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12 死の向こう


 サグメが弾丸のように飛び出して、熾天使と激しくぶつかりあった。サグメは力場の制御によって瓦礫を研ぎ澄まし、無数の刃として投げ飛ばす。熾天使の装甲を貫通することは出来ないようだが、細かく舞った粉塵と、絶え間なく降り注ぐ瓦礫の山に、熾天使は煩わしそうにしていた。一見すると単純な攻防に見えるが、実際にはナノマシンを通じた高度な情報戦が並列して行われているのだろう。時折、空中で発生する赤と青の雷光の放電とナノマシンの赤熱に伴う大気の過熱が、その証だった。




 僕のことを、最初に冥府(シェオール)と呼ぶことに決めたのが誰だったのかについて。実は判然としていない。姉さんなのか。或いは、人工知能の内の一体なのか。ただ、その由来に関しては分かっている。


「かつて君が行った奇跡によって、世界の法則は書き換わった。死は有限に。争いは茶番に。節制は欺瞞に。そして、全ての勝利は一時のモノへとなった」


 かつて、人工知能達が躍起になって証明したという、“魂の証明”。その最後のピースにして、絶対の保証。


「……失われた情報の読み取り。全ての不可逆性の破壊」


「厳密に言えば、君はこの世に不可逆なものなどないと証明した。つまり、君は死の絶対性を否定し、その先にあるものを証明した。死の向こう側を」


 永遠の証人。人工知能達はかつて僕にそう嘯いた。


「君の前では、全ての喪失、変化は欺瞞に過ぎない。空間の湾曲など、君には無意味だ。君には全ての本質的な在り様が見えている。その気にさえなれば。あらゆる捩じれを正し、現象を遡り、失われた現実へ至ることが出来る」


 大袈裟だ、と言い出せる雰囲気ではなかった。サグメは善戦しているように見えるが、やはり空間装甲を貫くことは出来ないでいる。とはいえ。


「確かに。僕は……人工知能達の実験に、協力しました。でも……あれは……閉鎖された空間内でのことで……」


「それは私がなんとかするよ」


 僕は思わず、顔を顰めた。貴方なら、熾天使くらい、どうとでも出来るのではないか。そう思ったが、口には出さなかった。だが、私の怪訝そうな視線に気付いたのか、ヴァイスは、私を軽く抱くと、耳元に顔を寄せてきた。


「確かに、私が全力を出せば、熾天使の装甲を貫通出来るかもしれない。だけど、無理にそんなことをすれば、破壊された空間が弾けて、復元しようとする反動でこの辺りが消失してしまう」


 そんなことを言われてしまえば、僕は黙るしかなかった。実際。姉さんが堕天した熾天使級の相手と戦った時は、隣接する市全域に避難勧告がなされていた。ヴァイスの言葉が大袈裟だとは言い切れないのは確かだった。それでも、ヴァイスの“全能”の片鱗を見ている僕からすれば、何とか出来るのではないかという考えも捨てきれないのだが。


「大丈夫。ちゃんと補佐はするから。それに──これは、日旦くんのことを思ってでもある」


「……僕の?」


「仕事をサボって覗きをしている君のお姉さんに、力を見せるチャンスだよ」


 その言葉に僕は反射的に反論しようと、口を開いた。然し、何も言い返す言葉は見つからず、嘆息と共にそのまま口を閉じるしかなかった。ああ。確かに。良い機会、なのだろうか。もし、僕が熾天使を打倒したら。姉さんは、僕を認めてくれるだろうか。姉さんの過保護が少しは和らぐだろうか。


「……やってみます」


 そう、返事をすると同時に、激しい打撃音と共に吹き飛ばされたサグメが、空中でくるりと一回転しながら、僕の真横に着地した。


「いたた……」


「サグメさん!」


「やっぱり、私と熾天使級じゃあ、演算能力も、そもそも、ジェネレータの出力も違い過ぎますね……。白騎士様、何か算段は付きましたか?」


「勿論。もう少しだけ、足止めを頼めるかい」


 ヴァイスの言葉に、サグメは力強く頷いて、翼を広げた。輝かしい燐光が舞い散り、周囲を満たしていく。そして、音を置き去りに、飛び去った。発破のような轟音と共に、飛び蹴りが熾天使の腹に突き刺さり、次の瞬間には背後のビルが正しく“爆発”した。


「……わお。あの子、本当に特使長クラスなのかな。どう見ても、上位三位レベルの出力があるように見えるけど」


 どこか呑気にも聞こえる声色で、ヴァイスは囁きながら、僕の手を握り締めた。


「あの時の実験のことを覚えているね」


 覚えている。最初の実験は、原子レベルで分解された紙片を再構成し、そこに書かれた暗号を読み取る実験だった。


「今度も同じ。捻じ曲がった空間を元に戻して、これをあいつの胸元に突き立てるだけだ。出来るね?」


 そう言って手渡されたのは、小さな短剣だった。対堕天使用の武装の一つ。“楽園の剣”。あらゆる電磁波に干渉する性質を持っており、一時的に微小機械同士の結合を遮断、阻害することで、天使の身体を容易に引き裂くことが出来る。尤も、人間よりも高等な演算を持つ天使に当てることが出来るのならば、の話だが。実はそれでも、天使の持つ人類に対する規制を加味すれば、銃器の類を扱うよりは勝算が高い。


「…………」


 とはいえ。出来るね、などと軽々しく言われても、出来ます、と力強く返答することは、僕には出来なかった。楽園の剣は、出力を上げれば、力場によって形成される仮想の剣身を生み出すことが出来るので、見た目ほど、近接戦闘が苦しい武器ではない。最大出力ならば、形成される力場は五十メートルにも及ぶ。だが相手は熾天使だ。正面からのやりあいでは、僕に勝ち目はない。


 だがヴァイスは僕の表情が見えないかのようにあっけらかんと笑って、僕の手を引いて歩きだした。


「じゃあ、行こうか。大丈夫。私がちゃんと守るよ」


 *


 重要なのは、イメージすることだ。フェイの持つイマジネーション・インターフェースによる微小機械の統括制御。機械言語話者(ウィザード)の用いる魔術は厳格な数値と計算、そして、精密な記述によるものだが。フェイのそれは違う。フェイの魔術は、曖昧で。ファジィなものだ。


「日旦くん……見えている? 一応、この都市全域にある大半の微小機械を制御して、安定させた。私の干渉に気付いたあの熾天使が幾らか支配権を奪ったけれど……誤差のようなものだと思う。少なくとも、君なら」


「見えてます。“観測”をお願いします」


 此の世の変化には、殆どの場合、“ロス”が存在している。というのが、今までの定説だった。ロス。喪失。でも、僕にとっては、そうではない。


 楽園の剣を起動する。微かな振動と共に、眩い光が、剣身を形成した。僕は剣を正面へと突き出すように構え、熾天使に狙いを付ける。


「サグメさん!」


 僕の問い掛けに、サグメは瞬時に反応した。空中で軌道を変えて、熾天使を地面に向けて蹴り飛ばす。熾天使は、それに反応できずに、地面にへとあっけなく墜落した。明らかに、反応が鈍い。ヴァイスが微小機械の支配を奪うために演算勝負を仕掛けているからだろう。相当、メモリを圧迫しているらしい。


「白騎士っ! 妖精風情が……っ」


 赤い燐光が、地面から沸き上がるように、輝いた。瞬間、視界が赤く染まった。思わず目を閉じ、視線を逸らす。


「驚いた。直接攻撃してくるとはね。倫理規定を乗り越えたのか」


 恐る恐る目を開けると、ヴァイスが僕を庇うように前に立っており、ヴァイスと僕の周囲以外は、赤熱し、どろどろに融解していた。過剰励起した微小機械を統制して、そのまま超高速で投射してきたらしい。目に見えない無数の小型爆弾を投げ付けられたようなものだ。思わず、背筋が凍り付く。


「日旦くん!」


 ヴァイスの言葉にハッとして、立ち上がる。そして、楽園の剣を構え、ヴァイスが整えてくれた“場”へとアクセスした。


 重要なのはイメージすることだ。この世の全てのものは、1プランク時間毎に常にバックアップがされ続けているファイルのようなもの。するべきことは、適切なファイルを探して復元する。それだけ。


 僕は今度こそ熾天使に狙いを付けて、剣の出力を限界まで引き上げた。


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