張り巡らされた仕掛けは。
俺のアイディアに、ニアも賛同を示してくれた。
間に合うかどうかギリギリではあるが、上手くいけば効果は高いはず。
ただし、これは俺達だけでは成功することはない。絶対に、ファルロン伯爵率いる旅団と歩調を合わせる必要がある。あくまでも主力は彼らなのだから。
ということで俺は、急ぎ使いを出してファルロン伯爵との面談を取り付けた。
「一か月ほどで隣国が攻めてくる、ですか……」
応接室に入って挨拶もそこそこに俺が話し出せば、ファルロン伯爵が悩ましげな顔になった。
そりゃ、停戦したばっかの国がまた攻めてくるとか言われれば半信半疑になるってもんだろう、と思ったんだが、どうも様子が違う。
「アルフォンス殿下からの手紙にあったのは、このことでしょうか」
「殿下からの手紙、ですか」
言われて思い出すのが、こちらに来た時に渡した殿下からの手紙。
なんでも、ファルロン伯爵にもこっちにとってもいい話が書いてあるってことだったが。
「……まさか。こちらに協力してくれたら武勲が立てられるとか書いてありましたか?」
「流石、殿下の懐刀と言われるだけのことはある。その通りです」
「いや、懐刀だなんてとんでもない。まだまだそんなのではないですよ」
懐刀ってよりは攻城弓の矢な気がしなくもないんだが。あるいは猟犬か。
しかし、そっちの利益供与で来たか、と感心もしてしまう。
ファルロン伯爵は領地のない宮中伯で騎士団の偉いさん。
この国境線付近に派遣されてくるだけあって経験もあり、能力も間違いない。
つまりその立場ってのは戦功、武勲によって支えられてるとも言えるんだが、ファルロン伯爵はこの前の戦争で出番がなかった。
もちろんそれで揺らぐような立場ではないと思うが、積み上げておくに越したことはない。
……いや、もしかしたら色々ごちゃついてるのか?
そんな状況を掴んだ殿下が持ちかけた、ってことは十分ありえる。
で、俺にそういった事情を教えてないってことは、首を突っ込むなってことだな、多分。
なら、あまりその辺りは聞かずに目の前の話だけしておこうか。
「俺の評価は置いておきましょう。迎撃に関して、打合せをしておきたくてですね」
「打合せ、ですか。ということは、既に敵方の情報を掴んでいる上に対応案もある、ということですね?」
「ええ、その通りでして」
察しがいいな、ファルロン伯爵。いや、察しが悪かったら王宮内で生きていけないか。
などと内心で感心しながら、俺は今のところ掴んでいる情報を共有した。
「なるほど……その数であれば、防衛すること自体は十分可能でしょうが……」
「はい、旅団の損害も相当なものになるでしょう。領主として言わせてもらえば、この街にもかなりの被害が出るのは免れませんし」
俺の言葉に、ファルロン伯爵も頷いて返してくる。
これで、この件に関して何かしなければお互いに損であることは共有出来た。
ということは、だ。
「逆に言えば、野戦で快勝出来ればお互いにとって利が大きい、ってことになりますよね?」
「それは、確かにそうですが。そのための戦術を、ご提案いただけると」
「そういうことです。で、その案なんですが……」
勢い込んで食いつくでなく、慎重な姿勢を見せるファルロン伯爵。
うん、そういう姿勢は実にいい。指揮官としての安定感がありそうだ。
そんな彼であれば、この案は受け入れてくれるんじゃなかろうか。
「……なるほど。確かに、それはいいアイディアです。実現出来れば、ですが」
おお、聞いてる間に計算までしていたらしい。
前に会った時はアドリブ苦手かと思ってたんだが……いや、違うな、多分事前に情報を与えられてからの計算と設計は得意なんだ、この人。
真面目に事前準備とかするんだろうな。だから、準備してなかったことには弱い、と。
だったら、俺がサポートすべき範囲も明確になるってもんである。
「準備までは間違いなく出来ます。先日の行脚でニアが住民たちの心を掴んできましたから」
「ほう。ならばかなり期待出来ますね」
俺の説明に、あっさりと頷くファルロン伯爵。
流石ニア、ばっちりすぎるくらいに彼の心を掴んじまってる。
掴み過ぎて怖いくらいではあるが。
「となると、こちらは相手の攻撃を確実に受け止める準備が必要になりますね」
そして伯爵も作戦のイメージを掴むのが早い。
こっちの策はあくまでも飛び道具、戦場の主役は旅団になる。むしろ、ならないといけない。
上手くはまったとしても、一番血を流すことになるのは彼らなのだから。
だから、一番の名誉も主役の座も、彼らのものでなければならない。
「基本的には正面からの突撃を受け止めることになるとは思います。相手の主力は傭兵達なので、複雑な機動は出来ないと思いますから」
「であれば、簡易設置型の馬防柵を用意しておきましょうか。防壁代わりにはなるでしょう」
あ、もう大分明確に戦闘のイメージ出来てるな、これ。
前にも言ったが、傭兵達は本当にピンからキリまで、質が揃っていない。
そして、忠誠心は大体ないし集団戦の訓練もあまり受けていないから、指示に対する反応が悪いことが多く、例えば進軍の途中から分かれて相手の側面を突く、だとかの機動を取らせることはとても難しい。
正確に言えば、出来なくはないが足並みが揃わず時間がかかるため、有効なタイミングで突っ込ませることがほぼ無理、といったところ。
よっぽどカリスマ性のある部隊指揮官がいれば話は別だが、恐らく第二王子バルタザールにそんなカリスマ性はないし、優秀な部隊指揮官も抱えていないだろう。
もちろんそうでない場合もあるだろうから油断はしないし、第二案も作っておくが。
「歩兵用の長槍は十分な数が?」
「もちろん。なんなら追加も出来ると思います」
「馬防柵だとかそれらの費用に関しては、殿下にも協力してもらいましょうか」
これくらいはしてもらってもバチは当たらんだろう。殿下が、というか国が得る利益は桁違いになるはずだし。
これで、野戦と見せておいて実際は攻城戦、って形に持ち込めるはず。短時間ではあるが。
防壁の展開速度がどれくらいのものかにも拠るんだが、そこはファルロン伯爵と旅団の面々を信じるしかないだろう。
多分、彼らも自分が生き延びるためとあれば必死になるだろうし。
「後は騎兵の配置と役割ですか。これに関しては伯爵に一任したく」
「なるほど、お手並み拝見、というわけですか」
「いやいや、そんなつもりはないですよ。というか指揮官としては俺なんてまだまだですし」
ニヤリと不敵な笑みで応じてくるファルロン伯爵に、俺は慌てて手を振って見せる。
真面目な話、俺が指揮したのは中隊レベルまで。
旅団を率いるような人の指揮能力に対してどうこう言える立場じゃない。
多分向こうもそれはわかりつつ、俺を持ち上げるの半分からかうの半分ってとこなんだろう。
まあ、こんなことを言ってくるってことは、俺に対してもある程度打ち解けてくれてるってことでもあるんだろうが。
「どの道、騎兵の運用は相手次第になるところが大きいでしょうが」
「そうですね、馬鹿正直にくるだろうとは思いますが、布陣にもよりますし」
ファルロン伯爵の言葉に、俺も頷いて返す。
騎兵は歩兵や傭兵に比べて練度が高く、その移動速度も桁違い。
基本的には騎士なので、忠誠心や士気、戦術理解度も正直大きく違う。
なので柔軟な運用が出来るため、相手の弱点を突いたり、相手の仕掛けを潰したりと状況に応じて色々な使い方が出来るという点が強みだ。
ということは、指揮官の腕次第で大きく戦場での存在感が変わる、ということでもあるが。
そこは、ファルロン伯爵もよくわかってるし、多分彼なら問題はない。
「情報収集に関しては、こちらも出来る限りはいたしましょう」
「ええ、かなり広い情報網をお持ちのようですし、素直にご助力を受けましょう」
……ここまでの会話で、こちらが特殊な情報網を持ってることに気づいたか~。
今回は仕方ないが、今後は出し方にも気を付けよう。
そんなことを考えながら、俺は伯爵と作戦を煮詰めていった。
※人質姫、2巻発売が決定いたしました!
今のところ発売予定は6/7でございます!
……ちゃんと出せるように作業頑張ります!!(汗)
詳しくは活動報告で!




