『氷山』のやり口
こうして野盗に扮した連中の大半を拘束出来た俺達は、騎士を一人先行させてストンゲイズの街に連絡、旅団から護送用の人員を派遣してもらい、連中を引っ立てていった。
馬車と違って単騎行はその気になればかなりの速度を出せるから、こんなことも可能だ。
勿論、この手筈はファーロン伯爵とも打合せ済み。
でなきゃ、こんなにサクサクと二十人前後を載せられるだけの台数は用意出来んし。
「ご無事で何より。……なんとも見事なお手前でしたな」
街で出迎えてくれたファーロン伯爵は、俺達の無事の帰還を喜んでくれた。
ただ、若干複雑な表情が見えなくもない。
まあ、今回の作戦、全部特務大隊絡みの人間で終わらせちまって、旅団にはその後始末だけお願いしたような形だもんなぁ。
「いえいえ、旅団が駐屯しているおかげで私が気兼ねなく囮になれたからこそ、ですよ」
と、旅団を持ち上げてみれば、少しだけ表情が緩んだ気がする。
……ここで『領主が囮になるなど!』とか頭の固いことを言わないあたり、この人も戦場で身体張ったりしてたんだろうなぁ。
もちろん、指揮官だとか領主だとか、組織の頭がその身を危険に晒すのは本来避けるべきことではある。
だが、人間は理屈だけじゃ動かないことがあり、感情を動かすことで人間も動かすことが出来るのは先の戦闘で見せた通り。
そんな人間が多数集まり、刻一刻と状況が変化していく戦場においては、指揮官が身体を張るのが一番手っ取り早いこともあるっちゃあるのだ。
今回の件も、時間に余裕がない、という意味では同じだったわけだし。
「出来る限りは生かしてありますが、吐きますかね?」
挨拶が一段落したところで、俺はファルロン伯爵に尋ねた。
これだけの人数を纏めて尋問するには場所も人数も必要なため、一旦旅団に頼んだわけだが。
「有益な情報を、はわかりませんな。見たところ、吐きそうな連中は大したことを知らないように見えます」
「やはりそう見えますか」
大して表情を変えないファーロン伯爵に、俺は頷いて返す。
彼もまた、こういったケースには慣れているのだろう。
他国に潜入する工作員は、当然捕まってしまう可能性も高い。
だから、工作員には二種類いる。
何も知らされていない下っ端と、知っているが喋らないよう訓練を受けている上役とだ。
今回のケースだと、腰を抜かしたり逃げ出した連中が下っ端、踏みとどまっていた指揮官が上役だろう。後は木の上にいた射手とかもその可能性はあるか。
「どの道シルヴァリオ王国側は工作員を潜入させたなんて認めないでしょうから、喋らなくてもいいと言えばいいんですがね。こっちの口実にすることが出来れば」
「それは流石に……いえ、アルフォンス殿下ならばそれも可能なのかも知れませんが」
大して気にした様子もなく俺が言えば、ファルロン伯爵は苦笑を見せた。
やっぱり殿下の悪辣ぶりは騎士団にも知れ渡っているらしい。
連中を捕まえたという報告も送ったから、遠からず何某か指示があることだろう。
着任したばっかりだってのに、仕事が次から次へとやってきて気の休まる暇もない。
いやまあ、それであれこれが早く片付くなら、それはそれでありなんだが。
「その殿下からの指示が到着するにも数日かかるでしょうし、まずは尋問の方をお願いします」
「ええ、朗報をお届け出来るよう励みましょう」
そう言って俺が頼めば、ファルロン伯爵はしっかりと頷いて返してくれた。
それから数日後。
「シルヴァリオ王国の手の者ではないと言っている?」
ある程度情報を吐かせられた、との連絡を受けて旅団駐屯地へ出向いた俺は、応接室に着くなり聞かされた話の予想外さに、思わず聞き返してしまった。
向かい合って座るファーロン伯爵も、合点のいっていない渋い顔である。
「はい、正確には王国軍の者ではなく、ゴートゥックという商人に雇われた私兵だと」
「またおかしな話に……。ゴートゥックというと、シルヴァリオ王国の商人じゃないですか」
確認すれば、伯爵もすぐに頷いて返してきた。
ゴートゥックはシルヴァリオ王国でも有数の商人で、食料や武具など、軍需品の類いも扱っているため、シルヴァリオ王家御用達と言ってもいい程。
そのゴートゥックに雇われた人間が入り込み、この辺りを荒らしていた。
「どう考えても、ゴートゥックを間に挟んでいるだけですよね?」
「ほぼ間違いなく。しかし、明確な証言はありません」
「それこそ、裏の込み入った事情は知らない連中、事情を知ってそうな指揮官だとかはだんまりってわけですか」
「その通りです」
答えて、ファルロン伯爵は溜息を吐いた。
彼としては、ここでシルヴァリオ王国の尻尾を掴んでおきたかったところだろう。
真面目な人だなぁ。
「ま、ゴートゥックに雇われたとわかっただけでも十分なんですがね」
「……は?」
あっさりと俺が言えば、伯爵は驚いたような顔になる。
うんまあ、真面目に追い詰めていく方向で考えたら、そういう反応になるよな。
「わずかなりとシルヴァリオ王国に繋がる糸があれば、それでいいんです。後はアルフォンス殿下があることないこと盛って糸を太くしていくだけですから」
「いやいや、それは流石に……え、本気ですか……?」
軽く流そうとした伯爵だったが、俺の顔を見て本気だと悟ったようだ。
それくらいのことは軽くやってのけるのがアルフォンス殿下というお人である。
ていうか、下手したら俺でもやれそうだな、今回に関しては。
「元々ね、ゴートゥックに関してはこっちも色々探ってるとこだったんですよ。何しろ、この前の戦争では軍需物資の供給をかなりの部分で請け負ってたみたいでして」
「……ほう? 何やら一気に臭ってきましたね……?」
俺の言葉に、伯爵の顔つきが変わる。
戦争に協力する商人には色んなのがいるが、謀略にまで手を貸す商人にろくなのはいない。
それも、こうも直接的にとなれば。
「戦争になれば金になる。そう味を占めた可能性はあるんじゃないかと」
「なるほど、だから私兵を出してまで協力した、と」
「雇われの命なんて、強欲な連中には安いもんでしょうからね」
嫌な話だが、往々にして傭兵だとかそういった連中の扱いはそんなもんだ。
そして、使い捨て扱いだからこそあっさり口を割るわけだが。
逆に言えば、だんまりを決め込んでる奴から聞き出せたら価値がある、とも言える。
「となると、まだ喋っていない奴の口を割れたら、面白いことが聞けるかも知れませんな」
「ええ、おっしゃる通りです。……もし良かったら、俺も協力させてもらえませんか?」
「ほう。特務大隊仕込みの尋問術を見せていただける、と」
俺の申し出に、ファルロン伯爵は興味深げな顔をする。
うん、尋問であって拷問ではない。多分。一応。
「ここは一つ、勉強させていただいてもよろしいですか?」
「ご参考になりますかはわかりませんが、是非」
なんて、ちょっとニアには見せられない顔で、俺達は笑い合った。
ということで俺は、野盗に扮していた連中の指揮官を捕らえている牢にきていた。
「よう、まだまだ元気そうじゃないか」
「……ふん、何をしにきた『黒狼』」
手足を鎖で拘束されている指揮官が、俺の方を睨み付けてくる。
意思は折れていないようだが、数日間飲まず食わずで顔色はあまりよろしくない。
丁度頃合いだろうか。
「なぁに、哀れな虜囚に最期の情けをくれてやろうってな」
「は? ……何を企んでやがる」
問いかけに答えず、俺は背後に控えていた騎士へと合図を送る。
すると、彼は手にした盆から銀色の蓋を外した。
途端に、盆に乗っているスープの入った皿から食欲をそそる香りがあたりに漂い始める。
「貴族と知って襲ってきたわけだから、お前らは遠からず縛り首。その前に美味いもんでも味合わせてやろうってな」
「なんだ? そんな温いやり方で俺を懐柔しようってのか」
そんな甘いことするわけないだろ。
とは言わず、俺はスープを一匙すくい。
それを見た指揮官の男は口をしっかり閉じるが、俺が騎士に命じれば、男の顎を掴んで強引に開かせた。
「安心しろ、毒なんかじゃない。美味くて身体に良いだけの、普通のスープさ」
そう言いながら俺は、男の口にスープを放り込んだ。
匙を引くのに合わせて騎士が男の口を閉じさせ、強引に含ませる。
男は一瞬だけ拒否しようと暴れたが……すぐに虚を突かれたような顔で動きを止めた。
ごくり、と喉を動かして飲み下すのが見える。
「……ほ、本当に、普通のスープだ……?」
「ああ、普通に美味いスープだろ?」
「あ、ああ……?」
わけがわからない、といった顔で男が頷けば、ぐぎゅる……という音がする。
男の腹が鳴った音だ。
それに気付いた男の顔が、羞恥に歪む。
「そりゃまぁ、腹も減ってるよなぁ」
うんうんと納得顔で俺は頷き。
それだけだ。
「……おい」
「なんだ?」
「いや……え?」
男が声を掛けてくるが、俺はわからないふりで聞き返し。
男は困惑しながらも、それ以上何も言えない。
いや、言いたいことはわかるんだが。
「以上だ」
「は!?」
俺がそう言っただけで、何を言いたいか男には伝わったらしい。
そう。身体に優しく美味いスープを、一口だけ食わせた。それで終わりだ。
それも、数日間食べ物を入れていなかった胃袋が活性化するようなハーブ入り。
人間、与えられないことには意外と耐えられる。
そして、じわじわ衰弱して口を閉ざしたまま……というのが捕まった際の逃げ切り方の一つ。
いや、物理的には逃げてないのだが、情報面ではというか。
だがそこに、中途半端に与えられたらどうなるか。
諦めかけていた肉体は、貪欲に求めてしまうのだ、糧を。
「お前がこちらの聞きたいことを喋れば、もう少しやらんこともないんだがなぁ」
「なっ、き、貴様ぁぁぁ!?」
男は悲鳴のような怨嗟の声を上げるが、俺は涼しい顔である。
……こんなことしてるところは、ニアにはとても見せられんなぁ……。
なお、言うまでもないかも知れんが……この拷問、もとい尋問方法を考えついたのは、アルフォンス殿下である。まじで悪魔だと思うぞ、あの人……。
「あ~、冷めるしもう下げてもらうか」
「う、うわぁぁぁ!?」
その手法を実践している俺は、悪魔の手先なわけだが。
間違いなく死んだら地獄行きだな、俺。
そんなことを思いながら、俺はじっくりと男の精神をいためつけ、色々と聞きたいことを聞き出したのだった。




