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それでは、誰がこの中で追放されるべきか、話し合いで決めてください。

作者: 三原

 ――それでは、誰がこの中で追放されるべきか、話し合いで決めてください。


 「……まずは、追い出されるのは自分であるべきだと、自覚がある奴はいるか?」


 口火を切ったのは、今までの話し合いでも進行役を買って出た彼であった。

 かの国で剣聖とまで呼ばれた男だ。彼振るった剣の軌跡には奇跡が宿るのだという。この世に斬れぬ物はなしとまで言われたその妙技は、まず間違いなく魔王討伐に役立つと思われる。

 彼の呼びかけに、果たして応える者はこの場にいなかった。どうしたものかと剣聖が嘆息をしてみせる。


 この場には6人の男女がいた。

 彼らは円を囲むように椅子を並べて、一様にお互いを監視しあうように中心に体を向けて座っている。

 おそらく全員が最初に意見を述べるのを躊躇っている。下手な言動ができない以上、話し合いがどのように転んでいくか、様子を見たいと思うのが至極当然のことであった。

 沈黙が続く中、やがて剣聖からは別方向でしなやかな腕がすらりと挙げられた。


 「自分で言うのは何ですが、私は残るべきだと考えます」


 鈴が鳴るような声で自薦をしてみせたのは、神官の女性であった。信仰心の篤い彼女に与えられた神秘は、傷ついた者をたちまち癒すのだという。見目麗しき彼女は所作ひとつ取っても、男を魅了する華やかさがあった。

 神官は伏し目がちに、まるで闘病の末に衰弱しきったような儚さで、己がこの場に残り続けるべき理由を語り始めた。


 「私の癒しの力は、他でもないここでこそ、意味を成すものだと思うのです。いえきっと、慈悲深き我らが神はこの場にいる皆様を救うために、私を遣わせたのです。そうに違いありません」


 彼女は淡々と自身の価値を言い示すと、周りの面々に一通り目をやってから。


 「私の治癒の神秘は、今の傷ついた皆様に必要です。必ずお役に立てます」


 そう締めた。


 「それを言うなら俺もだ」


 重戦士の男が名乗りを上げた。

 敵襲の恐れがない現状でも、彼は身の丈ほどの戦斧と盾を背負ったままである。それは幼き頃より戦いが身近にあった部族の誇りからだろうか。丸太のような太い四肢に、傷だらけの顔面。寝るとき以外は得物と共にある彼らしい威容であった。


 「俺の役目は皆の盾になることだ。何かあったときに、お前らを守れるのは俺しかいないと思っている。役割こそ異なるが、神官さんと一緒だ。俺が守り、もしも俺の力が及ばなくとも、神官さんがお前らを癒す。命あっての、だろ。俺も彼女と一緒に残れば必ずここにいる皆の役に立てる。今だって前線から離れた地にいるが、いつ何時奇襲があるかなんてわからない。俺がいることの安心さがよくわかるはずだ」

 「ならボクらの盾になって、出てってくださいよ」


 横やりを入れたのは、弓取の少年である。

 齢12でありながら、一国の王により推薦され、魔王討伐の任についた神童だ。正確無比に遠方の敵を射る器用な彼は、しかし話し合いという場においては些か雑なようであった。


 「なんだと!?」


 重戦士が声を荒げた。

 弓取はケタケタとおどけて笑いながら。


 「あんたの守りなんてここでは不要ですよ。今一番盾らしくお役に立てることは、紛れもなく率先して追放されることだと思うけど、何か間違っているかなボク」

 「それでは、私も不要でしょうか」


 神官が不安げに言った。

 上目遣いの彼女に対して、弓取は明らかに鼻の下を伸ばした。


 「お姉さんは大丈夫。絶対必要だよ。傷なんて癒さなくても、いるだけでボクらの心を癒してくれるもの。目の保養、目の保養さ」

 「それは、よかったです」


 神官が胸を撫でおろした。

 一方で重戦士は腹の虫がおさまらない様子だ。弓取を鋭く見据えて、怒号を浴びせた。


 「そういうお前は、この場にいる必要があるのかよ!? 言ってみろ、おぉ!?」

 「ボク? 見ればわかるでしょう」


 そう言うと、弓取はバッと全身を覆うように纏っていた外套を脱ぎ捨てた。

 彼のスタイルなのだろう。外套の下はワイシャツを1枚着用しており、前はボタンで閉じずに開放されていた。しかし目を引く点はそこではない。彼の腹部には、痛々しい大きな傷が残っており、それは誰の目から見ても完治されていないものに見えた。


 「御覧の通り、ボクはこの有様さ。魔王の討伐遠征の道中で奴の配下である魔人に襲われてしまいまして。手強かった。でもボクはやるときはやる男だから、決死の覚悟で挑み辛くも勝利は収めた。ただ、この傷を抱えていてはかなり動きに影響が出るんですよ。完治するまではボクは戦えないだろうさ」


 彼は自分が追い出されるはずがない。そう確信しているように、高らかに宣言した。


 「よってボクを追い出すことはできないはずだ」

 「そういうことなら、私もだ」


 今度は魔法使いの青年が名乗りを上げた。

 彼もまた、他の者たちと同様に、国を代表して魔王討伐に参加した人間。

 物静かな男であるが、驚くなかれ彼の戦う姿は鬼神のごとしである。数多の攻撃魔法を同時に操り、魔族を薙ぎ払う。その才覚は戦闘面にのみ留まらず、詠唱の簡略化や魔法陣の時間差発動など、新たな魔法則の発見にも貢献している異才であった。

 しかしその才も、魔王軍の前では打ち砕かれたようであった。


 「弓取の彼とは異なり、私の場合は心の負傷だがね。情けない話だが……トラウマというやつだ。私も魔人と幾度となく戦闘を繰り返してきた。その度に重傷を負い、回復したら前線に戻って、そしてまた戦いけがを負った。するとどうだ。いつの間にか、奴ら魔人の前に立つと、足が竦むようになっていた。戦っていないのに、今まで受けた痛みを思い出しているのか、身体が悲鳴を上げだす。回を重ねるごとに、あの時の恐怖が蘇り、増幅し、フラッシュバックするのだ」


 己の体を抱きかかえるようにしながら、彼は言った。

 「傷ついた者同士お仲間だね」と弓取がからかうように言うと。

 魔法使いの彼は「不本意ながらな」と返した。


 「私を追放するとなると、この場の存在そのものを否定することになる。それは皆も望むところではないだろう?」

 「同感だね」


 剣聖が追従した。最初の仕切り以降ここまで静観を決めこんでいた彼が、ここにきて口を開いた。

 

 「そしてこのオレも、今は剣が振れない。今の迷っているオレでは、剣の奇跡は扱えない、ということらしい。前線に出たところで足手まといになるだろう」

 「それを言うなら」


 神官の女性が続く。


 「私だって、ずっと怖いのに戦ってきました。女の子なんですよ。あんな醜悪な化け物と戦うのなんて怖くて怖くてたまりません。そもそも私は争い事には向かないのです、勇敢に戦うこともできないのです」


 情に訴えかけるように、神官が言った。

 重戦士も立ち上がり、追撃をする。


 「あんたは一番残るべきだ。あんたの優しさと暖かさは必要だ。ちなみに俺もそうだ。もう前線では役に立てそうにねぇ。もっと力を持つ奴に手柄は譲るぜ」


 そしてついに、矛先が最後の発言者である彼に向いた。


 「君はどうなんだい?」


 彼は、他の5人と比較して、特別な才覚があるわけではなかった。

 無謀なる勇気と、泥臭い努力で得た剣技と少しの神秘でここまで戦い抜いてきた。しかし、ついこの前限界を迎えた。肉体はすでにボロボロで、心はバキバキにへし折られた。

 そしてこの場に送られてきたわけだった。


 「僕は……」


 しかし、彼は紛れもなく勇者の素質も持つ者の一人であった。

 彼はゆっくり言葉を紡ぐ。


 「僕は、ある魔人と戦って、完膚なきまでに叩き潰されて、ここに来ました。セーロスと名乗っていた魔人です。正直、もう戦いたくありません。僕は、皆さんと比べると、剣技も、神秘も、身体も、技術も、魔法も劣っています。本来は魔王討伐の人員として選抜されるべき人間ではないんです。……でも、自分が嫌だからって、誰かが僕の分まで苦しむことも、自分が苦しむ以上に嫌です。だから皆さんがそこまで満身創痍で戦えないのであれば、この中で一番マシだと思われる、僕が追放されます」


 嘘偽りのない正直な意見だった。自己犠牲を厭わない精神が彼には根付いていた。

 この中で、まだ一番役に立つ可能性があるのであれば、追い出されることを甘んじて受け入れる必要があるのである。

 彼が言い終わると、拍手が広がった。


 「よく言った」剣聖が笑った。

 「貴方のことを尊敬します」神官が涙を浮かべていた。

 「後のことは任せて、憂いなくここから出ていけ」重戦士は腕を組んで頷いていた。

 「さようなら。ありがとう」弓取が抑揚のない声で言った。


 「勇気があるな。セーロスとは私も一戦交えたがとても強かった。奴の魔法は私のそれを遥かに凌駕するレベルだった。一度あの世にも恐ろしい魔人と相まみえたにもかかわらず、再起するなんて見上げた男だ」


 魔法使いが言った。













 ぎゅんッと。

 剣聖、神官、重戦士、弓取の4人の首が。

 弾かれたように魔法使いの方へ向いた。

 魔法使いのことを、8つの鋭い視線が射貫く。


 「セーロスは魔人の中で唯一魔法が使えない魔人だ。戦ったことがあるなら知っているはず」


 剣聖が言った。

 事の重大さに気づいたようで、魔法使いの顔色はみるみる青ざめていく。

 「いや、違う……今のは言葉の綾で」魔法使いが焦って取り繕うが、もう遅い。


 「ルールは覚えているな。話し合いで嘘は厳禁だ」

 「ま、待ってくれ……!」

 「彼が追放対象に決まりそうだったから、気を緩めたんですか? それとも追放を恐れるあまり、つい誇張して自分の悲劇を話してしまったのかな。どっちでもいいか。虚飾するほど心に余裕があると見て間違いないんだよね? 魔法使い殿」

 「け、結論を急くな……それだけで私を」

 「偽りはいけません。この大陸において嘘は最も愚かしい、神に向けて唾棄するに等しい背信行為です」


 すると、どこかの扉がガチャリと開いた音がした。真っ白な空間に椅子だけが並んでいた一室に、近衛兵の恰好をした人達がなだれ込んでくる。


 「い、いや……いやだっ! あんな地獄に戻りたくない。助け――」


 そうして魔法使いの彼は、前線へと連行されていった。




 ――話し合いは以上です。第1330代勇者、魔法使いジークを療養完了と扱い、第1363代目として再度勇者に任命し魔王軍討伐の遠征に出ていただきます。人類の繁栄のため、彼にはもう一度命を賭していただきましょう。残った皆様は次の会議開催まで、引き続きこの場で心身共に療養に努めて下さい。またすぐにでも戦えるように。

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