戦勝と後始末2
「アーク様、お帰りなさいませ。お見事な勝利でございました」
ビグデンの街に帰ってきた俺達を迎えてくれたのは、いつもより少しおめかししたニアだった。
元の素材がいいからか、ちょっとおしゃれして化粧をしっかりしただけで一気に美人度が上がってて、思わず見惚れそうになった俺は慌てて気を取り直す。
「出迎えありがとう、ニア。それもこれも、彼らのおかげだよ」
そう言いながら、俺の背後に従ってついてきてた騎士達や義勇兵達を手で指し示す。
ちなみに、普段と違って丁寧語でしゃべっていないのは、表向きの振る舞いというやつだ。
この辺りは、事前にニアとも打ち合わせをした結果。
領主が妻に対して丁寧語を使っていたら、それを見た人間から侮られる可能性があるのを考えてのことである。
まあ、うん。個人的にはそんなことで侮ってくる奴がどうかと思うんだが。
言ったところでそういう人間が考えを改めるとは思えないし、一々言って聞かせるのも時間がもったいない。
なので、外ではこういう言葉遣いにしようと二人で決めたわけだ。
これが急に俺の態度が変わったとかだったら後々問題も生まれるだろうが、二人で話し合って決めたことなら大丈夫だろう、多分。
「はい、話は伺っております。皆様、とても勇敢だったと。流石、生まれ育った町を守るために立ち上がった義勇兵の方々。皆さんこそ真の勇士と言えるでしょう」
俺が指し示した兵達をゆっくりと見回した後、ニアが柔らかな……それこそ聖女の微笑みとはきっとこうなのだろうという顔を義勇兵達に向けた。
そんな笑顔を向けられた義勇兵達は、雷に打たれたかのごとく動きを止める。
……いや、特務大隊の騎士達も止まってんな。
まあ、ニアほどの美人からこんな笑顔を向けられたことなんて、騎士達にすらなかったんだろうから仕方がない。
まして、直々にお褒めの言葉をもらうだなんて。
「私は、皆さんの戦いぶりと、何よりもその心を誇らしく思います」
「お、奥様……いや、聖女様……」
ニアが言葉を重ねれば、義勇兵達は感極まったような声を絞り出した。
中には涙ぐみながらその場に跪き、手を胸の前で組んで祈るようなポーズになる奴まで出る始末。
流石ニアである。
これで彼らの忠誠心は揺るぎないものとなり、今後は一層身を粉にして働いてくれることだろう。
……とか考える自分に違和感を覚えなくもないが。
中隊長時代も部下を上手く使うことを考えないといけなかったんだが、相手は選抜された騎士達だったんでまだよかった。
領主となった今は、平民達も上手く使うようにしていかなければいけないわけで。
自分でやるのが一番気楽、という性分だと、折り合いつけるのに一苦労だったりするんだなぁ。
それでも、色んな意味で俺がやらにゃならんのだが。
「皆、彼女の言う通り、本当によくやった! 俺も、諸君らのことを誇りに思う!」
「た、隊長……」
俺も労えば、義勇兵達がこちらを向く。
ここは一つ、俺も何か心を掴むようなことを言った方がいいんだろうな。柄じゃないが。
「傾聴!」
突然の号令に、しかし全員が反応して静かになる。
本当に、反応が良くなった。そういう意味でも誇らしい。
「復唱せよ! 俺達は、勝った!」
「お、俺達は、勝った!」
「もう一度! 俺達は、勝った!」
「俺達は、勝った!」
最初は若干ためらっていた義勇兵達だったが、二回目には高揚が勝ったか、スムーズに言葉が出てきた。
いい感じだ、この雰囲気をそのまま使わせてもらおう。
「俺達は勝ったんだ、守り切ったんだ!!」
「俺達は勝ったんだ、守り切ったんだ!!」
熱が、上がっていく。
言葉にして改めて言うことで実感が湧いてきたのか。
全員で唱和することで気持ちが高ぶってきたのか。
あるいはその両方か。
一つ確かなのは、義勇兵達がいい感じで盛り上がってきたことだろう。
「やってやったぞ、コンチクショウ!」
「やってやったぞ、コンチクショウ!」
少々よろしくない言葉遣いだが、ここはスルーしていただきたい。
こういう時はこんな言葉の方が盛り上がったりするのだ。男ってのはそういうものだ。多分。
「俺達は、最高だ!!」
「俺達は、最高だ!!」
最後にひと際大きな声で俺が言えば、完璧に揃った声が返ってくる。
言葉通り、今俺達の一体感は最高潮に達してる。
それが、なんとも心地いい。
「最高なお前たちに、最高の宴を用意した! 祝勝の宴だ、存分に食って飲め!」
「うおおお!! 流石隊長!!」
俺の言葉に義勇兵達が、いや、騎士達も盛り上がり、口々に「隊長! 隊長!」と連呼している。
これで、ニアとは別方向に彼らの心を掴んだんじゃないだろうか。
「本当にお疲れ様でした、アーク様」
宴の会場へと繰り出していく彼らを見送る俺の隣で、ニアが労いの言葉とともに笑顔を向けてくる。
俺だけに。
そう、俺のためだけに。
そんな些細なことで妙な優越感を感じてしまう俺は、きっと単純なんだろう。
もっとも、それで幸せなんだからいいじゃないかとも思うが。
「ありがとう、ニア。そちらこそ、街の統制から宴の準備まで、お疲れ様でした。ありがとう」
「ふふ、どういたしまして。お礼を言われることでもないですけれども」
俺が感謝を口にすれば、ニアがはにかむように笑う。
それから、ちょっとだけ口ごもって。
「後ろを支えるくらい、当然です。だって私は、アーク様の妻なんですから」
そんなことを照れた口調で言うものだから、たまらない。
まじで心臓が止まるかと思った。
いやでも、そうなんだよな、この人は、ニアは俺の妻なんだよな。
何回味わっても慣れないが、何回味わっても幸せになれる。
俺はなんて贅沢者なんだろう。
「いや、やはりありがとうと言わせてください。ニアがいるから、俺は安心して前に出ることが出来る。俺は、幸せ者です」
「アーク様……」
思わず、ポロリとそんな言葉が俺の口から零れた。
若干照れ臭くもあるが、これは俺の心からの言葉だ。
それが伝わったのか、ニアの笑顔がもっと優しく、嬉しそうなものに変わる。
「そう言ってもらえる私だって、幸せ者です。だって、欲しくても言われなかった言葉ですから」
そんなニアの言葉に、俺はハッとした。
もちろん、今までだってニアが足を運んだ町や村の人間から言われたことはあっただろう。
だが、彼女が言って欲しかった相手から言われたことはなかった。
それどころか、彼女が何をしているか認知すらしていなかったはず。
だから価値を認められていなかった彼女が、人質として嫁がされることになったわけだし。
俺にとっては嬉しい結果になってはいるが、手放しで喜んでいいことでは決してない。
「だったら、これから何度だって言いますよ。ニアが聞き飽きたって言うくらいに」
「ふふ、どうでしょう」
そう言いながら、ニアが俺の袖の端をつまむ。
掴むでも握るでもなく、指先で、ちょん、と擬音が付きそうなくらいにそっと。
可愛い。
なんて思ってたところに、ニアからの追撃が入る。
「アーク様に言ってもらえるなら、きっと聞き飽きることなんてないです。そんな風に思っちゃいました」
心臓が止まるかと思った。今日何回目だこれ。
戦場にいるより心臓がやばいってどういうことだこれ。
心臓がバクバクと拍動し、顔に血が上ってくるのがわかる。
やばい、なんだこれ。
「……アーク様?」
俺が何も言わない、言えなくなってることに気が付いたのか、ニアが俺を見上げながら小首を傾げた。
可愛い。
いかん、ニアが可愛すぎてこのままじゃますます何も言えなくなる!
なんとか言葉を捻り出せ俺!
「い、いえ、なんでもありません。その、ニアからそんな風に言ってもらえて、嬉しいなと」
無難で当たり障りのないありきたりな言葉しか出てこない。
捻り出したのに捻りがないってか、やかましいわ!
いかん、段々混乱してきたぞ!?
「あら、そんなに嬉しいと思ってもらえるのなら、もっともっと、何回も言わないといけませんね?」
そこに、無慈悲で無邪気な追い打ちがかかる。
なんでこんなにグイグイくるんだ、いや多分本人にその自覚ないなこれ!?
混乱の極みにあった俺だが、そこに思わぬ救いの手が差し伸べられた。
「アーク隊長! 殿下がお呼びです! それから、奥方様にも来ていただくようにと!」
アルフォンス殿下からの呼び出しである。
……いや思わぬじゃなくて予想できたし、救いの手じゃなくて別の何かだこれ。
そんなことを思わなくもないが、まさか無視するわけにもいかない。
何より、おかげで一気に現実に引き戻された。悲しいことに。
「わ、わかった、すぐに行く!」
そう返答した俺は、ニアへと向き直る。
「すみません、ニア。殿下に報告と、今後の相談をしなければ」
「はい、わかっております。……それに、私しか出来ないこともありますし」
ニアもすぐにきりっと引き締まったものへと表情を改める。
この辺りの切り替えの早さも流石だ。
そう、ニアにも来てもらわなければならない。気が重いことだけれど。
そんな気持ちを飲み込みながら、俺はニアを伴って殿下が滞在している旅団の駐屯地へと向かった。




