彼女は、突き進む。
恐らく、作戦計画を聞いてもゲイルは苦笑したことだろう。
何しろ、王族しか知らないはずの地下通路を使って王宮に突入する、というものなのだから。
ブリガンディアの王都にもあるそれは、恐らくシルヴァリオにもあるだろうと殿下は予測していて、それは当たっていた。
そのことをバルタザールに問いただせば、命惜しさからか奴はペラペラとしゃべるったらない。
あまりにペラペラしゃべるもんだから、なんかおかしい、とは思ったんだが。
「嘘は吐いてませんが、全てを話したわけでもありませんね」
と、隠れて聞いていたニアの補足に、納得してしまったもんだ。
抜け道は、王族しか知らないはずだが万が一見つけられる場合も考えられる。
だから、解除の仕方を王族しか知らない罠が点在しているんだという。
「その罠を、いくつか話していません。特に、致命的なものを三つばかり」
「なるほど、賢しらなことだねぇ。真実の中に嘘を紛れ込ませるのが上手な詐欺師というものだが、奴もそのことは知っていたわけだ」
尋問後、陣幕に戻ってニアの説明を聞きながら、アルフォンス殿下が楽し気に笑う。
多分、奴が嘘を言うか全てはしゃべらないかを殿下は予測していたんだろうな。
それが見事に的中した。つまり、結局奴は殿下の掌の上から逃れられなかったわけだ。
「バルタザールが話した罠の一つに、解除がとても難しいものがあります。そして、王族はその解除法を知っていますが、彼はまだ伏せています。恐らくアルフォンス殿下でしたら、この情報を鵜吞みにせず下見の偵察を出したはず。そこで偵察に被害が出たところで『解除法を知っているから連れていけ』と持ち掛けるつもりだったのではないかと」
「最初から教えるのではなく、自分の価値を吊り上げてから売り込むつもりだった、と。地下通路に同行して罠を解除、信頼を獲得しながらある程度進んだところで致命的な罠に同行部隊を嵌めるつもりだったのかもね」
「恐らくそうではないかと。そうすれば、逃げ出して王宮に戻ることが出来ると考えたのでしょう」
頭のいい人達の会話って怖いなぁ。
そんなことを思いながら、淀みなく続いていく殿下とニアの会話を俺は見守っていた。
中途半端な策士であるところのバルタザールは、このタイミング、最後の仕上げと勢い込みそうなところを狙っていたわけだ。
その狙い自体は悪くないんだが……相手が悪い。
「あれもこれもとペラペラしゃべっていたのも、彼なりの罠だったんだろうねぇ。命惜しさに何でもかんでもしゃべる人間、と思わせようとしたわけだ」
「人間は、自分と同じように他の人間も考えるものと思い込みがちだそうですから」
「相手を簡単に見下すような人間と思われていたわけだ、私は。そんなことはないのにねぇ」
ええ、そうですね。多分いい意味でではなく。
そんな言葉を俺は飲み込む。これが殿下の執務室での雑談ならともかく、今は作戦会議中だからな。
殿下の場合は、下に見るのではなく離れたところから観察しているようなイメージ。
相手を丸裸にしたところで仕留めにかかるような人だ、油断なんかするわけがない。
「さて、これで地下通路の全貌はわかったわけだけれど。流石に突破するのは中々骨のようだ」
これで『通路がわかった! 突撃!』なんて言い出す人間なら、見事に引っかかったんだろうが。
バルタザールは、相手の見積もりが甘すぎるんじゃなかろうか。
いや、だからあんな無様な負け方をしたんだから、今更か。
「工兵の数は十分にいますから、二日もあれば、恐らくは」
俺の言葉に、殿下も小さく頷いて返す。
が、すぐには結論を出さない。
俺も敢えて伏せたんだが。……さて、果たしてどれだけの死傷者が出るものか。
もちろん、ニアから十分罠のことを聞き出してからにはなるんだが……と、そう考えていた時だった。
「あの、アルフォンス殿下。差し出がましいこととはわかっておりますが……私を同行させていただけませんか?」
まさかの発言が、ニアの口から飛び出した。
もちろん俺はぎょっとしたし、アルフォンス殿下すら一瞬固まった。
だが、すぐに平静を取り戻したのは、流石というかなんというか。
そんな殿下を見て俺も立ち直れたのだが、頭が回りだしたが故に声を上げそうになり……すぐに言いよどむ。
「ニア、それは……」
とんでもないことだ、と言いたい。
しかし同時に、それが合理的であることも頭では理解してしまった。
「そんなに、解除の手順は複雑なのかい?」
そんな俺の心を代弁するかのごとく、アルフォンス殿下がニアへと質問する。
ニアが、何の考えもなしにこんなことを言うはずがない。
ということは、つまりそういうことなのだろう。
そして、やはりニアは頷いていた。
「はい。正確に申し上げれば、複雑なだけでなく、タイミングによって解除方法が変わります」
「つまり、どの解除方法を使えばいいのかをまず見極めなければならない、ということか」
そこまで言ったところで、アルフォンス殿下が「ふぅ」と息を吐き出した。
こんな殿下は珍しいが、気持ちはわからなくもない。
というか、今一番ため息を吐きたいのは俺だと思う。
「アーク、どう考える?」
だからだろうか、殿下は俺に問いを振ってきた。
それも、『思う?』ではなく『考える』ときたもんだ。
つまり、感情ではなく理屈での判断を問われているわけで。
「……感情を排して言えば、有効な手段かと愚考いたします」
俺は、そう答えるしかなかった。
それから、陣幕の中に集った面々を見回す。
アルフォンス殿下とニアはもちろんとして、ファルロン伯爵やバラクーダ伯爵は利を取ってくれるだろう。
面倒なことになりそうな、王国騎士団のお偉方は今ここにいない。
……まさか、ここまで見越してたのか、アルフォンス殿下。
「ニアには、色々な事情がありまして。……シルヴァリオ王国にとどめを刺す機会をいただけるのであれば、これ以上のことはありません」
出来るだけ感情を抑えながら言えば、ファルロン伯爵は何かを察したのか表情を固くした。
言い方が悪かったのは認める。というか、わざとだ。
間違ってもいないのが、我ながら悪辣だとも思うけれども。
「そういうことであれば、我々は主攻に見せかけた囮を引き受けるのもやぶさかではありませんな!」
バラクーダ伯爵などは、豪快に笑い飛ばしてくれている。
彼からすれば、細腕でもってシルヴァリオ王国に殴りかかろうとしているニアは愉快でたまらないのだろう。
……正直、俺にもそう思うところがないわけではない。
それ以上に、ニアに本懐を遂げさせたいという思いが強いわけだが。
「よろしい。では、マクガイン子爵夫人を伴っての潜入奇襲を採択する」
きっと、筋書き通りだったのだろう。
アルフォンス殿下が宣言すれば、最早異論など誰にもあるわけがなく。
俺達は、揃って頭を下げたのだった。




