『黒狼』の鼻は欺けない
こうして、作戦面も含めて十分に準備した俺達は、翌朝ストンゲイズへと戻るため出発した。
一日目は、特に何も無し。この距離だとディアマンカットから援軍が来るかと考えて避けた可能性はあるか。
ならば、恐らく来るのは二日目。この距離なら、ディアマンカットからもストンハントからも遠くて、町が襲撃に勘付くことも援軍が来ることもそうそうないだろうから。
と考えた俺の予測はピタリと当たった。
「……全体、止まれ!」
俺が号令をかければ、すぐにトムが反応して馬車の速度を落とし始める。
馬と違って馬車はすぐには止まれないからな……護衛の騎士達も、馬車の動きに合わせて馬の速度を落としていく。
「アーク様、やはり?」
「ええ。ニアは、窓をしっかり閉めてローラと中で待っていてください」
馬車の右斜め後ろに位置していた俺が馬を前に進めながら言えば、ニアがこくりと頷いて馬車の窓を閉める。
少しばかり緊張はしているようだが、逆に言えばそれだけ。
いくら襲撃をされた経験が幾度かあるとはいえ、これから今までにない規模の戦闘に直面しようっていうのに、ニアは随分と落ち着いたものだ。
「……下手なところは見せられんなぁ」
「隊長がかっこつけようとしてるなんて、随分珍しいですね?」
「ば~か、そんなつもりはねぇよ」
思わず口に出したところを先頭に立っていた騎士にからかわれ、俺は笑いながら返す。
こいつは特務大隊で中隊長やってた時の部下だから、割と気安いんだよな。
おかげでやりやすくはあるんだが。あ、一応言うだけは言っとかないとな。
「それから、俺はもう隊長じゃないぞ。ちゃんと子爵と呼べ」
「はっ、失礼いたしました、マクガイン子爵閣下様!」
「よ~し良い度胸だ、後でみっちりしごいてやる」
「うわっ、それはご勘弁を!」
なんて冗談を言いながら俺がさらに前に出れば、その後ろで、騎士達が馬車を囲んで守るフォーメーションを組む。
これは、最初から打ち合わせていたこと。
ある程度前に出たところで俺は馬から下りた。
単純な戦闘力でいえば騎乗していた方が強いんだが、今は馬に鎧を着けてないんで、乱戦になったら馬が怪我をする可能性があるためだ。
正規の戦ならともかく、こんな野盗まがいの連中相手で怪我をさせるのは忍びないからな。
それから、鞍に付けていた武器を取り外す。2mほどの長い棒、訓練で使っていた棍を。
『狼牙棒』は、今回持ってきていない。理由は二つ。
単純に見た目が怖いから、訪問する町の住人を怖がらせないかっていう懸念が一つ。
もう一つは、こういった時に出来るだけ生け捕りにするため、だ。
ほんとはもう一つあるんだが、それは一旦置いといて。
取り外した棍を肩にかつぐようにして持ちながら、俺は無造作な足取りで更に前へ。
「お~い、とっくにバレてんだから、さっさと出てこいよ。かくれんぼしてたって、そっちが戦いにくいだけだぞ?」
俺がそう声をかければ、困惑したような気配。
そりゃま、そうか。
なんせここは街道の左右に点在する木や岩が視界を遮る、ニアが指摘した待ち伏せしやすい場所の一つ。
気付かれないと思っていたから連中は隠れていたっていうのに、かなり離れたところで俺達が止まった上にこんな声かけをされれば、何事かと思うだろう。
まあ、困惑しすぎたせいで、どうするか踏ん切りが付かないようだが。
「なんなら人数も当ててやろうか? そこの岩に五人、そっちは四人。さらに後ろの岩三つに三人ずつ。そこの木の上に一人、こっちに一人。弓持ちか? で、その木の下に二人ずつ」
俺が棍の先端で指し示しながら言えば、困惑は更に深まった様子。
もちろん連中も顔を出してこっちを見てるわけじゃないから、おれがそうしてるところは見えてないわけだが、それでも声の向きだとかで俺がそうやって示したのは伝わるんだろう。
自慢じゃないが、気配だなんだでここまで正確に当てられる人間は、そうはいないからな。
……今度バラクーダ伯爵と競争してみたいな。あの人はかなり当ててきそうだ。
「お前ら、普段襲ってる時にあんま不意打ちとかしてなかったのか? 隠れ方が下手にも程があるっての。岩の近くの足跡隠せてないし、木の上の奴は落ち着きが悪いから枝が揺れてるし」
まあ、足跡もそんな濃くはないし、枝も小さく揺れてる程度ではあるんだが。
しかしそんなんじゃ俺の目は欺けないし、そうでなくとも特務大隊の人間であれば全員気付くだろう。そんな程度の杜撰な隠れ方だ。
普通の商隊だとかを襲撃する分にはそれでも十分だろうが、あいにくと相手が悪い。
それとも、シルヴァリオの騎士はこんな程度で騙されるんだろうか。
「こんだけ人数を揃えてきてるってことは、俺が誰かわかってんだよな? まさか、アーク・マクガインと、悪名高い『黒狼』とわかっていて侮ったか?」
自分で悪名高いとか言っちまった。
俺が名乗っても動揺が見えないあたり、やっぱり向こうも俺だってわかってはいるらしい。
それでこれってのは……あ、まさか。
「おいおい、まさか『黒狼』は戦場で暴れるだけの知恵無しだ、とか吹き込まれたか? 可哀想になぁ。悪いが狼だけあって、鼻が利くんだ」
そう言いながら俺は、わざとらしい身振りで自分の鼻を指先で弾いて見せる。
……ちょっとかっこつけすぎか? それこそさっき揶揄われたみたいに。
しかし実際俺は鼻が利く。比喩的な意味でも、物理的な意味でも。
だからニアのことを見つけられたんだし、というのはおいといて。
「別に、隠れたままでもいいけどな。それはそれで、各個撃破するだけの話だ」
わざとらしく一歩前に進めば、動揺の気配がさらに強まる。
言うまでもなく、隠れてる体勢ってのは戦闘に向かない。
そんなところに殴り込まれたら、折角揃えた数も無駄になるってもんだ。
向こうの指揮官だかリーダーだかも、その程度のことはわかったんだろう。
何か合図を送ったような気配の後、岩場から男達が出てきた。
……聞いてた通り、服装こそバラバラだが装備している剣だとかは同一系統のもの。
ぶっちゃけた話、あの戦争の時にシルヴァリオ王国軍が使っていたものと酷似している。
つまりこいつらがシルヴァリオの手の者だってのは確定なわけだ。
「……貴様、一体何を考えている……?」
指揮官らしき男が、困惑した顔で問いかけてくる。
いや、そう聞かれてもなぁ。
「何をって、お前らを殴り倒してとっ捕まえることだが」
「何故それで、前に出てくるんだ……? というか、勝てるつもりなのか? こう、自分の身柄と引き換えに妻や部下を助けてくれと命乞いをしにきたとばかり……」
ああ、こいつらが困惑してたのはそのせいか。
気付かれる事自体はあると踏んでいたんだろう。
であれば、俺一人が出てくることも想定の一つとしてはあったはず。
こいつらの背後にいるシルヴァリオ王国第二王子バルタザールの狙いは、この地域の奪還。
であれば、俺達を人質にして交渉や工作をすることも頭にあってもおかしくはない。
いや、そんなことをすれば、アルフォンス殿下のことだからいい口実を見つけたとばかりに開戦しそうだが……多分、そんな都合の悪い可能性は頭にないんだろうなぁ。
だが、そこで挑発的なことを言い出したから、『何考えてんだこいつ』となってたわけだな。
まだまだ甘いな、シルヴァリオの連中。
「なんでそんな無駄なことをせにゃならんのだ」
呆れたような口調で言いながら、俺はゆっくりと視線を動かしていく。
目の前に出てきたのは岩場に隠れていた連中で、合わせて十八人と俺の見立て通り。
木の上にいる射手とその護衛だろう二人ずつはそのままか。
合計で二十四人、三十人足らず。
「俺を止めようってのにその数じゃ、桁が一つ足りねぇよ」
そう言って俺は、自分でもそうとわかるくらいに楽しげで獰猛な笑みを浮かべた。




