石に嘘臭いって、まあ…それで全員招集してる時にテレスから依頼の途中に現れた斧使いの報告を受けて、詳しく聞こうにも当の本人達は今居ないって事にレオがブチ切れてたな、あれは傑作だった」
Dの顔が真っ青になる。やばいやばいやばい。逃げなきゃ。
「うぉおおおおぉぉお!!」
渾身にジタバタする、だが壁に通された手錠はそれを許さない。
「いや逃がさんが」
ニィッとアタッシュは笑うと廊下から人を呼んできた。一緒に入ってきたのは…
「てめぇゴラァ!何してくれてんだぁ!」
俺の顔を見たとたん、瞬間湯沸かし器のように沸騰した。
「こっち来いやぁ!」
大男は胸ぐらを掴むと持ち上げようとするが持ち上がらず、手錠に気が付く。
「なんだこれはぁ!お前がやったのかぁ!?」
理不尽が止まらない、大男の怒りはピークに達するとそのまま思い切り胸ぐらを引っ張った。後ろで手を組み手錠されているため、柱から手が離れないが、それでも構わず胸ぐらを引っ張り続け、体が浮かされピンと腕が伸び切る。
「いでででででで!!」
「うらぁぁぁあ!!」
バキンと柱が折れると同時にビリビリと首元の布が全て持っていかれ、巻かれた包帯がさらけ出される、エグい角度のVネックになったまま担ぎ上げられどこかへと運ばれる。
「仲間を売ったのかぁぁぁぁあ!アタッシュゥゥゥゥ!!」
「お前の苦しむ顔が一番おもしろいんだよなぁ…」
アタッシュが小悪魔的に微笑むと、どんどんと距離が離れていく。
「この悪魔ぁぁぁぁぁあああ!!」
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窓の無いが無く、少しの証明だけが中を照らす、紙をめくる音が鮮明に聞こえる程に静かで、緊張が走っていた。
「それで…?報告は以上か?」
キリッとしたいかにも厳しそうな顔立ちの男が椅子に腰掛ける、その対面にテレスが向かい合ぴしりと立ち、室内はおごそかな空気が走る。
「はい、以上です」
どすんどすんと揺れる地響き、バンッ!と扉が開き大男がDを投げ捨て、床に叩きつけられる。
「レオ、“連れてきたぞ“」
「あぁ、グリズリー、ご苦労様です」
大男はかなりの長身に過剰なまでに蓄えられた筋肉、それを支えるための体格、一目見ただけでThe軍人とわかるような風貌だ、トピよりもでかいその生物はイカロス最強格の第一部隊長。グリズリーその人である。
そして、椅子に腰掛けテレスと会話していたこのいかにも頭良いですよ~私ぃ~な顔してる見るからに嫌われてそうな…。いや、嫌われてるこいつはレオ、現場を指揮する優秀な指揮官、更にイカロス第二部隊長も兼任する、完璧ぃ~な私ぃ~、かっこいいでしょう~?と聞こえてくるようなぐらいに非の打ち所の無い完璧な奴だ。
「それで、テレス。先程の話ではトピは重症を負い回復を優先、Dは能力による回復中により昏睡との事でしたが…?」
「タイミング良く“丁度“回復が終わったのでしょう」
「ほう、タイミング良くですか、まあ結果としてDがこの場に来たのですから良かったです、あなたはもう結構ですよ、それと…もう隠し事はありませんね?」
少し威圧ながら問うレオは全てお見通しだぞと言わんばかりにテレスを牽制する、確かにさっきのグリズリーの“連れてきたぞ“と言うのは少し不自然だった、つまり回復は既に終わっているだろうと踏んでの連れてこい、という指示だったのだろう、この全てを見透かす目と、冷静に状況を分析する頭脳、これこそがレオが指揮官たる所以だ。
「ではこれにて報告を終わります、失礼します」
だがその威圧と含みを意に介さず、堂々と切り上げテレスは部屋を出ていく、その途中Dの顔を見ると可哀想な小動物を見るかのような眼差しをして部屋を去った。
「(なんだあいつ…)」
「さて、D…?何故ここに連れてこられたか、分かっていますね?」
部屋にはグリズリーとレオが威圧的な視線を向ける、イカロスきっての双璧から向けられる視線は細胞が震える程に鋭く、気持ち悪い、ただ単に殺意を向けられるよりも身体の内部から攻撃されているように。
「あのぉ…作戦中止の連絡を…無視したからとか…?色々と…だったりして…?」
「それもひとつにありますが、命令無視、連絡の途絶、更に独断専行!細かい所を上げればキリがありませんよ?」
「ここまで違反を重ねると他に示しがつきません、この意味、分かりますね?」
ここまで言うと二人の雰囲気がガラリと変わり、殺意が胸を刺す、先程の気持ち悪さから一転混じり気のないただ純粋な殺意へと変わる。
「俺を殺すってことか…?」
「そこは話が早くて助かります、ですが少し違います、あなたと、トピです。テレスが報告を代わりにして来たとは言え、最優先はこの部隊の任務です。あの地の傭兵は仮の姿なのはお忘れですか?」
「よって、居ない方がイカロスの利益になると判断しました」
黙りこくっていたグリズリーが口を開く。
「楽に死ねると思うなよ、お前の能力の場合は特にな」
グリズリーが腰に差したホルスターから拳銃を抜くとDの首を鷲掴みにし持ち上げる壁へと押し付ける、そのまま顬へと銃口をつける。
「うっ…ぐっ…、お前ら…。それは誰の判断だ…?」
首を自重で絞められ、ぶらりと身体が垂れる、手は後ろで手錠に拘束され抜けることが出来ない。
「お前の能力は脳も治してくれんのかなぁ?」
「イカロス全体の判断です。それと、ここではやめてくださいグリズリー、部屋が汚れます」
もはや万事休すか…、それならこいつらを殺していっそ…。。。間近のグリズリーを睨みつける。
「この状況でもまだその目ができるか、大したもんだ、ならやってみなぁ!」
グリズリーの引き金へとかかる指が強くなる、それを感じ咄嗟に壁に踵を打ち、ブーツのつま先に仕込まれた飛び出しナイフを伸ばすとグリズリーの肋骨の下を目掛けて突き上げる。が、脚を上げてわざと受け止める。刺された足の筋肉を集中させ、ナイフが肉でがっちりと固定される。
「もう終わりかぁ!?小賢しい手は効かねぇぞぉ!?」
「グリズリー!やめなさい!」
レオの怒号には目もくれず、Dとグリズリーの命のやり取りが続けられる。
するとガチャリと扉が開き、男が入ってくる。
「おいおい、勝手に仲間1人殺そうとするなよ、グリズリー」