春に、彼の者ありて ※コミカライズ二巻発売記念
※今回ギャグ回的にはっちゃけております、お気をつけください。
「ねえローラ。私、アーク様に社交界は、狭すぎるように思うの」
「はい?」
ある日の昼下がり、あまりに唐突なニアの言葉に、ローラは思わず間抜けな声を出してしまった。
心から敬愛する女主人のニアの前では、彼女の前身であるソニア王女時代からこの方、隙を見せることなどなかった、と自認する彼女。
知らず知らずにということもあったりはしたのだが、それこそソニア王女が何も言わなかったので、実質なかったことになってはいるが。
ともあれ。
やってしまったと自覚する程に隙を見せてしまったのは……まあ、これが初めてではない。
それがまた、ローラにとっては面白くないのだが。
そんな彼女の内心を知ってか知らずか、ニアは言葉を続ける。
「だって、そうじゃない? アーク様のあの常任離れした身体能力。
それを社交ダンスの枠に収めてしまうのは、あまりに窮屈だと思うの」
「それは、まあ、その……そうかも知れませんが……あの、振り付けとかマナーとかそういう枠組みの話です?」
「いいえ、会場が狭いだとか周囲の人が危険という話だから、どちらかと言えば物理かしら」
「物理」
社交だとかを語るにおいてはあまり使われることのない言葉だけに、ローラがオウム返しなどしてしまったのも、無理からぬことではあるのだろう。
それでいて、妙な説得力もあるのだから質が悪い。
ニアの夫であるアーク・マクガインの身体能力は、明らかに異常だ。
長大な棘付き棍棒『狼牙棒』を軽々と振り回し、その質量と威力でもって兵士の数人を軽く吹き飛ばす武勇を誇る『黒狼』。
そんな彼がダンスフロアで全力移動なぞした日には、怪我人が山と積み上げられるに違いない。
もっとも、彼にはそんなことなどしない制御能力だとか自制心だとかが備わっているため、そんなことはありえないのだが。
……それがまた、ローラからすれば癪に思えてしまう時もあるのだが。
しかし、そこまで考えが至って、ローラはようやっとニアの言いたいことを理解出来た気がした。
「なるほど、ダンスフロアにいる周囲の人々に気を使って動きがぎこちなくなっている、と。
ぶつかってしまわないかと気も散るでしょうし」
「あ、そこは多分、無意識に回避しているのよ、アーク様」
「ほんとに人間ですか、あの方?」
不敬ギリギリかアウトな発言が思わず出てしまう。
腕利きの密偵としての顔も持つローラではあるが、そんな彼女でもそんな芸当など出来はしない。
「あら、酷い言い方ね、ローラ」
などと言い返すニアの表情がどこか誇らしげなのは、きっと気のせいではないのだろう。
誰よりもローラという人間を知っていて、その能力を認めているのは、きっと間違いなくニアだろう。
……最近同じく評価をしているような素振りを見せている某王子の顔がよぎったが、それはどこかへと追いやって。
ともかく。ローラを認めるニアだからこそ、ローラも及ばない領域にいるアークが誇らしくあるのだと。
そう思えば悔しくもあり。同時に、そんな伴侶が見つかったこと自体は喜ばしいことだと思ってしまうローラもいる。
絶対に、アークには悟られないようにしているけれど。
「酷くもなります。そんなこと、頭の後ろにも目がついているとかじゃないと無理じゃないですか。
仮にそうだとしたら、頭がおかしくなりそうですし」
「……それは、確かにそうね。今目の前にあることを観察するのだけでも疲れてしまうというのに、同時に反対も、となると」
「いえ、真面目に考えていただかなくても……ともあれ、そんなことをあの方は」
……出来てしまっているのだろうなぁ、とローラは内心で零す。
時折行われる、アーク対ローラ・トムコンビの稽古で見せるアークの動きは、そうとしか思えないもの。
常に挟み撃ちされないよう動くアークだが、それでも一度二度程度はそれを阻むことが出来る程度にはローラとトムも腕が立つ。
だが、千載一遇とも言えるその瞬間に仕掛けた攻撃が当たったことは、ただの一度もない。
左右からはもちろんのこと、前後に挟んだ時だって。
その時背後を取ったのはローラであり、もらった、と思った瞬間足元を払われて転倒したのもまた、ローラだった。
あの屈辱は、今もローラの脳裏から消えてくれない。
だからこそ、アークの異常とも言える周囲を認識する能力は認めざるを得ないのだが。
そして、認めているからこそ理解も出来る。
「ともあれ、理解はしました。周囲の状況を認識できてしまうからこそ、旦那様は遠慮して動きがぎこちなくなってしまう、と」
「そういうことなのよ。それがなんだか、とてももったいないように思えて」
「……あの、姫様。いえ、奥様。もう一つ、大事なことをお忘れかと思いますよ」
「もう一つ?」
やっと理解できたところで、ローラが気づいたところ。
珍しく、聡明なる彼女の女主人は気付けていないようだ。
何故か。……恐らく、と思い浮かぶ理由を思えば、歯噛みしたくもなるが。
「旦那様のパートナーは、奥様ですよ? それこそ旦那様が本気を出したら耐えられないでしょうに」
「……それは、そう、ね? ……不思議ね、そんなこと、考えたこともなかったわ」
心の底から不思議そうな顔をしているニアに、やはりか、とローラは思う。
ニアがそんなことを考えたこともなかった理由など、当のニア以外にとっては自明なこと。
彼女にとって世界で一番安全で、安心できる場所なのだ、アークの腕の中は。
そんな状況をニアは意識することなく享受している。
いや、意識させることなくアークが提供出来ている、と考えるべきか。
そんなところまで頭が回ってしまうから猶の事、ローラにとっては苛立たしくもあり、望ましい相手と出会えたと理解させられてもしまい。
口の中に砂糖とショウガを同時に詰め込まれたような顔にならざるを得ないのだ。
「ローラ、なんだかすごい顔になってるわよ?」
「気にしないでください、なんでもありませんので」
もちろんなんでもないことはないのだが、しかしそれを説明してしまうのもどうかと思う程度の理性はローラにも残っていた。
そして、彼女の女主人には、この程度では誤魔化されてくれない察しの良さがあった。
だから、何某か視線を逸らす話題が必要だった。
「それはともかく。そうおっしゃるのでしたら、何か今までにないダンスを考え出す、などが必要に思いますが」
「そうねぇ……まずダンスホールで皆様と踊る、という形ではなく……後は、私がお荷物にならないように……」
そこまで呟いたところで、ニアはハッとした顔になった。
そしてローラは、何か気づいてはいけないものに気付いてしまったのでは、という予感に襲われた。
「逆に、私をお荷物にしてもらったらいいのではないかしら」
「はい?」
「つまり、私を持ち上げてもらって、後はアーク様に好き放題踊ってもらって」
「奥様?」
「いえ、それだとやはり私が振り回され……むしろ、だから私がアーク様にしがみつく口実が出来る?」
「待ってください?!」
付き合いの長いローラにはわかる。
わかってしまった。
今のニアは、いわばゾーンに入った状態。
彼女の脳内は高速で回転し、様々な振り付けイメージを生み出していることだろう。
それも、危険な程に。
「こうしてはいられない、早速振り付けの先生に相談しなければ!」
「お待ちくださいましやがってください姫様!!」
駆け出そうとしたニアの腕を、ローラが掴む。
……彼女ですらギリギリのタイミングで。
それくらい、ニアの動きは鋭かった。
「離してローラ、私はこのダンスを世界に公開する責務があるの!」
「そんなの伯爵夫人の責務では……ないわけではないですが、今そんな勢いでやることじゃないんですよ!」
芸術文化方面に貢献するのは、貴族家の人間が持つ義務の一つといえる。
まして今を時めく伯爵夫人ともなれば、文化的な貢献は確かに責務とも言えるだろう。
だが、違う。これは違う。
上手く言葉には出来ないが、これは違うという確信がローラにはあった。
そして、ニアにはまた別の確信があった。
「だって、だって、これが一番アーク様が輝くダンスなんだもの~!」
悲痛なまでの叫びが、屋敷に響く。
奇しくもそれは、正しかった。
そのことが、後に証明されることとなる。
男性側が、パートナーである女性側を持ち上げて踊る、リフトと呼ばれる技法。
それを思う存分発揮できるよう、他に誰もいないフロアで踊るエキシビジョン形式。
アークの持つ身体能力と名声と社会的地位と王族からの支援があって実現されたその舞台は、圧巻の一言だった。
成人女性としては若干小柄なだけで平均に近い体格であるニアを軽々と抱えて、フロアの端から端まで駆け抜ける。
くるりくるりと振り回すようにターンを決める。
なんなら片手でニアをリフトし華麗なステップを刻む。
そんな無茶苦茶なダンスを披露すれば、それは色々な意味で注目を集めた。
輝いていた、と言ってもいいだろう。
ただ、その輝きが強すぎて、『あれはマクガイン卿にしか出来ない』との認識が多数を占め、リフトが一般的な技法として使われるようになるのは大分後にはなってしまうのだが。
アークを輝かせたいだけだったニアにとっては、些細なことであり、問題にもしなかったのだった。
※すみません、某ゲームの某イベントに脳を焼かれた結果がこの様でございました!!
そして更に申し訳ありません、4/20にコミカライズ2巻が発売されております!!
それに間に合わせたかったのですが、話がうまくまとまらず……開き直って好き勝手書いた結果がこの様でございます!
残念ながらこれにてコミカライズ最終巻、お取り寄せなどしていただくと確実に手に入れていただけるかと思いますので、よろしければ!
もちろん、電子版もございます!
ごつい鎧姿のアークが無双する様や、できる女主人として屋敷を仕切るニアも見られますので、是非ご覧いただければと思います!!




