108・王子少女は知っている
私たちは、広々とした大浴場に足を踏み入れた
薄暗い月の光が窓から差し込み、室内に微かな輝きをもたらしている
石造りの壁に、昔の歴史を物語る絵
床と湯船は大理石で、窓からは、修復の進む城下街が一望できる
湯船は深くて広く、湯気がたなびいていて、端の方に小さな滝があった
作られた滝は、優しい音を奏でながら湯船にお湯を注いでいる
湯船の脇には木製のベンチ
天井は高く、星座を描いた天井画がそこには描かれている
浴場には柔らかな明かりが灯っていて、全体的に穏やかな雰囲気だ
「…今まで入ってなかったですけれど、お城の大浴場もいいじゃないですか」
「でしょう?」
今までは身バレが怖くて、王子の部屋の浴室に一人で入ってたけど
明日、みんな自分の領地に帰るという事で、普通の入浴時間が終わった後に
私の正体を知る人たちと、こっそり入ることにしたのだ
「ふえー、おっきいねぇ」
カグヤちゃんが周りを見て感心する
天井ありでこの広さの浴場は、ここにしか無いと思う
入浴メンバーは…私、メイドさん三人、ミソラさんカグヤちゃんアジサイちゃん
…温泉入った時のメンツといっしょだなぁ…まあ、いいか
みんな身体を丁寧に洗ってから、湯船につかる
「ふはぁ~!…王子様疲れましたぁ~」
お湯の温かさが、疲れた身体に染みわたる
みんな王子様、お姫様に憧れたりするけれど
実際は大変なんだって、身に染みてわかった
「お疲れ様~」
「…あらやだ、ガチガチに凝ってるじゃないですか」
ヒルヅキさんが、私の肩を触ってそんなことを言う
自覚は無いけど、そんな固いかな?
「わたし、マッサージ得意なんで、揉んであげますね」
「あ…気持ちいい…」
彼女の手が、肩を柔らかく、けれどしっかり揉んでいく
しびれが抜けていくような感覚がする
「…んっ……」
背中を指で触っていくヒルヅキさん
思わずちょっと声が出てしまう
「え、何を…?」
「凝ってるとこを探してるんですよ、触った感覚が薄いところをほぐすんです」
「なるほどぉ」
血の巡りが悪いところを探す、納得の理由
「あ…ふあっ……」
そこからヒルヅキさんは、私の凝りを調べようと
首筋から肩、背中、腰から太ももまで、指を這わせて…
「いいかげん気づいた方がいいんじゃないかしら…?
たぶんまた襲われるわよ?」
「はっ?!」
そういや前も、なんか似たようなシチュから襲われたような気がする…!
「や、やだなー…そんなのする訳ないじゃないですか」
「ほんとにぃ?」
ミソラさんの目が驚くほど白い
「…おや?アカツキさんは何をしてるんですか?」
彼女は穴の開いた硬貨に糸を通して、私の目の前で左右に揺らしている
「姉さんのマッサージをもっと効果的にするために
催眠術でもっと身体をリラックスさせようと…」
「完全にアウトじゃない?!あたし知ってるわよ、本で見たことあるし!」
「…ど、どんな内容なんです?」
「え、それ聞いちゃうの…?」
なぜか真っ赤になるミソラさん
…何かまずい内容なのかな…?
「…マッサージで刺激されて、催眠術で誘導されて
えちえち人間にされちゃうお話よ」
「えー?!」
完全にスケベ本の内容じゃないですかやだー!
私の知らないスケベ本って、いっぱいあるんだなぁ…
「と、いうことは、アカツキさんは催眠術を使える…?」
「え?いや、全然」
「何でやってたの?!あたし余計な説明しちゃったじゃない?!」
ごっこ遊びってやつかなー…
さわ…さわ……
小さな手が太ももを触る感触がする
「…何してるんです?」
見ると、アジサイちゃんが私の身体のあちこちを触っていた
「あ、いや、傷が無いか確認してるのですよ
見た目は大丈夫だから…後は触って確認を……」
「しょくしんってやつだね!」
「…んっ?!」
え、いやあの、触診にしては手つきがいやらしい気が…!
さっきのヒルヅキさんと同じような気が…?!
「ほらあ!子供が真似しちゃったじゃない!
『理由があればちょっとえっちに身体を触っていいんだ!』って!」
「そ、そんなつもりはないのですよ?!」
「ほんと?あたしの目見て言える?」
「…ごめんなさいなのです」
即見破られ、ごめんなさいするアジサイちゃん
…みんな極限状態でストレス溜まってたのかな…?
色々はっちゃけてる子が多い気がする
「みんな素人やなー…一番リラックスできるのはこうやって」
「はうっ?!」
ホシヅキさんが、いきなり私の後頭部をつかみ
自分の胸の谷間に押し付けた
「胸枕…!」
「そっか、その手が…!」
「その手が、じゃないですよ?!」
確かにやわらかいんだけど、ドキドキしてとてもリラックスなんてできない
「いや、それはホシヅキが一番有利じゃん!」
「最初は胸が大きいの恥ずかしい…とか言ってたのに…」
「……」
私がそう指摘すると、ホシヅキちゃんが私を引き寄せてた手の力が
ふっ、と緩まる
「…あ、ホシヅキ真っ赤になって震えてる」
「しょうきにもどった?」
「ふふ、いきなり大技をかまして自滅するなんて、まだまだメイドとして未熟ね」
いや、だからそれはメイドじゃないと思うんですけど…
そっ…
「…あの、ミソラさん、黙ってそっと抱きついてもわかりますよ」
「え?あ、いや…あはは……」
…なんだろう、何かいじりたくなる雰囲気でも出てるのかな、私
「まあ、それはともかく…」
こほんと、一息ついて
「みなさんも、本当にお疲れさまでした」
頑張ってくれたメイドさんたちに、お礼を言う
「まあー…当たり前だけど、めちゃめちゃ忙しかったですね」
「メイドはみんなのサポートが役目やからなぁ…
大勢が動くとそれだけ忙しくなるもんなぁ」
「そうそう」
姉妹で、互いの苦労をいたわり合う
「…まあ、うちは今回、お手伝いの暇はなかったんやけど…」
ホシヅキさんはメイドできなかった事に、若干すまない気持ちがあるらしい
「いいじゃない、それだけ他で活躍した証拠でしょ?」
「うん、かっこよかったですよ、ホシヅキさん」
「そうでしょー?自慢の妹ですから!」
唐突の褒め攻勢に照れるホシヅキさん
「こう、こまごまとした雑用を全部、ユニークスキルとかでぱーっと解決できないかなって
いつも思いますね」
ちょっとサボり癖のあるアカツキさんが、そんなことを言う
…気持ちはわからなくもない
「それはね、逆に考えるのよ」
「…逆?」
「時間を消費して、雑用が全部解決するユニークスキルをかけたのよ、私たちは」
「…あー……」
ヒルヅキさんの台詞に、確かに、と納得するところもある
時間と労力を使えば、ユニークスキルが無くても、人間は結構、色々なことができるのだ
…落とし穴を予め掘っておいたりとか
「…まあ、そういう考え方もあり…なのかな?」
アカツキさんは、納得がいったようないかないような、微妙な表情で答える
「当初の目標は終わりましたけど…これから、どうするんです?」
「そう、ですね…」
ヒルヅキさんにそう聞かれ、顔を上げて天井を見る
今までの出来事を、頭の中に思い浮かべて……
「できるなら、ミソラさんやヒルヅキさんたちのように
みんなのためになるお仕事がしたいなって、思います
…みなさんと頑張ってきたの、しんどい時もあったけど…楽しかったんです」
偽らざる自分の気持ちだった
誰かが助かるのが嬉しいし、みんなと頑張るのは楽しい
そんな気持ちを自分が持ってたんだと、王子様の立場になって気づかされた
「じゃ、じゃあ……もうちょっと王子様、続けてくれないかしら?」
ミソラさんが遠慮しがちに、お願いをしてくる
「そ、その…やっぱり『雪』が安定するまでは、時間がかかるだろうし…
それに、あたし……」
…そこから先は、言わなくてもわかっていた
「そうですね…そうしましょうか」
彼女の手を握り、にっこり笑って了承する
「わあっ…」
周りが一斉に笑顔になった
…ちょっと照れくさい
「んー…ところで、セッカおねーちゃん
はやくわたしのおねーちゃんを、およめにもらってくれないかな?」
「ぶはっ?!」
す、ストレートできたっ…遠慮が無いのがカグヤちゃんらしい
「い、いやその…色んな話は置いておいても
王子様のフリをしてる以上、勝手にお嫁さん貰うのはダメなのでは…?」
「でもじれったい!」
「わかるわー」
なぜか賛同するホシヅキさん
「…!」
「どしたの?」
ホシヅキさんの顔つきが急に鋭くなった
「『星』の領主とアワユキさん、入ってきたみたいやで!声が聞こえる!」
「ええー?!」
まずい…この時間に入って来るとは思わなかった
(『グループチャット』、オンにしたわ!)
(ちょ、ちょっとそこの柱の影に)
ひとまずみんな隠れて様子を見ることに
「へぇ…結構広いんだな」
「うちの温泉の方が、ちょっとだけ大きいですわよ!」
「商売してる自分と比べるなよ…」
二人は会話をしながら身体を洗い、湯船につかる
(すごいですね…胸…いや、胸筋…!)
つい、『星』の領主の胸板に目が行く
剣技のために鍛えているのだろう
なんかセクシーとかじゃなく、肉体美に感動してしまう
(サイズ測ったらホシヅキちゃんよりありそうね)
(せ、せやろか…)
ホシヅキさんは自分の胸を押さえ、複雑な表情をする
サイズでは確かにそうなんだろうけど…
セクシーさはホシヅキちゃんの方が上だと思う
…数字のマジックってやつかな
(こうして見ると、アワユキさんの肌白いですね…)
(なんかちょっと心配になるわね…いや、それはあたしの勝手な思い込みかしら)
日光の当たる時間が少ない『雪』の領地だし、色白になるのも当たり前だけど
つい、自分たちの尺度で考えてしまう
「明日出発だな」
『星』の領主がアワユキさんに話しかける
集まった領主たちもこれで解散し、明日にはみんなそれぞれの地に
「これから大変だろうけど、頑張れよ
困ったら頼ってこい…金はそんなに無いけどよ」
『星』の領主がアワユキさんの頭を、わしゃわしゃと撫でる
アワユキさんは、せっかく洗った髪の毛が乱されて、ちょっとふくれっ面になった
「正直、わたくし…不安でしょうがないですわ」
「そうか?…まあ、そりゃそうだよな」
「王子様が決死の覚悟で、道を切り開いてくれましたわ
わたくしにあそこまでできるかどうか…」
むむ…私にはあれしか思いつかなかっただけで
彼女が気にすることでは…
「…できなくてもいいんじゃねえの?」
「え?」
「覚悟をできる人間は素晴らしい…が
覚悟なんて無くても暮らせる世の中が、理想だと思うぜ」
「……まあ、そうですわね」
「そういう世の中にするために、できることを頑張る、できないことは頼る
お前にはお前のやり方…効率重視でやればいい」
「意外ですわね、そんなことをおっしゃる方だとは」
確かに、今までのイメージと違い、やけに物分かりのいいことを言う
バトルができない相手にはつっかからないから、まともに見えるのかな?
「世の中、いろんな要素で回っている
俺が個人的に、必要な時に覚悟ができる、そういう人間が好きなだけだ」
『星』の領主はにいっ、と笑い
「あの王子みたいにな」
さわやかに、そう言うのだった
「わたくしも、王子様好きですわよ」
「そっか、一緒だな」
笑いあう二人
…なんか、聞いてると恥ずかしくなってきた……
「…ところで、隠れてないで出てきたらどうだ?」
(バレてる?!)
さすがに、こんなに大勢で隠れてたら気づかれるか…
(どうしましょう?!実は王子は女の子だったパターンでいきます?!)
(いや、ここはうちらに任せとき!)
「ごめんねー、なんかとっさに隠れちゃって、出にくくなって」
「…なんだ、補佐官たちじゃねえか」
ミソラさんとカグヤちゃん、アジサイちゃんが前に出る
そして…
ぽふっ
私はいきなり、ホシヅキさんの胸に、顔を埋められた
「ああっ?!セッカちゃん!」
「ん?」
「ごめん、新人メイドの子がのぼせちゃって!ちょっと運ぶわ!」
(え、ちょ…?!ホシヅキさんの胸で、顔を隠すんですか?!)
(ごめんな!ちょっと辛抱したってや!)
やわらかい感触と、息苦しさで頭がぐるぐるする
「大丈夫か?なんなら俺が運んで…」
「大丈夫!うちらが運ぶから、あんたはお風呂入っとって!」
「?お、おう」
『星』の領主を前にメイド三姉妹は、上手く自分たちの身体で私を隠しながら、脱衣所へと移動する
運ばれる私は、三姉妹の胸やら何やらでもみくちゃにされて、ドキドキしっぱなしだった
「…よくわかんねーやつだな、あのメイド」
不思議がる声をよそに、なんとか脱出
しかし、直後に私は別の意味でのぼせて、気を失ってしまう
…次に起きたのは、王子の部屋のベッドの上だった
………
……
…
……それから三日ほど経った、ある日のこと
「ミソラさん!ちょっと匿ってください!」
「どしたの?」
ミソラさんの部屋に駆け込む私
彼女はこの前いただいた『ひかやみ』の新刊を読んでいたらしく
みーさんが表紙の本をぱたん、と閉じて私に何があったか聞いてくれた
「やっぱりマッサージしたいって思って、ヒルヅキさんにお願いしたんですけれど
途中からまた彼女正気を失って…」
「懲りなさいよ?!」
「こ、今回は、逃げ出すことには成功しましたから…」
なぜか毎回、つい乗せられちゃうんだよね…
「っても、すぐ見つかるんじゃない?あなたがお城で行くとこなんて決まってるし」
「ですよねー…」
「執事さんは買い出しで夕方まで帰ってこないし…カグヤは帰っちゃったし」
いつも対処してくれる二人がいないとなると、厳しいかな…?
「…じゃあ」
私は、ミソラさんの手を掴む
「ミソラさん、ちょっと街まで出ませんか?
プチ逃避行です」
こんな晴れた日は、遊びに出かけるのも悪くない
「そうね、最近評判のフルーツ菓子店、一人じゃ入りにくいものね」
「…お気づきでしたか」
王子様が一人で入るのは不自然だし、誰か一緒に来て欲しかった
「いいわよ、一緒にいきましょうか」
「はい!」
ミソラさんの手を引き、私たちは街へと繰り出す
みんなで守ったこの平和を、今日はいっぱい満喫しよう
――王子少女は
王子だからこそ、皆を守れる立場であるし
少女だからこそ、普通の幸せの大切さを知っている―――
王子様の代役になってしまった女の子のお話、これにておしまいです
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