シルヴァリオ王都攻防戦……の、はずだったのに。
そこからは、本当に早かった。
まずはバルタザールが攻め込んできた証拠として奴の兜を添えつつ、早馬でシルヴァリオ王家へとあちらの再侵攻を理由とした宣戦布告を通達。
当然向こうは大慌て、「何かの間違いだ!」とか言ってたが、無視。
間違いも何も、バルタザールの身柄はこっちで抑えてんだしな。
こちらの反攻が正当なものであることを証明するためだけに奴には生きてもらっている。
もちろん、ことが終われば用済みだ。
一応、向こうが「そんな奴は知らん、似ているだけの偽物だ」とか言ってくる可能性もあるわけだが。
その場合あいつの死期が早まるだけで、こっちのやることは変わらない。
国際的にも、シルヴァリオが攻め込んできたのはとっくに事実として知れ渡っているのだから。
そして、あちらの返事を待たず、早馬が到着しただろうタイミングで侵攻を開始。
ブリガンディアとシルヴァリオ、両王都を結ぶ主要街道を攻めあがる主力部隊が約一万。
あれだ、最初に俺がシルヴァリオ王都へ向かった時に使った街道だな。
ちなみに国境都市であるヴェスティゴは、太守をこちら側に引き込む工作に成功しており、難なく通れたそうだ。
あの太守も気は弱いが判断力はあったからなぁ、もうシルヴァリオ王家はダメだと見切ったんだろう。
それに合わせて、俺達の方も侵攻を開始。
ファルロン伯爵率いる旅団にアルフォンス殿下が率いる特務大隊が合流して七千人近くになった大所帯だ。
地理に明るいニアの案内がある上に、事前に何人かのシルヴァリオ貴族にも話を通していたので進軍は極めてスムーズ。
途中でバルタザールと組んでいた商人ゴートゥックを拘束する一幕もあったんだが、あまりにもあっさり終ったんで詳細は割愛。
距離で言えばこちらの部隊の方が距離は長かったのに、シルヴァリオ王都には主力部隊とほとんど同時に到着することが出来た。
「……流石に歯ごたえが無さすぎじゃないかねぇ?」
目と鼻の先までせまったシルヴァリオ王都を囲う壁を見ながら、愚痴とも冗談ともつかない口調で思わず俺は零してしまう。
「義父も同じことを言ってましたよ」
聞き慣れた声に振り返れば、そこにいたのは苦笑を浮かべたゲイルだった。
「ゲイルじゃないか! なんだ、バラクーダ伯爵と一緒に来てたのか?」
「はい、これも次期当主の修行と言われまして……」
なるほど、相変わらずの教育方針らしい。
バラクーダ伯爵家は、当主も嫡男も死を恐れず過酷な戦場に身を置くという家風を持つ。
そのせいで先日の戦争で伯爵は嫡男を亡くした上に、後継ぎの娘婿として俺にちょっかいを出してきたりとちょっとした騒動が起こった。
結果として、ゲイルという優秀で政治的にも問題のない娘婿を獲得したわけだが……その大事な娘婿も、やはり実戦で鍛えるつもりのようだ。
もっとも、ゲイルであれば修羅場を幾度もくぐってきているから、大丈夫だとは思うが。
「となると、さしずめこれは、攻城戦の教育ってところか?」
「あまり参考にはならんかもしれんが、とはおっしゃってましたが」
返ってきた言葉に、俺も思わず苦笑を浮かべる。
そう、こんな軽口をのんきに叩き合えるくらいに、何もない。
こんな、王都がすぐそこに見えるところまで来ているというのに。
何故かといえば、シルヴァリオ王国軍は王都での籠城を選択したからだ。
俺達ブリガンディア王国軍が総勢一万七千人ばかり。
それに対してシルヴァリオ側は二万を超える数がまだ残っていたはずなんだが……それでも、奴らは打って出てこなかった。
「まあ、向こうの事情もわからんではないが。恐らく二万の軍を率いて会戦に臨むことが出来る総指揮官がいないんだろ」
「そういえば、アイゼンダルク伯爵が不在なのでしたか。それでも、近衛騎士団長などは残っているのでは?」
「残ってるってことは、そういうことだろ?」
「……ああ、そういう……」
端的すぎる俺の物言いに、しかしゲイルは納得してまた苦笑した。
軽く調べたところ、シルヴァリオの近衛騎士団長に、実戦経験はない。
御大層な役職名がついてはいるが、実際のところは王宮警備の責任者程度の経験しかないのだ。
だから、二万なんて大軍を指揮することなんてとても出来やしない。
おまけに、その王宮警備すら碌に出来なかった無能、もしくは汚職に塗れた腐れ外道のどちらか、あるいは両方だってんだから質が悪い。
ソニア王女への虐待とも言える扱いを看過していた奴だ、当然俺の『絶対ぶん殴る』リストの上位にきっちりランクインしている。
「だから、向こうの守備も現場判断ばかりで統率だとか意図のないものになるだろうし、多分それで守れるとあっちは勘違いしてんじゃないかな」
「それは、確かに勉強にならなさそうです」
などと笑うゲイルを前にして思う。
こいつ、早くもバラクーダ伯爵家流に染まり始めてんな~、と。
いや、元々現場上がりだからこういう冗談もたしなむやつだったが、もうちょい濃いめになってる気がする。
この分だと、婚約者であるエミリア嬢と結婚する頃にはいい具合に仕上がってるんじゃないだろうか。
だったら、今のゲイルには通じるかも知れん。
「実際、今回は勉強にならんと思うぞ。それも、全くと言っていい程に」
「はい? ……もしかして、正攻法を使わない、ということですか?」
言いたいことは通じたが。
……これで詰まらなさそうな顔をしてたら大分こっち側なんだが、まだそこまではいってないようだ。
若干安心するような気分を味わいながら、俺は笑ってみせた。
「その通り。なんせこっちには、素晴らしい情報源があるからな」
「ああ、なるほど、言われてみればそれはそうですね」
納得した顔で頷くゲイル。
もちろんゲイルにも、シルヴァリオの第二王子であるバルタザールが捕虜となっていることは伝わっている。
普通はそれだけでも十分な話ではあるんだが。
「しかし、相手は策士気取りの自惚れ屋と聞いていますが、大丈夫ですか? こちらを策に嵌めようとしてきたりはしないでしょうか」
こういうとこに気が回るのは、流石だと思う。
実際、普通はそこも気を付けないといけないポイントだろう。
「あのアルフォンス殿下だぞ? 裏取りをしないわけがないじゃないか」
「言われてみれば、それもそうですね」
と、ゲイルは納得したが、まさか裏取りの仕方が普通じゃない、なんてことには気づかないようだ。
まあ考えつきもせんよな、元王族がいて、二人の言ってることを照らし合わせているだなんて。
さっき言った『素晴らしい情報源』とは、バルタザールじゃなくニアなのだ、俺の中では。
……こう考えると、つくづく王族を冷遇するってのは拙いことなんだなと実感する。
うっかり出奔された日には、あっさり致命傷になりかねない。
というか、今まさに、それが致命傷となって一つの国が落ちかけてるわけなんだが。
「ま、勉強にはならんだろうが……面白いもんは見られると思うぞ」
なんてうそぶく俺に、ゲイルは苦笑をまた見せるのだった。




