王城陥落。そして
そして、翌日未明。
俺達は、地下通路へと潜入した。
「……えっげつな~……」
思わずそんな声が漏れてしまうような、エグい罠の数々を回避しながら。
この通路を通る資格のある人間以外は皆殺しだと言わんばかりに殺意の高い罠が、人間の心理を知り尽くしたかの如く巧妙に隠されていて、とてもじゃないが正攻法じゃ突破出来る気がしない。
少なくとも、二日で突破出来るようなものじゃないことだけは確か。
それだけ時間がかかってしまえば、向こうに気づかれた可能性だってきっとあっただろう。
そうなってしまえば、囮として地上に残る部隊に攻撃をして気を引いてもらわなければならなかったはずで。
少なくない数の犠牲者を出す羽目になっていたところだろう。
だが、その損害はニアの的確な案内で回避出来た。
「ローラ、次はあちらにスイッチが」
「はい、奥様」
指示が飛べば、まるでニアの手か何かのごとく意図した通り俊敏に動くローラ。
二人のチームワークで、罠は次から次へと解除されていく。
「いやほんと、見事なもんだ」
思わず感心して呟けば、隣に立つニアがにっこりと笑いかけてきてくれる。
……至近距離でのこれは、なかなかえげつない破壊力があるな、ほんと。
ゴホゴホと咳き込んで照れそうになるのを誤魔化したりしている俺に、後ろからヤジが飛んでくる。
「ちょっと隊長、こんなところでいちゃつかないでくれませんか!」
「いちゃついてねーよ、バッキャロー!」
振り返れば、後ろに控えるのは特務騎士団から選抜された百名の騎士達。
ほとんどが元部下であり、幾度も戦場で共に戦った仲だから、気安い関係ではある。
だからつい反射的に怒鳴り返しちまったが、やばい、今はニアが隣にいる!
……と思いつつちらりとニアの様子を伺えば、そんな俺をニアはクスクスと笑いながら楽し気に見ていた。
なんて出来た人なんだ、本当に。
「ふふ、なんだかそういうアーク様を見るのは新鮮ですね」
「いやなんというか、お恥ずかしい」
笑うニアと視線が合わせられないのは勘弁していただきたい。
普段ニアと接してる時も演技したりしてるわけじゃないんだが、やっぱり気を使ってるのは事実。
もうちょっと砕けた方がいいんだろうか、と思わなくもないんだが、こう、踏ん切りというかきっかけというかがないとどうにもこうにも。
うだうだと俺が考えている間にもニアの指示は飛び、ローラが飛ぶように移動して罠を解除していく。
「最初は正直どうかと思ったんですが、二人に来てもらって正解でした。こうもテキパキと解除が進むなんて」
と、軽い気持ちで言ったんだが。
ニアは、一瞬考え込むような様子を見せた。
「……どうかしましたか?」
「いえ、その……順調すぎるのです」
ニアの言葉に、俺の、いや俺達の足が止まる。
順調すぎる時こそ警戒しなければいけない。
そんな鉄則が叩き込まれている連中だ、反応が早い。
「敵の罠である可能性がある、と?」
「そうとも言い難いのです。先だって申し上げた通り、ここの罠は時間によって解除法が変わります。その解除法が、どれも一番簡単なものになっているタイミングでばかり遭遇していまして。ですが、複雑な機構で制御されていますから、簡単にいじることも出来ないはずなんです」
「偶然というには出来過ぎている。しかし、意図的にそう出来るものではない、と」
俺が確認すれば、ニアもこくりと頷き返してくる。
……どういうこった、一体。
しかも、罠を解除しながら進まなければいけないから、偵察役を先行させるわけにもいかない。
警戒しつつ罠を解除しながら進むしかないが、それも面白くない。
と、しばし考えていた時、思わぬ言葉が聞こえてきた。
「もしかしたら、この城が奥様を歓迎しているのかも知れませんよ」
罠の解除を終えたローラが、ニアの傍に歩み寄りながら言う。
こいつも冗談を言うのか、とも思ったのだが。
一笑に付すことも出来なかった。
「案外、冗談でもないかも知れんな」
少しばかり意識を集中させると感じる、空気の流れ。
こんな地下通路に風が通るわけもないのに、何故か俺の感覚はわずかな流れがある方向へと向かっていくのを捉えている。
「ニア、最終的な出口は、あちらの方ですか?」
俺が指させば、ニアは一瞬驚き。
それから、こくりと頷いた。
こうなってくると、この空気の流れまで城の手招きのように感じられてくるじゃないか。
それでも、今の俺はこの部隊の隊長。
楽観的な考えに染まるわけにもいかない。
「総員、警戒は厳に。この五人は合図ですぐ前に出られるようにしておけ」
「了解!」
俺やニアのすぐ後ろに立っていた五人に指示を出せば、彼らもすぐさま返事をしてくる。
申し訳ないが、何かあった時には彼らに守ってもらわなければならない。
俺が死ねば指揮系統が乱れ、ニアがいなければ撤退する時に罠を発動させてしまう可能性がある。
つまり俺達二人が死ねば、そのままここにいる百人も死ぬことになるわけだ。
それがわかっているから、彼らも迷うことなく応じたわけだが。
「こんな指示、空振りに終わってくれたらいいんだが」
思わず、ぼやく。
そんなことは戦場では起こらない、とよく知っているにも関わらず。
それでも、願わずにはいられなかった。
だから。
……本当に何も起こらず、警戒が空振りに終わったと知った時、俺が拍子抜けした顔になってしまったのも仕方のないことだと思う。
こうして俺達は、無事シルヴァリオ王宮への潜入に成功した。
潜入作戦とあって人員は最小限、特務大隊から選抜された百名が、一人として欠けることなく王宮に潜入出来たのは本当に僥倖だったと言える。
以前王宮に出入りした際に観察した結果とニアからの情報から、王宮の制圧にはこの人数で十分と判断された。
……おかしいな、王宮を警護する近衛騎士と警備兵は五百人ほどいるはずなんだが。
もっとも、俺の感覚とも合致しているのが悲しいというかなんというか。
といっても、近衛騎士団がただ惰弱ということではない。
広大な王宮に分散配置されているため、各個撃破を繰り返せば制圧出来るという計算に基づくもの。
当然、一区画に百人だとか固まっているわけもなく、精々十人いればいい方だろう。
そこに、百人が奇襲をかける。
彼我の練度も考えると、区画の制圧に一分とかからなかった。
後はそれを繰り返していくだけである。
そして、繰り返した。
呆気ないほどに淡々と。
途中から、部隊を半数に分けての制圧が可能になったほどに。
一気に国王を確保した場合、そこにシルヴァリオ近衛騎士団が押しかけてくる羽目になる可能性があった。
だから、中央へと向かう部隊と外周を制圧する部隊に分かれたわけだ。
結果としてそれは、正解だった。
異変に気付いた警備兵が駆け付けてくることもあったが、それは統制の取れていない散発的なものばかり。
やたらと調子がいい俺が率いる部隊の敵ではなく、草刈よりも簡単に薙ぎ払っていって。
無人の野を行くがごとく、あっという間に俺達は王宮の中央を占拠した。
「……おかしいな?」
国王を捕縛させながら、俺は小さく呟く。
あっさりと国王を捕縛出来たことに、ではない。
ここにいるべき人間が、いない。
「なんで近衛騎士団長がここにいない?」
俺の呟きを拾った特務大隊の騎士達が辺りを見回す。
国王を守る責任者たる近衛騎士団長が、いないのだ。
「……他の王族も確保しろ!」
俺が指示を出せば、五人ずつの組を一瞬で組み、特務大隊の騎士達が散っていく。
頭の回る自己保身欲の強い人間であれば、誰か王族を伴って逃げる可能性がある。
そうすれば、再起を図ることが出来なくもない。大分可能性は薄いが。
それでも、この状況であればそう考える可能性はあるだろう。
そこまでの推察を一々言うまでもなく、特務大隊の面々は動いてくれた。
であれば。
「……恐らく、近衛騎士団長は第三王女オリヴィアの元にいます」
ニアが、俺の意図を汲まないわけがなく。
さらに、内部事情をよく知っているのだから、助言がないわけもない。
「ああ、そういうことですか」
……声を抑えたつもりだったが、成功しただろうか。
気丈なニアの表情は変わらないから、いまいちはっきりしない。
だが、俺の腸は煮えくり返りそうになっていた。
ソニア王女の虐待を率先して行っていたと思われる第三王女。
そして、警備責任者の立場でありながらその虐待を見過ごしていた近衛騎士団長。
この二人が、結びついているのだとしたら。
……真面目に、俺は自分を止められる自信がない。
強いて言うならば、ニアの目の前で血をまき散らすような真似はしたくないという気持ちだけが抑止力になるだろうか。
ならないかも知れないが、そこはなんとかしたい。
そんな気持ちを抱えながら、俺はニアの案内に従って第三王女オリヴィアの私室へと踏み込んだ。
「キャ、キャアアア!? な、何、無礼者!」
「貴様ら、ここを第三王女殿下の居室と知っての狼藉か!?」
……残念なことに、ニアの推測は当たっていた。
こんな状況だというのに発情していたんだろう胸糞悪い臭いがする。
もういいかな、切り捨てちゃっても。
と、俺の頭が妙に冷たくなったその時だった。
「……な、なんであんたがここにいるのよ!? ヒロインのあんたがここにいたら、あたしが悪役王女になっちゃうじゃない!」
金切り声を上げながら、第三王女がニアを指さした。
悪役、王女?
その言葉に、俺は動きを止めた。
聞き慣れない言葉ではある。
だが、聞き覚えもある。
正確に言えば、前に耳にしたのは悪役令嬢、という言葉だったが。
しかし、恐らく同類の言葉だろうと理解も出来た。
ていうか、だ。
「……あなたは、私のことがわかるのですね」
静かな声で、複雑な表情のニアが言う。
言われてみればそうだ。この第三王女オリヴィアは、一目みただけでニアがソニア王女であることを見抜いた、らしい。
でなければ、完全武装した騎士達よりもニアの存在に目を奪われるはずがない。
「当たり前でしょ!? やっと、やっとあんたを追放出来たっていうのに!」
ああ。
こいつか。
全ての元凶は、こいつだったのか。
妙にはっきりしている思考の中、俺はそんなことを思う。
そういえば、ソニア王女を特に攻撃していたのは、この第三王女だったな。
そんなことを考えている間にも、第三王女は金切り声で何やらあれこれ言い募っている。
そのどれもが、聞き覚えのある言葉だった。
「どこぞのピンク頭みてぇなことを言うんだな」
あ、いかん、言葉遣いが乱暴になっちまった。
だが、それはそれで効果的だったらしい。
びくっと身を震わせた第三王女は、顔色を青くしながら俺の方を向いた。
「ま、まさかあんたが、前作ヒロインを捕まえたの!?」
どうやら、ビンゴだったらしい。
ブリガンディア王国第一王子を誑かした男爵令嬢の髪色は、ピンク。
そして奴は、自分のことを『ヒロイン』だとか自称してやがった。
「言ってることの半分も意味がわからんがな、あの男爵令嬢を捕まえたのは俺じゃない。当時俺はガキだったしな」
学生ですらなかったが、それでもピンク頭の戯言は耳に入ってきた。
頭のおかしな奴の妄言として。
実際、そうとしか思えない発言ばかりだった。
そして今、同じようなことを言っている人間を目の前にしている。
「貴様っ! 王女殿下に対して不敬であろうがぶぁっ!?」
頭に血を上らせた近衛騎士団長と思しき男が斬りかかってきたんだが、思い切り殴り飛ばして黙らせた。
……いや弱すぎだろ、いくらなんでも。
こんな屑野郎でも、権力があったら王宮内で我が物顔に振舞えるもんなのか。
虚しさも感じるが、そんな腐った王宮も今日限りでおしまいだ。
そう自分に言い聞かせ、何とか自分を制御する。
「なぁ~にが悪役王女だ」
あ、いかん、それでも声がめっちゃ低くなった。
ドスの効いた俺の声に、第三王女は硬直し。それから、ガタガタとみっともないくらいに身震いをし始めた。
こんな奴のためにニアが、ソニア王女が虐げられていたのかと思えば、怒りも呆れも湧いてくる。
おかげで、なんとか理性を保てているところはあるが。
「お前がソニア王女にしてきたことを思い出してみろ」
俺の言葉が、第三王女の耳に入っているのかどうか、正直よくわからない。
だがそれでも、一応思い出せるだろう時間を置いてから、俺は告げた。
「とっくにお前は、悪役じゃねぇか」
……これは、確実に届いたらしい。
第三王女オリヴィアは、目を見開いた驚愕の表情で固まり。
数秒かけて理解した、のだろう。
間をおいてから、悲鳴のような金切り声が響き渡った。
「ち、違う違う違う違う! あたしは悪役じゃない、悪役王女で破滅したりなんかしないぃぃ!」
思わずため息を吐いてしまう。
こいつはとっくに悪役で、既に詰んでることに気づいていないんだろうか。
そういやあの男爵令嬢も最後まで現実を受け入れられてなかったよなぁ。
「諦めろ。お前はもう終わってんだよ」
「終わってない、終わってるわけがない! だって、だってまだシナリオが始まってもいないじゃない!」
シナリオ、ね。
「ほんっとうにあの男爵令嬢と同じようなことしか言わねぇんだな。何がシナリオだ、芝居でもやってたつもりかよ」
落ち着け俺。
そう言い聞かせないと、今にもブチ切れそうだ。
いくらなんでも、そんなとこをニアに見せるわけにはいかない。
一番の被害者である彼女を差し置いてだなんて、なおのことだ。
「そのシナリオとやらのために、一体どれだけ、何年、ニアを踏みにじってきやがった? てめぇのくだらん猿芝居に、どんだけの価値があるってんだ」
答えはない。どうでもいい。そんなもん、端から必要としちゃいない。
そもそもこいつの中に、答えはない。
こいつは、そんなことを考えたこともない。
「どうせ、考えたこともなかったんだろ? 相手が人間だって。心があるんだって。てめぇの都合に合わせて動く人形くらいにしか思ってなかったんだろう?」
「ひっ、ひぃっ!?」
図星なのかなんなのか、悲鳴を上げて後ろに下がる第三王女。
だが、すぐに背中は壁にぶつかった。
こいつに逃げ場はない。
そんなもん、与えてやるつもりもない。
「楽しかったか? 面白かったか? こんな時に乳繰り合ってるくらいだもんな、さぞかし楽しかったろうよ!」
「ち、ちがっ、あたしはっ、あたしはっ!」
何か言い訳をしようとしているが、聞く耳は持たない。
こいつが何か意味があることを言うとは思えない。
恐らくこいつの世界に、俺達はいないから。
何故だか、妙な確信を持って俺はそう思った。
「人を人とも思わず、踏みにじって笑っている。そんな人間は、なんて呼ばれるんだろうな」
「やめっ、やめてっ! 言わないで! だって、だって!」
ため息が出そうになる。
こいつは、この期に及んでもまだ、反省も謝罪もない。
言い訳に終始している姿は、芝居の最後によく見るものだ。
「お前は、どうしようもない『悪役』だよ、王女様!」
「いやっ、いやあぁぁぁぁ!!」
俺から見える、第三王女の姿を表した言葉。
それを突き付けた瞬間、奴は頭をかきむしり、髪を振り乱し、悲鳴のような叫びをあげ。
「……なんだ!?」
その身体から、黒い靄のような何かを迸らせた。




