『黒狼』の、狩り
俺が切った啖呵の意味がわからなかったのか、敵の指揮官が『は?』と呆気に取られた瞬間。
俺は、弾かれたように前に飛び出した。
考えることはただ一つ。『まっすぐいってぶっ飛ばす』。それだけだ。
そして、それしか考えていないから、速い。
急加速した俺は、一番前に立ってる連中に棍が届く距離へと、あっという間に到達した。
「は!? ふ、防げ!?」
やっと我に返った指揮官が声を上げるが、遅い。ついでに、その指示は拙い。
何しろ出てきた連中の頭には、『俺に対して攻撃する』しかなかったはず。
後は、いつ攻撃するか。
だから指揮官は、『かかれ』だとか『今だ』といった指示を出すべきだった。
むしろ、それしか出してはいけなかった。
ところが、そこに飛んだのが『防げ』の指示。
元々俺に待ち伏せを看破されたことで困惑していたところに、これは拙かった。
攻撃しようと思っていたところに真逆の、頭になかった指示が飛んだもんだから、前に立ってる連中は混乱しちまう。
結果、最前列に立っていた哀れな連中の一人は、俺の攻撃が直撃する羽目になった。
「食らえ、おらぁぁぁ!!」
ダッシュの勢いそのままに、俺は棍を突き出した。
踏み込んで、両足がガッシリと地面を掴む。
そこで掴んだ地面の重さを引き出して、回し、流していくように身体中の筋肉を連動させていき、背中を通して腕、さらに手から棍へと重さを通して。
その重さを、突き飛ばす力へと変換する。
「うわあぁぁぁぁぁぁ!?」
悲鳴を上げながら、男が吹っ飛んだ。
3mほど飛んで、その先にいた他の男を二人ばかり巻き込みながら地面へと落ちて、ピクピクと痙攣している。あの感じなら、死んではいないだろう。
これが、今回『狼牙棒』ではなく棍を持ってきた三つ目の理由。
こんな風に相手を突き飛ばすためだったわけだ。
槍をこんな勢いで突き込んだら、吹き飛ばすどころか相手の身体を貫通しちまう。そうなったら、いくら俺でも引き抜くことは出来ないから、槍を手放すしかない。
これが棍だと、使い方一つで相手を吹き飛ばしたり、相手の体内に衝撃を残したりと使い分けることが出来る。
『狼牙棒』でも出来なくはないんだが、あれは質量があるせいで相手の骨が折れやすくて、飛ばせずにめり込んだりってことが多いんだよな。
で、もちろん相手を飛ばすのが本当の目的じゃない。遊びじゃないんだし。
「……は? え、は??」
目の前で何が起こったのか理解出来ず、混乱している指揮官。
いや、指揮官だけじゃなく、他の連中も同様に、だ。
木の上から射かけてもこないから、見ていた連中は全員度肝を抜かれてしまったらしい。
その隙に俺は棍を振るって瞬く間に一人、二人、三人と薙ぎ払うように殴り飛ばし。
「さあ、次はどいつから飛ばされたい?」
と、牙をむき出す狼のように口の端をつり上げ、犬歯を見せつけながら笑ってみせる。
よっぽど怖かったのか、大の大人、それもこんな作戦にあてがわれるような、汚れ仕事や裏方仕事にも慣れているだろう連中の顔が、固まった。
俺が一歩踏み出せば、釣られたように連中が一歩、二歩と下がる。
こっちに向かってこようだなんて気概のある奴は一人もいない。
まあ、仕方ない。人間ってのはそんなもんだ。
そしてこれが、こないだニアにもったいぶって語らなかった、特務大隊が三倍の数を相手に回すことが出来ていた秘密だったりする。
まず一般論として、戦争では部隊の一割が戦闘不能になると大幅に戦闘能力を落とし、三割が戦闘不能になると壊滅、もしくは全滅扱いを受けることが多い。
単純に部隊としての戦闘能力が期待出来なくなるというだけでなく、部隊を構成する兵士達の士気が維持出来なくなるせいだ。
そりゃ、目の前で顔見知りが何人も死んだりしたら、恐怖や悲しみで戦えない、あるいは逃げ出したくなるのが普通の人間ってものだろう。
ただでさえ、殺し合いのために武器を手にするのは普通の人間にとっちゃストレスだっていうのに。
ということは、恐怖だとかで心が折れてしまえば、その部隊は機能しなくなる、とも言える。
特に、自分達が有利だと思って油断している部隊は、折れやすい。
何しろ、自分達が負けるかも知れないだなんて想定していないし、死ぬかも知れないと覚悟もしていない。
ところがそこに、いきなり死の実感が間近にやってきたらどうなるか。
あるいは、今みたいに『人間が突き飛ばされて軽々と3mばかり飛ぶ』なんていうあり得ない事態に遭遇したらどうなるか。
さらに、次は自分だ、と突きつけられたら。
「ひ、ひぃぃぃ!?」
俺の脅し文句がやっと頭に浸透したらしい一人が、悲鳴を上げながら腰を抜かす。
その声を皮切りに、あるいは悲鳴を上げ、あるいは逃げようと背中を向けた。
身構えてなかった所に死を突きつけられれば、当然人間は恐怖する。
そして、恐怖は伝播する。
伝播した恐怖は、余程指揮官が優秀でない限り、部隊を簡単に制御不能状態へと陥れる。
そうなれば、どれだけの数がいようと関係はない。
後は、立ち尽くしたり逃げ出したところを刈っていくだけ。
これが、特務大隊のやり口だったのだ。
「かかれ!」
そう号令をかけたのは、俺だ。向こうの指揮官はそれどころじゃない。
俺の声に応じて、隠れていた騎士達が逃げ出した連中に襲いかかる。
彼らもまた、特務大隊から派遣されてきた騎士達。
十人ばかり派遣してもらっていたのに、表立って俺達一行に随伴していたのは三人だけ。
残りはどうしていたかっていうと、つかず離れずの距離で隠れながらついてきていたのだ。
正直なところ、十人揃って対峙すれば、野盗連中が三十人いたところで正面から戦っても勝っていたと思う。
だがこの場合、正面から勝ったところで野盗連中の大半を逃がす羽目になったら意味が無い。
出来る限り逃がさず、二度と悪さの出来ない損害を与えてやらねばならないのだ。
いや、なんなら一人も逃さない方が望ましい。
一人でも逃がしたら、その報告を受けて増援が派遣される可能性もあるのだから。
だから俺を囮にして連中を全員引っ張りだし、俺が突っ込んで連中の士気を挫いてから他の騎士達で刈り取る、という作戦を採択、見事に成功したわけだ。
「な、何が、一体何が……これが『黒狼』の狩り方だというのか!?」
ガクガクと震えながら、指揮官の男が嘆きの声を上げる。
自分が呆然とした一瞬で切り崩され、思考が纏まる前に味方の潰走が始まったんだ、配下を纏め直す時間もなかったんだろう。哀れなことだ。
また数人ばかり殴り倒した俺は、その哀れな指揮官の前に立つ。
「知らなかったのか? 狼は集団で狩りをするもんだ」
「集団で……それが、『黒狼』の……いや、そうか、特務大隊の!」
「そういうことだ」
やっと気付いたらしい指揮官の頭を殴り飛ばして、気絶させる。
……多分気絶で済んでるはずだ。
「気付くのが遅いぜ。ま、気付かせないためにやってんだが」
そう言いながら、俺は苦笑を浮かべる。
これが、『黒狼』という異名が一人歩きしているのを止めないでいる理由の一つだ。
一匹狼、なんて言葉もあるように、狼は一頭で行動するイメージがある。
だが実際の狼は群れで行動し、狩りも集団で行うんだそうな。
俺、というか特務大隊もそう。
俺みたいな突出した個人を目立たせながら、その本領は集団戦。
強い個人を囮にしたり切り込み隊長にしたりと上手く使い分けながら、最終的には集団で狩っていく。
その結果、切り込み隊長なんて扱いを受けていた俺が小隊長、中隊長と本当に隊長として出世していった、なんていう笑い話になるのかよくわからんことにもなったんだが。
実際、先頭切って突っ込んでも死なず、最前線で戦いながら指揮も出来るなんて人間は使い勝手が良すぎるし、だからアルフォンス殿下が俺に無茶ぶりしまくってたところもあるんだが。
ともあれ、俺はまたそんな戦い方をして無事生き残り。
俺を全く心配することもなく、特務大隊から派遣された騎士達は、逃げる連中を一人も逃すことなく片っ端から殴り倒し、あるいは切り捨てていく。
ついでに、木の上に隠れていた射手もいつのまにか引きずり下ろされていた。
ほんと、あいつらの手際がいいおかげで楽させてもらえてるなぁ。
「そんじゃ、残務処理をしていこうかね」
戦闘がほぼほぼ終了したのを確認した俺は、地面に伸びている連中を拘束し始めたのだった。




