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対峙。そして。

 ニアの承諾を受けた殿下は、捕らえられているシルヴァリオ王国第二王子バルタザールの元へ案内するようファルロン伯爵に指示を出すも、彼は困惑した。


「殿下、マクガイン卿はわかりますが、何故子爵夫人まで? 彼女のようなご婦人をお連れする場所ではないと思うのですが」

「うん、伯爵が言うのももっともなんだけどね。けど、彼女にこそ足を運んでもらう必要があるんだ」

「左様ですか……かしこまりました、ご下命通りに」


 アルフォンス殿下が答えれば、納得しきっていないもののファルロン伯爵も流石にそれ以上抵抗はしない。

 多分、ニアも、そして夫である俺もそれが当然とばかりの顔をしていたこともあるんだろう。

 すぐに部下へと命じて一人は牢へ、もう一人は殿下の護衛を集めに走る。

 ほどなくして準備が整えば、俺達は牢へと移動した。


「なっ、なんだ貴様らっ、この俺に、何の用だっ!」


 牢の中にいる、バルタザールと思しき人物が狼狽えた声で俺達に向かって声を上げてきた。

 いや、こいつが偉そうに振舞ってるところも見ていたし、着ていた鎧にシヴァリオ王家の紋章も入っていたから、ほぼほぼ確定ではあるんだが。

 だがまあ、一応まだ確定ではない。建前上は。


「お、俺をシルヴァリオ王家第二王子バルタザールと知っての狼藉か!? だとしたらなんだこの扱いは、これが王族に対する態度か!? そ、そうだ、王族に対する正当な扱いを要求する!」


 とか考えてたら、自分で言い出しやがった、こいつ。

 それが自分の首を絞めてるってことをわかってんだろうか。

 いや、わかってないんだろうなぁ、多分。


「なるほど。これでお前を王族詐称で打ち首にする口実も出来たわけだが」

「は!?」


 あ、もう言っちゃうんですね、殿下。

 ってことは、殿下としてはここでさくっとバルタザールにご退場いただくつもりはないってことか。

 

「ま、待て、詐称とはどういうことだ、俺は本当に正真正銘、シルヴァリオの王族だぞ、第二王子なんだぞ!」


 子供か。

 慌てふためく様子に、最初に思ったのがそれだ。

 っていうか、殿下の言葉を真に受けてやがる。

 ……もしかして、この反応でバルタザールの器を見極めてるのか?

 多分、いきなり底値になったとは思うんだが。


「お前がそう主張しているだけだろう? ああ、鎧に王家の紋章も刻んであったが」

「そ、そうだろ!? だから、俺は」

「紋章の偽造と不正使用は重罪だ。逆さ磔にでもした方がいいかも知れない」

「違うだろ、そうじゃないだろ!?」


 淡々と話すアルフォンス殿下へと、必死に訴えるバルタザール。

 だが、感情的なだけで、何の訴求力もないのが滑稽というか哀れというか。

 例えば今の話でも、あれだけの腕を持つ職人でそんな重罪に加担するような奴がいるわけないだろ、みたいな反論の仕方も出来なくはない。

 奴が身に着けていた鎧は実に見事で、職人が誇りをもって仕上げたことがわかる逸品。

 紋章をモグリの職人が後から刻み込んだような粗末な仕上げではなかった。

 もしかしたら、裏社会にはそんな仕事を完璧にやってのける凄腕職人もいるのかもしれないが……特務大隊の情報網にそんな奴は引っかかってないし、そもそも王家御用達に匹敵するような腕でそんなリスクの大きい世渡りをするのは、正直割に合わないと思う。

 だから、説得力のない反論ではないんだが、奴はそんなことも考えつかなかったようだ。

 奴の今までの言動からすると、そもそも鎧だなんだを誰がどうやって拵えているか、調達しているか、なんてことには欠片も興味がなさそうだし、職人の仕事に敬意を払ったりなんてこともないんだろうから、当然と言えば当然ではあるが。


「そもそも、傭兵ばかりの部隊で攻め込んできた人間が王族、というのが説得力がない」

「なっ、それはそもそも貴様らブリガンディアのせいで軍が消耗したせいで!」

「であれば、正規軍が十分に回復してから攻め込むべきだろうに。不可解すぎるじゃないか」

「ぐっ、そ、それはっ!」


 と、反論しかけたバルタザールだが、言葉に詰まる。

 流石に第一王子との確執だとかを話すわけにはいかなかったか。

 単にプライドが邪魔をしただけかもしれんが。


「他にもお前が王族とは思えない状況証拠が多数ある。そもそもどうやって傭兵をこれだけの数用意したんだ?」

「い、いや、それこそ王族の特権を使ったんだ!」


 アルフォンス殿下が問えば、バルタザールは慌てて説明を始めた。

 資金の出どころ、船をはじめとする使用した交通手段などなど。

 己の命が危ないことを察してか、それはもうよくしゃべることしゃべること。

 このためにアルフォンス殿下が脅しをかけてただとか全く気付くこともなく。

 残念だ。

 きちんと鍛えたら、戦略家として大成する可能性もあったんだろうと思う片鱗はあったのに。

 周囲が甘やかしたせいか、本人の性格ゆえか、その両方か。

 器を形作ることもせずにここまで来てしまったんだろうな。

 その結果が、これなわけだ。


「兵を揃えられた経緯はわかったが、それでもまだわからないのが、兵糧だとかの物資調達なんだが」

「そ、そっちは簡単だ、ゴートゥックという商人がいてだな!」


 あ、そっちもあっさり吐くんだ。

 こいつからしたら共犯者とも言えるゴートゥックを売るだなんて、簡単なことなんだろうなぁ。

 奴が待機している現在地まで吐きやがったぞ、こいつ。

 

「ゴートゥックとは長い付き合いなんじゃないのかい?」

「それはそうだが、考えてみればあいつが持ち込んできた儲け話は外ればかりだった。この前のだってそうだ」


 とかバルタザールが語りだした内容は、最悪の一言だった。

 ニアの話から、恐らくこいつらが組んで、地方のもめ事をわざと長引かせて紛争レベルにした挙句に儲けの種にしてたんだろうことはわかっていた。

 だが、先日の戦争もその一環だったとは。

 私腹を肥やすために他国を巻き込み、その上兵士や地域住民に被害を出したことなど、こいつの中では大したことではないらしい。

 ……はらわたが煮えくり返りそうなんだが、それが行き過ぎて頭は妙にはっきりとしてくる。

 こいつには、どんな結末がふさわしいんだろう。


「なるほど、一応つじつまは合うな」

「そうだろう!? だから、俺は」

「だが、単にお前が知っていただけという可能性は払拭出来ないな」

「なんでそうなるんだ!? ほ、他にもだな!?」


 俺が物騒なことを考えている間にも、殿下と奴のやりとりは続いていた。

 というか、とうとう命惜しさのあまりに聞いていないことまでしゃべりだした。

 ……こいつには、王族の誇りだとかそういったものは、ほんっとうに欠片もないらしい。

 こっちとしては助かるわけだが。

 既に把握していた情報もあるにはあったが、王族であるこいつが命乞いしながら話したことで信憑性が担保されたとも言えるわけで、役に立ったことは立ったんだが。

 感情としては納得がいかない。

 ちらりと見ればファルロン伯爵も同様。


 一番心配していたニアは。

 ……何故か、うっすらと微笑みを浮かべていたのが、こう、ものすごく不安を搔き立てる。

 何か声をかけたい、しかし今は黙っているしかない。

 もどかしい時間は、やがて終わりを告げた。


「色々しゃべってくれたがね。一番の疑問が解消されていないんだ」

「な、なんだ、何が疑問だというんだ!? 答えるから言ってくれ!」


 みっともない。

 そうとしか言いようのない醜態を晒しながら、バルタザールが上から目線で媚びてくる。

 いや、本当にそうとしか言えない、不遜な態度はそのままに情報を売り渡そうとしてくるその有様。

 ああ。

 これが、無様ってやつなのか。

 俺の中で、冷たい殺意が研ぎ澄まされていく。

 だが、その刃を振るう役目を担うのは、俺じゃない。


「まず、私が誰だか、何故気にしないんだい? そもそもの話で言えば、何故気づかないのかが甚だ疑問なんだが」

「……は?」


 言われて初めて、バルタザールはアルフォンス殿下の顔をまじまじと見た。

 ……本当に今まで、目に入ってなかったんだな、こいつ。

 状況を打開するために少しでも情報を集めようだとか、そんな思考は全くなかったらしい。

 今まで、そんなギリギリの状況なんて全くなかったんだろうな。

 こうなってみると、全くうらやましくもないが。


「……その髪の色、瞳……ま、まさかブリガンディアの王族!?」

「ここまできてそれかい。名前の見当もつかないということでいいのかな?」

「ち、ちがっ、え、ええと、だな! ……だ、第三王子のアルフォンスだろう、そうだろう!?」


 必死に答えを捻り出したバルタザール。

 正解ではある。

 だが、色々な意味で不正解でもある。

 まず、この状況で呼び捨てするか? っていうのもあるが。

 ブリガンディアの王族であることまでわかりながら、アルフォンス殿下の名前がすぐには出てこない。

 ということは、頭の中のすぐに引き出せるところに殿下の情報を置いてなかったってことで。

 ……以前殿下はシルヴァリオ王宮に乗り込んで大暴れしてんだが、覚えてなかったのか、こいつ。

 いや、そういえば一緒に乗り込んだ俺もこいつの顔に見覚えがない。ってことは、部屋の中に引きこもってやがったのか、こいつ。

 そのうえで、誰を警戒すべきか、誰が出てくる可能性があるか、そんな基本的ともいえる用心すらしていなかったわけだ、こいつは。


「王族詐称の嫌疑がかかっている人間が私を呼び捨てか。いい度胸をしている」

「なっ!? ま、まだ晴れてなかったのか!? もう十分だろ!?」

「それを決めるのは、お前じゃない。私だってことがわかっていないみたいだねぇ」


 うわっ。めっちゃ背筋が寒くなった。

 いやまあ仕方ないか。こいつは自分の器がわかっていなくて中途半端に賢しげな、殿下が一番嫌いなタイプ。

 まだほんの少しだけ利用価値が残っているから生かされているだけの存在で、しかもそのことを自覚していない。

 その利用価値すら、もうすぐなくなるんだが。


「強いて言うなら、後一人いるか。……マクガイン子爵夫人。シルヴァリオ王国第二王子バルタザールを自称するこいつは、本物かい?」


 問われて、俺の隣に佇んでいたニアが一歩前に進み出る。

 それから、微笑んだまま視線を向ければ、バルタザールと目が合った。そのはずだ。


「……はい、間違いございません。こちらの方は、シルヴァリオ王国第二王子、バルタザール様でございます」


 微妙に、一介の子爵夫人が隣国王子を相手にして口にする言葉としては、敬語表現の欠けた言い回し。

 そんな初歩的なミスを、ニアがするわけがない。

 ということは、わざとこんな言い方をしたはず。

 その意味を、バルタザールは理解しなかった。

 それが、ある意味最後のチャンスだったにも拘わらず。


「き、貴様っ! 子爵夫人ごときが無礼であろうが!!」


 激高するバルタザール。

 ……これで、命運が尽きた。

 バルタザールはもとより、シルヴァリオ王国も。

 奴を見据えるニアの瞳から、あっという間に温度が消えた。

 顔は笑みを作りながら、その瞳はアルフォンス殿下にも劣らぬほどに冷え切っている。

 

「おわかりに、ならないのですね」

「は? 何をだ?」

 

 その問いかけは、きっとニアの最後の慈悲だったんだろう。

 だが、問いかけられ、ニアの顔をまじまじと見たというのに、バルタザールは要領を得ない顔。

 つまり、そういうことだ。

 ふぅ、とニアが小さく息を吐き出す。

 それが意味することを、バルタザールは理解出来ない。

 理解する機会は、永遠に来ない。


「おわかりにならないのであれば、それで構いません。こちらとしては、わかりたいことはわかりましたので」


 何かを吹っ切った顔で、ニアが言う。……シルヴァリオ王国第四王女ソニアだった彼女が。

 王家の象徴たる金の髪を切り、染めてはいる。

 それでも顔の形は変わっていないし、瞳の色もそのままだ。

 だというのに。

 奴は、わからなかった。

 同じ血を分けた、同腹の妹だと。

 腹の底から湧き上がる激情を、必死に抑え込む。

 一番傷ついているはずのニアが、感情を顕わにしていないのだから。


「夫人、ご苦労様。これで、こいつが一応本物であることはわかった」


 アルフォンス殿下が言えば、バルタザールはあからさまにほっとした顔になる。

 地獄の蓋が開いたのだと気付きもせずに。


「ということは、シルヴァリオ王国は先だって停戦条約を結んだにも拘わらず、王族自らが、宣戦布告もなしに大軍を率いてこちらに侵攻してきたわけだ」

「あ……?」


 助かった、と思ったのだろう。

 直後に致命的なことを告げられ、バルタザールは、ぽかんと間の抜けた顔を晒した。

 まず、宣戦布告もなしに攻め込むこと自体が無作法であり、非難の的となる。

 ルール無用にも思える戦争だが、それでも一応作法や不文律がある。

 特に、開戦にあたって宣戦布告することなどは最たるものだ。

 

 ある意味でバルタザールにとっては不幸だったかも知れないが、先日の戦争は地域の紛争が拡大した結果、なし崩し的に始まったものだった。

 だから宣戦布告なしでも問題にはならなかったのだが、普通はそうではない。

 特に今回など、シルヴァリオ王国が一方的に侵攻を開始したのだ、宣戦布告があってしかるべきである。

 だが、奴はそれをしなかった。

 ことが明るみに出て、第一王子エルマーなどから干渉されることを嫌ったせいで。

 

 結果。

 シルヴァリオ王国は、最早何をされても文句が言えない立場に追い込まれてしまった。


「ありがとう、バルタザール殿。おかげでこちらは、好き勝手出来るよ」

「なっ、なぁぁぁぁ!?」


 まともな返事が出来ないバルタザールを、アルフォンス殿下が楽し気でありながら冷え切った瞳で見下ろす。

 多分、ここまで殿下のシナリオ通り。

 ニアはそのシナリオを、きっちりサポートした形だ。

 ……全く喜ばしくないが。


「生かしておいてはあげるよ。お前にはまだ、一応利用価値がなくもないからね」


 冷ややかに告げるアルフォンス殿下に、バルタザールは最早何も言い返せない。

 ただぱくぱくと口を開閉するだけの何かに成り下がった奴へと一瞥だけくれて、アルフォンス殿下は踵を返した。

 それに従い、俺もニアも、一拍遅れてファルロン伯爵も奴に背を向ける。

 最後に目にした、歪み切って真っ青になった奴の顔を、俺はすぐに脳裏から消し去った。

 

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― 新着の感想 ―
[一言]  アルフォンス殿下の話の持っていき方が上手いのもあるんだろうけど、それにつけてもいちいち反射的に返答しちゃってる様はまるで考えている様子が見られないんですが(^^;)。 こいつ、多分自国にい…
[良い点] 本当に度し難い、王族としても人間としても ニアももう完全に忘れてしまいなさい、覚えておく価値なんてないよ
[良い点] いつも楽しく読んでます! 最後に気がついて謝罪とかしてたら最悪死罪までは回避できたのかな? 読んでて本当に家族の情はなかったんだと、本当に逃げ出せてよかったなと思うね。 今の幸せな姿…
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