籠から出ようと足掻いた小鳥
※アーク視点から、別の人物の視点に変わります。
私は、籠の中の鳥だった。
それも、餌やりを時折忘れられる類いの。
シルヴァリオ王国の、側妃が産んだ第四王女。それが、私の身分。
ソニアと名付けられた私は、普通であれば丁重に扱われるだろうに残念ながら生まれたタイミングが悪かった。
王妃殿下が第一王子と第一王女、第三王女を。
側妃殿下が第二、第三王子と第二王女を。
男女それぞれ三人ずつ、十分な数の王子と王女が既にいて、周囲の国とも緊張はあれども大きな衝突はないから政略結婚のコマは足りていた。
国内に目を向ければ、南に豊かな海を抱える我が国、というか王家は王都にある整備の行き届いた港での漁業や貿易で富み、その経済力を背景に国内への影響力は安泰。
後ろ盾はさほど必要でなく、むしろ王女を降嫁させて王家の血を侯爵などの大きな貴族に取り込まれる方が面倒だと考えたのか、私に婚約者があてがわれることはなかった。
そんな立場にあった私の生育環境は、王女としては劣悪なものだったのだろう、きっと。
お茶会など外で着るドレスは13歳の時に作ったのが最後で、もう何年も作っていない。
忘れ去られたかのようにお茶会にも招待されず、自分で開くことも出来ず。
そういえば、デビュタントも結局していない。
だから、私の顔を知らない貴族がほとんどだし、数少ない私を知る貴族は家庭教師くらいのもの。
その家庭教師も入れ替わりはなく、ずっと同じ人間が担当していた。
それは、別に熱心だったから、というわけではない。
むしろ逆で、適当に教えても十分な給料が支払われる美味しい仕事だから手放せない、と愉快そうに笑いながら言っていたのをうっかり聞いてしまった。
もちろんそれを聞いて家庭教師を代えて欲しいと訴えたのだが、却下された。
後でわかったのだけれど、侍女長とその家庭教師がグルで、家庭教師への謝礼金をはじめとする私関連の予算を横領していたから、変えさせまいとあれこれ手を打たれたらしい。
だから私は十分な教育を受けられず、本来自分のために使えるはずの予算も使えずじまい。
親も誰も、大人は頼りにならないと悟った私は、王城内にある図書室に通って一人で勉強をするようになった。
知識を得て、頭を動かして鍛えて、そうすればこの環境から抜け出す糸口になるのではと思って。
少しだけ風向きが変わったのは、ローラが私付きの侍女になってから。
男爵令嬢である彼女が王女である私の侍女になる、というのは正直に言えば異例のこと。
私の姉にあたる他の王女方に付いている侍女達は、皆伯爵以上の家の者が何人もあてがわれ、第一王女殿下の侍女など侯爵令嬢までいる程。
それに比べて男爵令嬢であるローラ一人というのがどれだけおかしいことか、明白だ。
どうも、やたらと私を目の敵にする第三王女殿下がそう仕向けたらしいのだけれど、結果として私にとってはその方が良かった。
「あんな馬鹿に教わる必要はないですって!」
なんて言いながら家庭教師を追い払い、彼女が勉強を教えてくれるようになった。
男爵令嬢にしては随分知識が豊富な彼女のおかげで私の勉強は一気に捗るようになり、家庭教師は働かずに給料だけもらえるようになり、ある意味でwin-winの状況が出来たため、ローラの所業が明るみに出ることはなかった。
若干複雑ではあるけれど私にはメリットしかないし、元々お金の流れはどうしようもなくおかしくなっていたのだ、私の知ったことではない。
開き直ってしまえば、随分と気が楽になったものだ。
それだけでも十分な助けになったのだけれど。
「姫様、たまには外の空気吸わないと病気になっちゃいますよ!」
何て言いながら、ローラは私を時折外に連れ出した。
第三王女殿下から王家の紋章付き馬車の使用を禁じられていたため、使えるのは使用人達用の質素なもの。
護衛もまともに付けられてないから、かえってそちらの方が人目を引かず良かったのかも知れない。
そしてこの時に御者のトムとも引き合わされた。
「あたしの昔なじみで、まあまあ使える奴ですし、何より信頼出来る奴ですよ!」
「昔なじみっていうか、良いように使われてただけじゃないっすかねぇ」
何て軽口を交わすのを見れば、二人が気安い関係なのは間違いない。
であれば、きっと信じていいのだろう。
なんて思うくらいに、私はすっかりローラを信頼していた。
そのトムは、随分と陽気な男だった。
「おいらは御者だ~陽気な御者だ~」
なんてご機嫌に歌いながら馬車を操る様子は、実に楽しげ。
長い道のりも、気分良く過ごせたものだ。
ただ。
時折、盛り上がってきたのか一層大きな声で歌い出し、オーバーアクションで鞭を振り回すなんてことがあった。
……多分本人は盛り上がってる風に見せたかったのだろうけど。
いつだったか、気付いてしまった。
彼が盛り上がってる時に、歌声でわかりにくくなっていたけれど、何かを弾く音がしたり風を切るような音がしていたことを。
多分あれは、襲撃だとか狙撃だとかを迎撃していたのではないだろうか。
そしてそういう時に限って私が外を見ないようにローラが誘導していたから、きっとそう。確かめることは出来なかったけれど。
……ということは、ローラも襲撃に気付いていたことになるのだけれど……馬車の中にいて、どうやって……?
多分聞いても教えてくれないだろうから、聞かなかったけれど。
ともあれ、こうして私は、ちょっと理解出来ないレベルで護衛として優秀な二人のおかげで、私視点では安全な外出が出来ていた。
「ああ、この花はこんな色なのね……ふふ、図鑑よりもずっと色鮮やかだわ」
何しろお花なんてもらったことないから知らなかったのよ、とか言ったらトムが泣きそうな顔になるだろうから飲み込んだ。
陽気な彼は、感情豊かな分、涙もろいところがある。
ちなみにローラは、『あ、憤ってるな』ってわかる笑顔になるから、やっぱりこんなこと聞かせるわけにはいかない。
彼女のことだから、察していたかも知れないけれど。
こうして私は外に出ることを覚え、様々な物に触れて知識と実際の擦り合わせをしていった。
摘んできたお花で香水を作ることを覚えたのもこの頃。
「いや姫様これ、売り物になりますって!」
とかローラが言い出した時には、流石に贔屓の引き倒しだと思ったものだ。
確かに良い出来だとは思ったけれど……他の香水をろくに知らないから、比べてどうかとかわからないのよね。
「それは言い過ぎというものよ。これくらい誰でも作れるんじゃないかしら」
「ほんとですって! わかりました、じゃあ実際に売ってきますから!」
これがほんとの売り言葉に買い言葉? とか思ったのは内緒。
まさか本当に売りにいくだなんて……。
どういうツテがあったのかわからないけれど、多めに作った香水を彼女は結構な値段で全て売りさばいてみせた。
おかげでそれなりにまとまったお金が手に入ったのは助かったけれど。
そうやって資金が出来たところで、私はもう少し遠出をするようにした。
というのも。その頃になると同腹の兄である第二王子殿下から書類仕事を押しつけ……もとい回されることが増えたのだけど、地方貴族の治める領地に問題点をいくつか発見してしまった。
しかし、このことを報告として上げても、第二王子殿下はわざわざ地方まで見に行くような性格ではない。
なので、私が行くようにしたのだ。
もちろん予算は横領されてるから、自費で。
実際に行ってみれば、やはり聞くと見るとでは大違い。
書類上よりも軽微だったケースもあったけれど、酷かったり深刻だったりするケースの方がやはり多かった。
また、そういう場合だと王家の紋章のない普通の馬車で来たお忍びの貴族令嬢風な私には、遠慮せず本音を話しやすかった様子。
王女相手だったらそれでもまだ体裁を取り繕うとしたかも知れないけれど、そうは見えない子供相手だ、気も緩んだのだろう。
おかげで待ったなしな現状を見知ってしまった私は、最初に見てきた案件に関して纏めた陳情書を第一王子殿下が処理していた書類の中に紛れ込ませた。
実際にやってくれたのはローラだけど。
まだ比較的まともに仕事をしている第一王子殿下はその陳情を何とかかんとか処理。
そうしたら、それを知った第二王子殿下が噴き上がった。こちらの思惑通りに。
「あいつに出来たことが、俺に出来ないはずがない!」
とか言い出して。
年齢差に母親の格付けと、重なる不利な条件を覆して王太子になりたい彼は、手柄を欲していた。
なのでそれ以降は基本的に陳情書の類いは第二王子殿下の方に回し、たまにある彼では無理だろうと思われるものは第一王子殿下の方に回して、と差配すれば、まあ片付くこと片付くこと。
何故かそれを見ていたトムが「怖ぇ……殿下怖ぇ……」とか言っていたけれど。
これくらい普通よね? とローラに尋ねたら、彼女は良い笑顔で親指を立てて応えてくれた。
そういう生活は、私としてはそれなりに充実していて、これはこれでいいか、と思っていた。
王族として生まれた責務を、民に対して果たせているのではないか、と。
その見返りに得られるものはないけれども、それは今更だったし。
ただ、やっぱり私はまだ未熟で隙の多い子供なのだろう。
大事なことをわかっていなかった。
こうやって陳情書を上げるようになっても、地方のトラブルは減らなかった。
そもそも根本的にというか大元の制度や仕組みを変えなければいけなかったのに、対症療法的な対応を繰り返していたのが原因。
例えば水利関係のもめ事が頻発するなら、用水を上手く分配出来るよう工事をするべきだった、だとか。
おまけに、減らないことが第二王子殿下にとって好都合であるのもよくなかった。
点数稼ぎになるからと、むしろトラブルを誘発させるような真似まで始める始末。
これで陛下や第一王子殿下が気付いて止めればまだましだったのに、二人は止めようとしなかった。
どうも、問題は起こっているが解決しているからいいじゃないか、という考えだったらしい。
それに、地方のトラブルは王家の収入源である港にほとんど影響を与えなかったから、本腰を入れなかったというのもあるだろう。
……国家の頂点に立つ人間として、もうちょっと大局的な見方をして欲しいと思うのは、求めすぎではないはずだ。
せめて私から進言出来ればあるいは何か変わっていたのかも知れないけれど、私にそんなことが出来るわけもなかった。
ここに、私がもう一つわかっていなかったことも絡んでくる。
私は、自分がやっていたことを何一つアピールしていなかった。それが、良くなかった。
つまり私は、表向きは何もしていないことになっていたのだ。
これで私のやってきたことが知られて居たら、いくら家族の情がほとんどない状態であっても話を聞いてはもらえたかも知れない。
けれど、知られていない状態では何か物申しても取り合ってもらえるはずもない。
だから私は、少しずつこの国の歯車が狂っていくのを見ているしかなくて。
結果、私自身の命運も左右されることになってしまった。
※ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
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