送る言葉
こうして、現代に聖女伝説が蘇った。
正確にいえば蘇らせられたというのが本当のところだが、そこは誰も問題にしていないのだから、いいのだろう。
その主役は、もちろんニア。
俺はその隣に立つお相手役だ。
……正直に言えば役者が足りてないんじゃないか心配ではあるんだが、かといってこの役は誰にも譲れない。
だったら、無理してでも足りない分を補うだけだ。
「へぇ。いい男ぶりじゃないか」
珍しくアルフォンス殿下がストレートに褒めてくれている。
シルヴァリオ王国が併呑され、あれこれ面倒事を片付けるのに一か月ほど。
それからさらに一か月ほどの準備期間をおいて、ニアが聖女として神殿から認められる式典が行われることになった。
今日はその式典の日。
『黒狼』のイメージを強く打ち出した黒主体の衣装を身にまとう俺は、やや緊張した声でアルフォンス殿下へと答える。
「今日ばっかりは普段の五割り増しは男前じゃないといけないですからね」
「ふぅん」
俺の答えが不満だったのかなんなのか、殿下はただそれだけを言ってしばし沈黙。
じろじろと不躾に俺を値踏みするかのごとく見回すまでしてくる。
「なんですか、何かおっしゃりたいんですか」
「いやね。……お前も貴族が板についてきたと思ってさ」
「ほんとなんなんですか、急にそんなこと言い出して。変なものでも食ったんですか」
思わぬセリフに、ぎょっとしてしまう。
アルフォンス殿下がこんなことを言い出すなんて今日は雨でも降るんじゃないか、と思って窓から空を見るが、雲一つない快晴だ。
そんな俺の動きで、殿下は何が言いたいかなんてすぐに察してしまう。
「一応、本当にそう思ったんだよ。見栄を張る時には張るっていうのは、貴族の基本だからね」
「あ~、そういう。一応ってのは気になりますが、預かる領地がまた増えそうですし俺だって多少はなんとかしようと思いますよ」
今日の式典では流石に何もないが、ほぼほぼ内定してるような状態だ。
バルタザールを迎撃した戦では手柄をほぼ全部ファルロン伯爵に譲った形になったが、今回のシルヴァリオ王都攻略はそうはいかない。
単純に俺が先陣切って突入、ブリガンディア軍はほとんど血を流さずに攻略出来た、というのもある。
それに加えて、聖女の伴侶たる人間にはそれなりの地位がなければ、という政治的配慮も絡み、遠からず俺は伯爵に叙せられる予定だ。
……いくらなんでも急激すぎるだろ、この変化。
まあ、それも仕方のないところで。
シルヴァリオ王国が滅んだことで、大量の領地が手に入ってしまった。
きちんと治めていた地方領主の領地は安堵すればいいだけだが、シルヴァリオ王家直轄領はそうもいかない。
おまけに、今回捏造された聖女の『物語』を成立させるためには、領地没収だけでは収まらない。
本来の聖女だったソニア王女が虐待の末追放され、その最期を看取った親友であるニアに聖女の力が引き継がれた、という『物語』。
これは、過去にあった逸話を元にしているため、シルヴァリオ王国の民には抵抗なく受け入れられた。
そうなると、虐待していた側の断罪は免れない。
元々そのつもりだったが、期せずして大義名分も手に入ってしまった。
虐待の主犯である第三王女オリヴィアと側妃は斬首。
王家の尊厳ある死、毒杯を与えられるでなく、罪人として斬首に処されることはこの上ない屈辱となるだろう。
彼女らにそんなことを考えられる余裕があるかはわからないが。
元国王をはじめとする旧王族達は財産を没収の上で男爵へと臣籍降下。
最低限の貴族年金だけで糊口をしのぐことを余儀なくされている。
それも、いつ毒杯が差し入れられるかわからない生活となるのだ、身体と心、どちらが先にもたなくなるやら。
まあ、似たような扱いをされていたアルバシャフ家が必死に生き延びてきたのだ、シルヴァリオ家にも頑張ってもらいたいものである。
心にもない、とはこういうことだが。
ということで、俺はその激流の真っただ中に武功第一等、出世頭として放り込まれたのだから堪らない。
それでも、何とか踏ん張っていこうとは思っている。
「大体、貴族だろうが平民だろうが、男ってのは貴賤問わず見栄張ってないと恰好付かないもんでしょうよ」
いや、女性もそうなのかも知れんが。
だが、俺が見てきたのは大体男所帯ばっかりで、女性の目がない時の男ってのは男の俺から見てもだらしないもんだ。
それはそれで、気楽でもあり楽しくもあったんだが。
恰好つけたいと思える女性に出会ってしまったんだ、見栄も意地も張らないとならんだろ。
「……本当に、変われば変わるもんだねぇ」
一瞬呆気に取られたアルフォンス殿下が、くっくと喉の奥を鳴らしながら笑う。
うるさいな、俺だって柄でもないとは思ってるんだよ。
しかしもう昔の俺に戻れないのも事実なんだよなぁ。
ニアの隣を離れるなんて、もう俺には出来やしない。
「アークがそんなに変わるとはね。私も恋の一つくらいはしてみたくなったよ」
「……だから最近ローラにちょっかいかけてんですか」
思わずジト目になってしまったりするが、それは許して欲しい。
ただでさえ加速度的に忙しくなっていくことが予想されるってのに、ニアを任せられる貴重な人材を引き抜かれるのは勘弁して欲しい。
だが、俺の視線くらいでアルフォンス殿下が怯むわけもない。
むしろ冗談なのか本気なのかわからない顔で笑っているくらいだ。
「ま、それは否定しない。今のところ、彼女以上の人はいないからねぇ」
「都合がいいって意味でも、ですか」
「それも否定しないけどね」
ジト目のまま俺が言えば、殿下は笑いつつ否定もしない。
これが、この人の食えないところだ。
滅びた王家の血を引く男爵家の娘。尊い血筋ではありながら、政治的な力は一切ない。
その上器量もよく王族に負けない教養があり、各種能力も高いときている。
王位に興味はないが外向きの仕事はやっていくとアピールしたいアルフォンス殿下の伴侶として、これ以上の存在は中々考えつかないというのが正直なところだ。
これで、ローラのそういった都合の良さだけに目が行ってのアプローチであれば、ニアはもちろんのこと俺も許さない。
あいつの前では絶対に言わないが、ローラも俺にとって大事な身内なんだ、今となっちゃ。
ところが、ちゃんと一人の女性としても興味を持ってるっぽいから、対応に困っている。
「やっぱり一番は、彼女が興味深い女性ってことだよ。何しろ、この私がちょっかいかけても顔色一つ変えないんだよ?」
流石アルフォンス殿下、とにかく凄い自信だ。
それもそのはず、絵に描いたような王子様的外見の、本物の王子様。
おまけに次期国王間違いなしな兄を支える王家の剣で、地位は程よく安泰。
モテる要素の塊とすら言えるだろう。
もっとも、殿下のお眼鏡にかなうような知性のある女性だと、その腹黒さや伴侶になった際にこなさないといけない仕事量を見抜いてしまうだろうから、敬遠されるだろうけども。
おまけにローラは、ニアの傍を離れたくないという感情も強いわけで。
「無配慮に引き抜かれると俺も困ります、とはお伝えさせていただきます」
ローラのそんなところも買っている雇用主としては、守る姿勢を見せないとなるまい。
きっぱりと言い切った俺に、アルフォンス殿下が一瞬だけ目を丸くした。
かと思えば、すぐに笑い出した。
「は、あはは! いやほんとに貴族らしくなったよ、アーク! それでこそ、だ」
それはもう嬉しそうにアルフォンス殿下が言うのを聞けば……背筋が寒くなる。
長年の付き合いからくる勘なんだが……『これでもっと無茶ぶりが出来る』と言っているようにも聞こえて。
冗談じゃない、勘弁して欲しい。だが、俺に拒否権はない。中間管理職ってのはいつの時代でも悲しいもんだ。
どう返したもんか迷ってる間に、殿下は一人納得したのか、俺に背を向けた。
「じゃ、そろそろ時間だし、私はお暇するよ。……少しは緊張がほぐれたかい?」
意表を突かれ、俺は返す言葉もない。
そんな俺へと、殿下は追い打ちをかけてくる。
「それから。私から見れば、お前はいつだって男前だよ」
……だからさぁ。
こんなこと言われたら、軽口も悪態も出てくるわけないじゃないか。
ほんっとずるいわ、この人。
そんなことを考えている間に、殿下は姿を消した。
そして、程なくして儀式の裏方をしている神官が俺を呼びにやってくる。
……このタイミングまでわかってたんじゃないかって思えてしまうのが、ほんっとに殿下の底が知れないところだ。
「マクガイン子爵様、奥方様の……聖女様の準備が整いました」
「ありがとう。わかった、すぐに行く」
すぐさま俺は子爵の、貴族の仮面を被り、神官へと応じる。
……そんな自分に、内心で苦笑する。
多分、今鏡を見れば、見慣れた笑みに似た顔が見られるだろうから。
こういう時に俺が真似るのは、腐れ縁で無茶ぶりばっかりしてきて、けれど決して憎めない王子様の顔だ。
あの人のことだから気づいているだろうが、向こうが何も言わないから俺も言わない。
男ってのは、そういうもんだ。
だから俺は、誰憚ることなく誰かさんの真似をして堂々と歩きだす。
俺にとって世界一の女性を迎えに行くために。
※いよいよ明日、書籍第二巻、完結巻が発売されます!皆様、ここまでお読みくださり、ありがとうございます!!
書泉ブックタワー様、ゲーマーズ様にてサイン本も発売していただけるみたいですので、関東にお住まいの方は目撃だけでもしていただけると嬉しいです!(ぇ)
明日更新の最新話にて本作品は本編完結となります。
最後までお楽しみいただけると幸いです!




