表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/22

5 高名な──


「何故、僕の胸は小さいのだろう」


「……気にしてるんだ」


 別に胸が小さいこと自体を気にしているわけではないのだ。だが、この貧相な身体は、僕自身のどうしようもない性根の顕れである。僕が気にしているのは、それだけだ。


「ヴァイスさんは、いいですね。大きくて。余程、自分に自信があったんでしょうね……」


「いや……うん。自信というか……」


 それも当然か。僕はヴァイスが男性だった頃を知っている。外見も。性格も。能力も。全てが完璧な──そしてそれが嫌味にさえ感じないほどに──完璧な人だった。そもそも、あの姉さんが親しくしていたという事実からもそれが伺える。


「はぁ……」


「うーん……。日旦くんは小っちゃくても可愛いよ!」


「……」


 僕はヴァイスの腹を殴りたい衝動を必死に抑え、代わりにその豊満な胸を鷲掴みにしてやった。身を捩らせ逃げようとするヴァイスの腰に抱き着いて──その肉感の暴力に敗北し腕を離した。


「……」


「あの……日旦くん?」


「……。……。……太腿」


「ふともも……? あ、ちょっ……何処に行くの?」


 *


 行く当てもなく歩くというのは、それなりに苦痛なものだ。それに、僕は出不精なのだ。長時間歩く経験というのも、あまりない。任務の時だって、主な移動手段は電車とバスと、カタパルトだ。とはいえ、それは僕に限った話というわけでもないのだろう。都心近くだというのに、人数は多くない。パンデミック前であったなら、この辺りはもっと混雑していた筈だ。それこそ、坩堝と言ってもいいくらいに。


 今時、家の外にわざわざ出なくとも、観光がしたいだけなら仮想現実で事が済む。買い物も、娯楽も、友達と遊ぶのも。それこそ、デートであっても。思考加速器(アクセラレータ)を使えば、主観時間ではより長く、娯楽に興じることも出来る。


 そんな中、電子的交歓では代替不可能な接触も存在しているのは確かだ。そして、それを見当てにしているものが多くいるのも。


 不意に、後ろから小走りで追いかけてきたヴァイスに手を掴まれ、強引に抱き寄せられる。


「一人で、先に行ったら危ないよ。日旦くんに何かあったら、大変なんだからね。……主に世界が」


「大袈裟な……とは言いませんけど」


 かつて任務で、それなりに大きな怪我を負ったときのアリスの表情を今でも覚えている。人工知能達があんな表情をすることは、きっと稀だろう。


「でも、さっきから主にナンパされてるのは僕じゃなくて、ヴァイスさんじゃないですか」


「う……」


 尤も、それはヴァイスの恰好のせいもあるだろうが。なんであれ、今日ヴァイスが女性に声を掛けられた回数は九回にも及ぶ。僕は二回だ。因みに、ヴァイスに声を掛けた女性達は、皆、ヴァイスが提示した個人領域(ホームページ)を見た途端に蒼褪めて、あるいは赤らんで、去っていった。無理もない。まさか、かの高名な白騎士がバニースーツで首都圏をうろうろしているだなんて、誰も思わないだろう。女性達がどれだけフェイを下に見ていたところで、個人の高名を否定することは出来ない。誰だって、属性に対しては容易く差別者になれても、個人に対しては難しい。優れた個人を、その能力以外の部分で見下すのは、己の劣等を宣言しているようなものだから。


「……胸が大きいと大変ですね?」


「もう。そんな意地悪を言わなくてもいいだろうに」


 言いたくもなる。僕の肩に乗っているのだ。ヴァイスの巨大な脂肪の塊が。不快な肉塊が。背中で感じるのだ。肉の暴力を。


 因みに、僕に声を掛けてきた二人の女性は、両方ともあまり気の強くなさそうな女性だった。僕に話し掛けてきた理由は明白だ。僕が、小さく、大して魅力的でなかったから(つまり、最も端的な意味での魅力)。フェイの身体的な変化が、精神的な傾向に影響を受けているという噂は根強く広まっている。つまり、貧相な体格のフェイは、自己否定的で、自信がない、と、女性に見なされている。逆に言えば、ヴァイスのような豊満で肉感的な体格は、健全な自己肯定感を持っていて、精神的に安定している。ナンパするならどちらが容易いか。そういうことだ。


 その上で、ヴァイスの方が声を掛けられている、ということに、思うところがないかと言われれば、ないとは言い切れないのだが。



「……ごめんね、日旦くん。やっぱり、私となんか、出掛けたくない?」


「はい? ……ああ、いえ。そういうわけでは」


 少し、不味っただろうか。僕は別に。……。


「……そもそも、どうして、僕とデートなんです?」


「どうして、って……それは……」


 目を眇め、少し悲し気に視線を逸らすヴァイスに、僕は思わず首を傾げてしまった。


「ヴァイスさん?」


「……ううん。何でもないよ。今日は、ごめんね。そろそろ、帰ろうか」


「え……いいんですか? まだ何も……」


 ヴァイスは静かに首を振って、僕の言葉を遮った。良く、分からない。どうしてそんな悲しそうな顔をするのだろう。寂しそうな顔をするのだろう。周囲の雑踏が、大きく聞こえる。そもそも、僕とヴァイスは、デートをするような仲ではない。親しくもない。勿論、僕が一方的に嫌っているだけというのは、そうなのだが。とはいえ。僕には、ヴァイスに好かれるような心当たりも、毛頭ない。


 思い返してみると、この人は、出会ったときから、僕に好意的だった。不可解だ。言うまでもなく、僕はあまり、初対面の人間に好かれるタイプではない。一目惚れ? 馬鹿な。それは在り得ない。そもそも、僕とヴァイスが最初に会ったのは、パンデミック前だ。


「……」


 背を向けるヴァイスの手を、掴む。まあ。どうだっていい。他人の内面を推察するのは、あまり気分が宜しくない。そして、あんな表情をされるのも。


「近くに公園があります。知っていましたか?」


「え? うん……知っているけど。大きな池がある公園だよね。蓮の葉が浮いていて……アヒルが泳いでる」


「可愛いですよね。アヒル」


 困惑した様子のヴァイスに、僕は出来るだけ──出来ているかは分からないが──穏やかな表情で微笑んで見せた。


 *


 枕に適した肉付きの良い太腿に頭を乗せて、ぼんやりと、光を透かす大樹の葉を眺める。念入りに手入れをされている草原には、僕とヴァイスを除けば、ほんの十名ほどしか人影はない。美しい公園だというのに、残念なことだ。


「……あの、日旦くん?」


「なんです?」


 正直なところ。あまり景色は良くない。何せ、二つの大きな山が視界の邪魔をしている。


「ごめんね。気を遣わせて」


「そう思うなら、あんな露骨に寂しそうな顔をしないでください」


 僕は溜息を吐きながらもヴァイスの顔に手を伸ばし──そして、その豊かな山脈に阻まれた。腹いせにその山を叩き、喉を鳴らして誤魔化す。


「ひんっ」


「んんっ……。ほら、ヴァイスさん」


 正直なところ。ヴァイスが何故、僕なんかに執着しているのかは、不明だ。思い当たる節は微塵もない。何せ、完全無欠の白騎士だ。フェイでありながら、その名の高名さは誰もが知っている。白騎士──彼の部隊は、直接戦闘を司る部隊ではない。その為、メディアへの露出は少ないが、それでも、最も有名な四騎士は誰かというアンケートを取れば彼の名が一番票を取るだろう。勝利、支配、君臨。正しく。二年前、熾天使級(セラフ)の大反乱が起こった時の活躍は、今でも人々の語り草となっている。


「……えっと、日旦くん、何を──」


「デートらしいこと、したいんでしょう」


 ヴァイスの手を取って、僕の胸へと這わせる。ヴァイスにどんな考えがあるにしても。別段、僕にとって悪いことではないのだろう。姉さんが許可したのだ。……いや、むしろ、姉さんの思惑の方が気になる。姉さんが、何故、ヴァイスとのデートを許可したのか。今思えば、不可解な気もする。姉さんは、僕の帰りが少し遅くなると、それだけで不機嫌になるような、そんな人なのだ。まあ、これに関しては僕が姉さんを怒らせる為にわざとやっていることもあるのだが。


 僕がヴァイスと寝たら、姉さんはどんな反応をするだろう。


「……日旦くん」


 ごっ、と。鈍い音と衝撃が頭に響く。僕は思わず頭を押さえて、起き上がった。


「……痛い、んですけど……」


 ヴァイスに抗議の視線を向け、そして僕は後悔した。


「いいよ。デートらしいこと、しよっか」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ