1.10 絶望の中で煌めいて
ギラリと目を光らせるカマキリ、物理的に強く発光し、マスクの排出口からはフシューフシューと息を荒らげる、至近距離でのあの衝撃を喰らってなお、立ち上がり、このまま戦闘を続けようとするのは普通では無い、それは人として、到底なせる技では無い。
「生命力までバケモノか」
肋骨は砕け、脳は揺れ、立つことすら許されない程に耐え難い苦痛、神経系による攻撃すらもこいつには効かないと言うことか。
そう思考をグルグルと回転させているとカマキリが先に仕掛ける、ダダダンと発砲をするとすかさず前に乗り出す、トピとカマキリの間に滑り込むと盾で弾を受け切る、そんな2人の真上に目掛けて斧を投げた、ただ、普通の斧投げ、縦回転がかかり空中でくるくると回る、ただ、その斧には複数の投擲弾が括り付けられていた、山なりを描くとバンッとはじける。
走る閃光、まともに食らった2人は一瞬動きが止まる。気がつくと。
目の前から消えていた。
カランカランと床に転がる斧の音、不気味な静寂が辺りを支配する。外からのバサバサと羽ばたく羽音にガァガァとカラスの鳴き声が聞こえるほどに室内は静まり返る。
これはどう考えても逃げの閃光弾じゃない能力を使う気だ…!!俺達は確かにあいつの能力を看破していない、状況はこれで五分にまで持っていかれた。
そう考えていると辺りの柱の裏から足音が何回も何回も聞こえる。だが、柱間に姿は見えない、
「姿を見せずに移動している…?やはり移動系の能力なのか…?」
「トピ……少し気になることがある、見てきても良いか?」
「ん?あ、あぁ、お前なら大丈夫だろう、頼んだ」
とりあえず、身近な音のした柱を目指して歩き出す、トピと自分を直線で繋げるように、そしてその線が途切れないように、常にカバーができるよう。緊張が走る、いつ飛び出されても構わない、次は確実に…。
バッと飛び出すが、そこにはなにも無い、するとふと頭をよぎることが、想定していた答えに最後のピースがはまるように。点と点が線で繋がるとつい口元が緩んだ。
「そういう事だったのか…、トピ!やつの能力がわかったぞ!」
バッと振り返るとトピがこちらに注目している、その後ろから今から攻撃を仕掛けようとするカマキリの姿まで見えてしまう、緊張と緩和、その隙に入り込まれた失態、狩人は獲物の意識の外から潜り込んだ。傷つこうが、武器を壊されようが、やはりやつは歴戦の戦士だと何度も再確認させられる。自分のミスで誰かが死ぬ、ふと頭を通り抜け、覚悟を決めたはずの焦りと恐怖が再び込み上げる、緩んだ口元を尖らせる。
「後ろだ!!」
トピが振り返るよりも先にカマキリの刃が届く。
「落ち着け、大丈夫だ。…何度も同じ手には乗らねぇよ!」
ノールックで背後の敵を掴み取り、そのまま投げ飛ばす。ふわりと宙に浮き一回転、すたりと床に足をつける、着地を狩るようにDの銃撃を合わせるが、またも斧に弾かれる、だが今までと違うのはその動作、涼しげにいなしていたのがうってかわり、乱暴に、乱雑に斧を振るう、よほど余裕が無くなって来たように見て取れた。
射撃をしながらもトピの元へと駆け寄ると盾でトピを防護する。
「怪我は!?」
「見ての通りピンピンさ」
飄々とした態度をとるが、手当した場所の包帯が赤く染っていた。
「傷が開いてるじゃないか!あとは俺に任せろって!」
「こんなんで死ぬほどヤワじゃない、言い争う時間がもったいない、さっさと報告しろ」
「あぁもう!!あいつの能力は恐らく音送り、いや、間違いない」
「音送り?それってただ音を遠くに鳴らすだけってことか?」
「そういうわけでもない、基本は音を飛ばすだけの簡素な能力だと思う、だが音ってのは振動だ、その振動も飛ばせる事を確認した、なにか仕掛けを発動させたのかと思ったけど、あれは強化した能力を飛ばしたんだと思う」
「その音送りと断言出来る確証は?」
「血溜まりの上で戦闘した時、靴底には大量の血液が付着した、あの柱の影にその足跡はなかった、つまり足音が鳴ってた所に奴は移動していない」
「上等だ、とんだ子供だましな能力だ!タネがわかりゃ怖くねぇ!」
止血帯をギュッとかしめると武器をとる、トピは深く息を吸い込むとをすると、ぶはぁと吐き出した。
「よし!機は満ちた、始めるぞ!」
「はいよ!」
トピが叫ぶとそれに合わせてカマキリは短機関銃を向ける、乱雑な連射、機械的な射撃は肩付けもせず片手で握るだけだった、放たれる弾丸は不規則に銃口から飛び出すと主にDの持つ盾へと当たり、その枠を出た弾は簡単に頭を出せないようトピを牽制する。
「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」
Dの雄叫び、自らを鼓舞し奮い立たせる。叫びながら盾を構えて前へと走り出す、その間も盾は撃ち続けられる、盾から激しい着弾音が鳴り響き、バリッと違う音が鳴る、それは弾が盾を貫通した瞬間だった。裏にいたDはその弾丸の雨を喰らう、衣服を抜け、身体を突き破る、肩を撃ち抜かれ衝撃で大きく引っ張られる。だがそれでも突き進んだ。
チカリチカリとカマキリの目が強く光ると盾を押さえつけられるように重くなりブルブルと小刻みに強く震える、それでも、一歩ずつ前へと進む。
カチンッ!と聞こえると軽機関銃の弾が尽きたことを示した、穴だらけになった盾の内側は返り血で染まる、ボタボタと床に道を作りながら、カマキリの眼前にDは立っていた。
Dは真っ赤な盾を構えたまま、カマキリの胸元へと突っ込んだ。傍から見たら捨て身の突進、だがそれを叩き返す術はもう、残っていない。なされるがままにカマキリの身体へと激突する。
「ぅるぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」
盾を利用してカマキリの身体を掬い上げると天高く打ち上がった。と同時にDが床へと倒れ込む。
「よくやった!今までのひっくるめて全部返すぞ!」
床に居る時はDの影に隠れカマキリの視点からは見えなかったトピは片膝を地面に着きしゃがんでいた、立膝に腕を固定させた姿が目に映る。
射撃音が数発聞こえると宙に浮くカマキリ目掛けて飛んでいく、だが、軟体生物のようにうねうねと身体をくねらせると寸前のところで弾をかすめる、その動きを勢いを乗せトピに銃を投げつける。
剛速で投げられた銃本体は強くトピに当たり後ろへと投げ出され、勢いよく床を滑る。
「がぁっ!?」
ギリギリの所でトピは持っていた小銃を盾にし直撃は免れる、だが小銃のバレルはひん曲がり、レシーバーは大きく歪む、それは銃としての性質を失ったことを指し示す。
絶望的な状況の最中、トピは一人笑っていた。
「あとは頼む」
トピは意識の糸が切れたようにドサリと地に伏す。
「了解」
カマキリの胸を貫く弾丸、その衝撃に宙を浮く身体が押し出され無防備な姿を晒す、開いたままの玄関の奥から微かに人影が見えると、ガスマスクのひび割れたレンズ目掛けて命中する。ぐしゃりと床に叩き落とされるとカマキリは動かなくなった。
コツコツと足音が礼拝堂の中にやって来る。
「まーたあいつやられてるよ、捨ててこうかな、本当に」
扉を抜けて広間にテレスが入ってくる、キョロキョロと当たりを確認して目当てを見つけるとトピの元へとやってくる。
「お疲れ様」
トピの身体の状態を確認すると応急処置を始める、処置をしているとバラバラとヘリの音が遠くから聞こえてくる。
「ほら、迎えが来たよ。あと少し耐えてね」
気を失っているトピに絶えず話しかけ続けるテレスの後ろでむくりと起き上がる。
カマキリの姿が。
「えっ!?」
思わず顔をしかめるテレス、そのまま武器を手に取った、確かに胸部と眼部に命中している。撃たれた所から血が流れていることが確認できる、バイタルゾーンど真ん中、即死しているはずの敵が確かに起き上がり、2本の足で立ち上がっている、想像を超える所か、人じゃない。
爆発で空いた天井の穴からロープが降ろされるとそれを掴む。
「待て!」
威嚇射撃を足へと撃つ、だが、なんの抵抗もなく足を撃ち抜かれる、足に力が入らなくなったのか膝を着くが握ったロープはしっかりと握っていた。
そのまま吊るされる様に上へと引き上げられる、急いで天井の穴の真下へと走るとテレスの目には黒いヘリが映った。所属、国籍不明、何から何まで秘匿されたそのヘリはカマキリを引き上げるとそのままどこかへと飛びさっていった。
ちょうどそのタイミングで無線機から声が聞こえる。
「テレス、あと5分で到着する、準備して」
「あ、あぁ」
仲間のヘリの到着時刻を知らせる無線だった。
「一応聞くけどそっちからヘリは見えない?」
「ヘリ?突然砂嵐に巻き込まれて視界が悪い!敵機が居るの?」
「いや…なんでもない」
突如として発生した砂嵐、偶然にしてはできすぎている気がする。心にかかったモヤを抱き、Dとトピを担いで礼拝堂の外へと向かった。